伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

心のおと

 「あの時、私は本当に人を殺めるという手段しか残されていなかったのか?」
 「本当にそれしか考えられなかったのか?」
 ・・・一人の女性まで巻き込んでしまった。
 「本当にそれしかなかったのか?」
 何度も何度も、あの時の状況と私の陥っていた状態を想い返す。
 すごい時間が経っているのに、私の記憶は意外にしっかりしている。
 あの時の状況。
 あの時の事。
 想い返して考えた結末、今の私でも一人の女性についてはどうなったのか解らない。
 もしかしたら、回避ができたかもしれない。
 でも、はっきりと解らない。
 しかし、あの2人については何度も殺めてしまう。
 何度想い返して考えても間違いなく殺めてしまう。
 私の選んでしまった手段は、法律上・・・間違っている。
 でも、あの2人を殺めたことは私の中で間違っていない。
 その考えが心の隅に残っている。
 もし、この私の状況で出来ることなら、巻き込んでしまった一人の女性を生き還らせてあげたい。
 お願いします。
 叶えて下さい・・・この世にもう一度。
 本当に巻き込むつもりはなかった。
 何度も想い返しているけど、未だに良い解決策がみつからないんだ。
 本当に申し訳ない。

                                                            Kazu
「心のおと」から「扉をひらくために」へ

「被告人を死刑に処する。・・・」
 私の体が宙に浮き、闇に吸い込まれるような感覚に陥った。
 ・・・何も見えない。
 ・・・何も聞こえない。
 ・・・話し掛けても返事もない。
 そんな感じ。
 毎日毎日、私は行くあてもない暗闇を彷徨って歩き続けている。
 ところが、ポツンと小さい灯が・・・熱いというより暖かい。
 またひとつ、そして、またひとつ・・・
 その小さい灯は手に取れた。
 その小さい灯は足元を照らしてくれた。
 その小さい灯は心を温めてくれた。
 その小さい灯は「頑張れ」、「一人じゃないよ」、「諦めないで」など、私にたくさんの言葉を語り掛けてくれた。
 その度に私は、その小さい灯に「ありがとう」と言葉を返した。
 私は今、その小さい灯を手に暗闇を歩き続けている。
 ”希望という名の光”を求めて・・・・・
                                                          Kazu

「心のおと」から「扉をひらくために」へ

“私は・・・生きて償うことが赦されるのだろうか?”
“私の余生は、あとどのくらい残っているのだろうか?”
“正直、まだ死ねない”
“望みはあるけど・・・これから先が・・・なぜか・・・はっきりと視えない”
“最後まで私の傍に居てくれる人は、いったい誰だろうか?”
“ここで私が死んでしまったら・・・どうしよう?”
“その時は、出逢ったみんなとサヨナラになってしまう”
“寂しいなあ”
“もし、私が死んでしまったとしても、私のことを忘れないでずっと憶えていてくれるのなら、それだけでも私があなたの中で生きていることになるよなぁ”
“まだ、諦めたわけじゃない”
“優しくて温かい心を感じられるまでは、みんなと同じ空の下で頑張って生きていこう”
“少しずつ自分自身を・・・みんなを愛していこう”
“暗いこの先には、何があるのか解らない”
“これからどうなるのか解らないから、この世に私が生きていたという証に何かを残しておこう”

 これらは、私の心のつぶやき。
 もしくは、私の独り言。

 私は、平成23年12月27日の裁判員裁判の判決に於いて、死刑判決を言い渡された。
 自身の生きる道を見失ってしまった。
 焦った。
 先が暗くて本当に焦った。
 私がこの世に存在していること、まだ生きていることを知らせたかった。
 しかし、何回話掛けても、すべてが独り言になって終わる。
 畳三帖ほどの独居房に生活する私の身の周りには、便利と言えるものが何一つとない。
 死刑判決に伴って、短命な人生となってしまった私は、大切なものが知らず知らずのうちに失い続けていることに気付く。
「このままでは、何もかもなくなってしまう。」
「何か残さなくては・・・」
 といっても、私の身の周りにはノートやペン、便箋くらいしかない。
「ノートに何かを残すとして、タイトルは?」
「題名は何にする?」
 残された時間というものに追い込まれて、異常なほどに私の心から、私の口から、様々なたくさんの言葉があふれ出す。
 ふと、心のつぶやきから変わる声に、音があることに気付いた。
“心のつぶやき”、“声の音”、“ノート”
 限りあるものの中から、それらを掛け合わせて「心のおと」という言葉が生まれた。
 その日は、平成24年4月9日。
 子どもの入学式だった。
 その言葉に愛着と縁を抱き、ノートのタイトルとして私の想い想いの詩や絵、ときには事件のこと、他のことなどを残そうと考えて現在に至っている。
 日々の日記を綴っているわけではないので、現在はまだ3冊目なのですが、それらの綴ったものの中から私独自で選んだものを抜粋して、過去のものから順に紹介していこうと想う。
 もしかしたら、修正することもあるかもしれないが、できる限りそのまましたいと考えている。
 こうして、ブロガーさんの配慮によって、このブログ内に「心のおと」というカテゴリーを設けて頂きました。
 そして、紹介していくにあたって私からの事情としてひとつ断っておきます。
 私が生きている間、もしくは、東京拘置所長殿が私とブロガーさんとの外部交通権を不許可にしない限り、私のペースでひとつずつ紹介致します。
 今回は「心のおと」を紹介していくご挨拶として、ペンを執らせて頂きました。
 御覧頂く方には、あなた様の大切なお時間をこの私に与えて下さったものとして、心から感謝したいと想います。
 ブロガーさん並びに御覧頂く皆様、宜しくお願い致します。
 では、ここでペンを置き、失礼させて頂きます。
                               2014年11月1日(土)
                                    伊藤和史

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