伊藤への長野地裁判決。それが、一連の判決の元となっている。裁判員は異論があるかもしれないが、この判決がなければ、高裁、最高裁での死刑判決はなかっただろう。
死刑確定時にも、裁判員たちが取材に応えようとしない、死刑判決。
その長野地裁判決はどのようなものであったのか?はたして、人に死を宣告するものとして、ふさわしいものであったのか。
内容を、分析していきたい。
(1)強盗殺人の認定について
これについては、形式的なものであれば、成立しないとは言い切れない。しかしながら、裁判所の認定にも、いくつか疑問がある。
『被告人は,同月(注・3月)24日に約10万円,同月26日から4月初めにかけて合計70万円の分配金を得ている』
確かに、これは事実であろう。しかしながら、結果的に金の分配に預かったからと言って、分け前をあらかじめ貰おうとしていた証拠にも、分け前を期待していた証拠にもならない。
強盗殺人罪が成立するとしても、極めて形式的なものであることは間違いない。強盗殺人が死刑か無期懲役が規定されているのは、「金品を得るために、何ら落ち度のない人間を殺害した」という、悪質な殺人を罰するためではないのか。現に、刑法240条には『強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する』とある。本来は、強盗が金を手に入れるために人を殺した場合を想定し、この条文がつくられたのではないか?
伊藤の事件は、「強盗が人を殺した事件」と言えるのか。虐待され、脅され、搾取された被害者の立場にあった人間が、追い詰められて殺人を行った事案である。このような事件まで強盗殺人と認定するのは、拡大解釈が過ぎるのではないか。
(2)期待可能性について
この部分の認定には、裁判官、裁判員の無感覚、無責任、冷血さがよく表れていると想う。そして、認定部分の一文ごとに、説明責任の放棄が見られる。いちいち、反論せねばならないので、長くなるが、ご容赦願いたい。
『G,A会長一家が死亡し,真実を確かめる手立てはないが,仮に,被告人の供述するA会長親子からの虐待,搾取及び脅迫状況等が真実としても』
長野地裁の法廷では、私が傍聴した公判だけで、物的証拠だけでも、以下のものが提出されている。概略を記す。
・伊藤が養子縁組を強要されていたことがわかる戸籍謄本。短期間に、複数の人間と養子縁組をしている。
・宮城に腹部を刺された際の、病院の入院診療録。傷について、刺創などと書かれている。平成18年12月12日に入院し、同月14日に退院。ろくに入院さえできなかったことが解る。
・伊藤の体の傷の写真。宮城と金父子に負わされた傷である。頭の傷は、二筋あり、その部分は毛が薄くなっている。腹部にも傷があり、4センチほどの長さの傷。腿にも傷があり、長さ六センチ。楕円形で、黒く変色している。手にも傷があり、これは金父子からつけられた傷である。周囲が黒くなり、中心部は白くなっている。楕円形の傷である。
・伊藤たちが金文夫からもらってい月給について。松原は一月15万円をもらっていたが、家賃6万円など様々な口実でひかれ、実際には3万円ほどしかもらっていない。池田も、2万円から4万5千円しか支給を受けていない。伊藤は、平成21年8月~11月分の給料は、約5万円となっている。これだけの金額で、朝から晩まで、肉体労働をさせられていたのである。
・金文夫が管理していた倉庫の中身について。宮城の死体が遺棄されていたレガシー、ナンバープレートや車体番号が削り取られた黒いチェイサーもある。車のセカンドバッグ内には、拳銃実包、打ちがら薬莢が入っている。実包の長さは22ミリ、打ちがら薬莢は直径10ミリである。
・金父子らの債務者への、債務取立てについての帳簿。K・Kから任意提出されたものである。債務者Aについて、「自宅にて確保、要追い込み」、債務者K「逃亡中」、債務者T「自己破産するが、回収見込みあり」、債務者N「逃亡中、住所不明」と記載があった。
・金良亮のヤミ金関係の前科。出資法違反、恐喝、傷害である。
・金良亮の殺人への関与の証拠。検察官から書類送検がされている。また、車などから宮城の血痕が発見されている。
上記の物証だけでも、以下のことは解るのではないか。
・伊藤は宮城に養子縁組を強要されていた。
・宮城の暴力により、重傷を負わされていた。入院による傷の治療すら、ろくにできなかった。
・金父子から、労働基準法に違反する、あまりに安すぎる給料で、働かされていた。
・金父子は闇金を営み、債務者に強く追い込みをかけていた。自己破産後にも取り立てようとする、違法な行為を行っていた。また、金良亮は、ヤミ金に絡んだ暴力事件の前科がある。
・金父子は違法に車を改造し、拳銃を所持していた。
・少なくとも、金良亮は、宮城を殺害していた。その後、宮城に支配されていた伊藤を、真島の家に連れてきて、労働基準法に違反する激安の給料で、働かさせていた。
・伊藤は、働いている間に、金父子から暴力を受けることがあり、宮城程ではないにせよ、体に傷が残っている。
この物証だけでも、伊藤が宮城から犯罪被害を受けて搾取され、続けて金父子からも搾取されて暴力を受けていたことが解る。金父子は闇金を営んで多くの人々を苦しめ、少なくとも良亮は宮城を殺害していたことも解る。
また、伊藤の公判供述や共犯者の公判証言を参考にしなかったとしても、公判では、以下のことが明らかになっている。
・真島事件の発覚前、遺族K・Kの主導により、遺族K・Aらにより、少なくとも7500万相当の現金と、ほか貴金属、大量の書類が、真島の家以外の場所に運ばれた。(K・A証言による)
・遺族K・Kは、3月28日に高田の倉庫に入った際、ごちゃごちゃした倉庫の中、隅に止められほかの車に隠されたような形のレガシーまで、スムーズに一直線に移動した。レガシーで死体の臭いをかいだが、被害者のうち誰かの死体ではないかとも考えず、二週間後の4月10日に警察により死体が発見されるまで、警察に話すこともなく放っておいた。(K・K証言による)
・遺族であるK・KとK・Aは、真島の家がまともな環境であるかのように言っていた。しかし、K・Kは真島の家に来るのは、月一度程度である。K・Aは、伊藤たちが真島の家にいる時間は、殆ど顔を合わせていない。(K・K、K・Aの証言による)
・伊藤は家族思いな人間であり、家族と離れたくないと考えていた。しかし、金父子と同居させられている間、なかなか家に帰ってこられなかった。伊藤は自信喪失し、怯えている様子であった。また、鬱病のようにも見えた。(伊藤の妻の証言による)
ヤミ金を営んでいた金父子の家から、書類や現金が大量に運ばれる。運ばれたものを、ヤミ金と関連付けるのは、不当ではあるまい。また、K・Kの行動は、宮城の遺体の存在を知らなかったにしては、不審すぎる行動である。そして、伊藤や松原と顔を合わせる頻度の少なさから、K・KとK・Aが、金父子からの暴力を目撃できる状況にあったとは考えられない。遺族たちの証言は、金父子や周辺の血なまぐささと、不信感を印象付けるものばかりとなっている。
伊藤の妻は、伊藤の関係者である。伊藤に有利な嘘をつく動機があると、疑えないこともないかもしれない。しかし、松原が証言する伊藤の様子、伊藤自身が語る心理状態と、伊藤の妻の証言内容はほぼ一致している。伊藤が家族と会うことができなかったことを考えると、伊藤の妻は、松原との口裏合わせはもちろん、伊藤との口裏合わせも、することなどできない。それを考えると、伊藤の妻から見た事実を語っていると考えて、問題はあるまい。
このように大量の証拠があるにもかかわらず、何を理由に、伊藤の主張に疑念を抱いたのか。判決文では、何ら説明がされていない。説明責任そのものを放棄している。
『A会長親子から,自己や家族に危険が及んだ事態を緊迫感をもって具体的に供述していない』
前科前歴がない人間が、法廷で雄弁に話すのは、相当難しいとは思わないのだろうか。また、どの点が緊迫感や具体性がないと思えたのか、何ら説明をしていない。「具体的」ではないのは、どちらだろう。なお、伊藤は金父子の言動、宮城殺害を目撃した際の衝撃などを、被告人質問で細かく述べている。その声は暗く苦しげであり、瀕死のヒナのように弱々しかった。内容のどこに、供述態度のどこに、「切迫感」「具体性」を感じなかったのか、ぜひとも詳述してほしい。
『被告人は,A会長一家殺害の約1か月前から,共犯者Cと計画を練り,もう1名の殺害実行役や遺体の運搬処分役を引き込み,睡眠薬やロープを用意するなどして準備を整え,犯行前日にも,A会長親子殺害を試みたものの困難とみるや断念し,最後はB専務のために夜食を作る機会を捉えて睡眠導入剤を摂取させるなど,合理的に余裕をもって行動していることが見て取れる。』
10分程度の謀議を、2,3回行っただけという事件が、余裕を持って行動していると言えるのか。なお、のちには計画性について「必ずしも綿密ではない」という認定が出てくる。余裕を持って行動しているのならば、綿密な計画を立てるはずではないか?このような矛盾する内容が、この判決文中には頻出するのである。
『被告人がA会長親子殺害を実行した際も,B専務は昏睡し,A会長も就寝していたのであるから,被告人等に危険が及ぶような切迫した状況にあったとは到底いえない。したがって,被告人としては,A会長宅から逃亡するなり,警察に助けを求めるなど殺害以外の方法を検討する余裕は,物理的にも精神的にもあったというべきである。』
睡眠薬を飲ませていても、数時間後には起きるだろう。金父子が起きるまでに、警察が動いて、家族を保護し、金父子らの犯罪の実態を解明してくれることが、どれほど期待できたのか?現実味があるとは思えない。なお、伊藤も松原も、家族を守りたいと考えているので、一人だけで逃げるわけにはいかない。
『実際,□□から逃げた従業員もいるのであるから,被告人に対しても,そうした合法的な方法を採るべきことを期待することも苛酷とはいえない。』
一部の逃げた人たちは、裏社会につてがあったから、あるいは、家族を見捨てたから、逃げられたんだよ。それは、松原も証言しており、伊藤も述べていた!また、債務者たちは逃げたとしても、徹底的に追い込みをかけられていた。発見され、拘束されてしまった人もいた。それは、長野地裁公判で開示された、金文夫作成の書類に記載があったことである。殺害という方法が肯定できないのは解るが、被告たちが追いつめられていた状況を、ここまで考慮しないのは、十分に苛酷かつ冷血な態度だ。
そして、被告側が提出した証拠に対し、ろくに反論もしていない!「家族のことを思うと逃げられない」という言葉、追いつめられて拘束された債務者もいる、という証拠。これに、検討すら加えず、無視しているのだ。
また、森武夫証人の心理鑑定については、以下のように評価、いや、難癖をつけている。
『森意見は,単なる心理分析の域を出ず,種々の曖昧な概念に依拠するものであり,何よりも,被告人自身,前述したように状況の推移に応じた現実検討能力を示す行動に出ていることは,森意見の決定的な矛盾点である。また,森意見によっても,被告人につき,適法行為を要求することができない切迫した心理状況や犯行動機の形成過程を説得的に説明できていない。』
これが、森鑑定への判断の全文である。
どの点を曖昧と考えたのか、どの点が説得的に説明できていないと考えたのか、それこそ、説得的に説明できていない。このような曖昧すぎる説明では、検討も反論も、ほぼ不可能である。もしかして、それが目的だったのだろうか。
(3)情状認定について
まず、楠見由紀子について、判決は以下のように認定している。
『犯行完遂の邪魔者として,巻き添えとなって殺害されたもので,理不尽な凶行の犠牲者である』
これについての疑問は、幾度もすでに書いている。池田への堕胎強要の言葉、同居していればヤミ金については当然知っていたであろうことは、すでに長野地裁で証拠として表れていたはずだ。
『先行する遺体遺棄事件においては,遺体をブルーシートにくるんでコンテナボックス内に押し込み,車両の後部荷室に積み込んだまま,2年近くの間放置していたのであるから,その悪質性も看過できない。』
それは、むしろ殺人、死体遺棄を主導した「犯罪被害者」である金良亮に言ってほしいものだ。
『確かに,関係証拠によっても,弁護人が指摘する事情には,一面の真理があることは否めないが』
この部分が、最も読むに堪えない箇所であった。裁判官と裁判員たちは、伊藤たちの受けた犯罪被害を正面から認定することを避けた。そのくせ、「きちんと検討した」というアリバイのために、にこのような文章を入れているとしか思えない。
『家族の元に帰りたい,A会長親子から解放されたいという自己の希望を,解決のため何らかの手だてを試みることなく,3名を殺害することによってこれを果たそうというのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである。』
自分や家族の生命身体の自由を守ろうとするのは、「許されぬ希望」であり、「自己の利益」と言われるような性質のものなのか。人間として、当然の権利ではないのか。人を何だと思っているのだろう。
『A会長親子からの支配が犯行動機形成につながっていることや利欲目的が副次的であったことは,量刑上考慮するにしても』
それにしても、判決文内の事実認定すら、一定させることが出来ないらしい。最初は、「真実だとしても」だの、「説得的に説明できていない」だの、さも嘘を言っているとでも言いたげにゴニョゴニョと「曖昧な」「説得力のない」書き方で、言葉を濁している。しかし、それでは事件の原因について説明できないと考えたのか、いつの間にか、金父子からの支配という事実を目立たぬように認めている。姑息である。
『特殊な環境下で行われた犯罪であるからといって,殺人を正当化することはできない。』
伊藤の事件は、自らや家族を防衛するという点において、「正当防衛」や「死刑執行」とさほど距離があるわけではないと思うが、犯罪が成立することは事実である。なので、誰も無罪にすべきとは言っていない。
無罪とすることと、酌量の余地を認定し、大きく減軽することは、全く異なる。後者は、「被害者」の犯罪をきちんと認定することであり、社会的に否定されるべき事柄を、否定するだけのことだ。裁判官と裁判員こそ、「被害者」の犯罪を大きく矮小化し、目をそらしている。それは、殺人、出資法違反、監禁、傷害、さらには奴隷的労働や債務者を自殺に追いやったことを、正当化したにほかならない。無罪と、「被害者の犯罪を認定することを通し、酌量減刑を行うこと」の差異さえも、高木順子裁判官たちと、裁判員は、理解していないのか。
判決後の記者会見では、『みんな悩んだ』と述べている裁判員もいた。しかし、判決からは真摯な検討はおろか、事実に正面から向き合おうという、最低限の意思さえも、感じられなかった。
なお、松原の高裁判決時には、控訴を棄却した井上裁判長は、伊藤への長野地裁判決での情状認定について、次のように発言している。
『なぜか、記述されていないが』
どこか皮肉がこもっており、呆れているようでもあった。裁判官から見ても、一審判決は不誠実極まりないものだったのだろう。伊藤の控訴審を担当した村瀬均裁判長たちは、不備や欠落はあったものの、詳細に「被害者」たちの犯罪について事実認定を行った。一審判決があまりにもずさんだったので、控訴審判決で、詳細に書かねばならなかった面もあるだろう。
このような、不誠実かつ欠陥だらけの判決により、伊藤と松原の運命は決められてしまったのである。
死刑確定時にも、裁判員たちが取材に応えようとしない、死刑判決。
その長野地裁判決はどのようなものであったのか?はたして、人に死を宣告するものとして、ふさわしいものであったのか。
内容を、分析していきたい。
(1)強盗殺人の認定について
これについては、形式的なものであれば、成立しないとは言い切れない。しかしながら、裁判所の認定にも、いくつか疑問がある。
『被告人は,同月(注・3月)24日に約10万円,同月26日から4月初めにかけて合計70万円の分配金を得ている』
確かに、これは事実であろう。しかしながら、結果的に金の分配に預かったからと言って、分け前をあらかじめ貰おうとしていた証拠にも、分け前を期待していた証拠にもならない。
強盗殺人罪が成立するとしても、極めて形式的なものであることは間違いない。強盗殺人が死刑か無期懲役が規定されているのは、「金品を得るために、何ら落ち度のない人間を殺害した」という、悪質な殺人を罰するためではないのか。現に、刑法240条には『強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する』とある。本来は、強盗が金を手に入れるために人を殺した場合を想定し、この条文がつくられたのではないか?
伊藤の事件は、「強盗が人を殺した事件」と言えるのか。虐待され、脅され、搾取された被害者の立場にあった人間が、追い詰められて殺人を行った事案である。このような事件まで強盗殺人と認定するのは、拡大解釈が過ぎるのではないか。
(2)期待可能性について
この部分の認定には、裁判官、裁判員の無感覚、無責任、冷血さがよく表れていると想う。そして、認定部分の一文ごとに、説明責任の放棄が見られる。いちいち、反論せねばならないので、長くなるが、ご容赦願いたい。
『G,A会長一家が死亡し,真実を確かめる手立てはないが,仮に,被告人の供述するA会長親子からの虐待,搾取及び脅迫状況等が真実としても』
長野地裁の法廷では、私が傍聴した公判だけで、物的証拠だけでも、以下のものが提出されている。概略を記す。
・伊藤が養子縁組を強要されていたことがわかる戸籍謄本。短期間に、複数の人間と養子縁組をしている。
・宮城に腹部を刺された際の、病院の入院診療録。傷について、刺創などと書かれている。平成18年12月12日に入院し、同月14日に退院。ろくに入院さえできなかったことが解る。
・伊藤の体の傷の写真。宮城と金父子に負わされた傷である。頭の傷は、二筋あり、その部分は毛が薄くなっている。腹部にも傷があり、4センチほどの長さの傷。腿にも傷があり、長さ六センチ。楕円形で、黒く変色している。手にも傷があり、これは金父子からつけられた傷である。周囲が黒くなり、中心部は白くなっている。楕円形の傷である。
・伊藤たちが金文夫からもらってい月給について。松原は一月15万円をもらっていたが、家賃6万円など様々な口実でひかれ、実際には3万円ほどしかもらっていない。池田も、2万円から4万5千円しか支給を受けていない。伊藤は、平成21年8月~11月分の給料は、約5万円となっている。これだけの金額で、朝から晩まで、肉体労働をさせられていたのである。
・金文夫が管理していた倉庫の中身について。宮城の死体が遺棄されていたレガシー、ナンバープレートや車体番号が削り取られた黒いチェイサーもある。車のセカンドバッグ内には、拳銃実包、打ちがら薬莢が入っている。実包の長さは22ミリ、打ちがら薬莢は直径10ミリである。
・金父子らの債務者への、債務取立てについての帳簿。K・Kから任意提出されたものである。債務者Aについて、「自宅にて確保、要追い込み」、債務者K「逃亡中」、債務者T「自己破産するが、回収見込みあり」、債務者N「逃亡中、住所不明」と記載があった。
・金良亮のヤミ金関係の前科。出資法違反、恐喝、傷害である。
・金良亮の殺人への関与の証拠。検察官から書類送検がされている。また、車などから宮城の血痕が発見されている。
上記の物証だけでも、以下のことは解るのではないか。
・伊藤は宮城に養子縁組を強要されていた。
・宮城の暴力により、重傷を負わされていた。入院による傷の治療すら、ろくにできなかった。
・金父子から、労働基準法に違反する、あまりに安すぎる給料で、働かされていた。
・金父子は闇金を営み、債務者に強く追い込みをかけていた。自己破産後にも取り立てようとする、違法な行為を行っていた。また、金良亮は、ヤミ金に絡んだ暴力事件の前科がある。
・金父子は違法に車を改造し、拳銃を所持していた。
・少なくとも、金良亮は、宮城を殺害していた。その後、宮城に支配されていた伊藤を、真島の家に連れてきて、労働基準法に違反する激安の給料で、働かさせていた。
・伊藤は、働いている間に、金父子から暴力を受けることがあり、宮城程ではないにせよ、体に傷が残っている。
この物証だけでも、伊藤が宮城から犯罪被害を受けて搾取され、続けて金父子からも搾取されて暴力を受けていたことが解る。金父子は闇金を営んで多くの人々を苦しめ、少なくとも良亮は宮城を殺害していたことも解る。
また、伊藤の公判供述や共犯者の公判証言を参考にしなかったとしても、公判では、以下のことが明らかになっている。
・真島事件の発覚前、遺族K・Kの主導により、遺族K・Aらにより、少なくとも7500万相当の現金と、ほか貴金属、大量の書類が、真島の家以外の場所に運ばれた。(K・A証言による)
・遺族K・Kは、3月28日に高田の倉庫に入った際、ごちゃごちゃした倉庫の中、隅に止められほかの車に隠されたような形のレガシーまで、スムーズに一直線に移動した。レガシーで死体の臭いをかいだが、被害者のうち誰かの死体ではないかとも考えず、二週間後の4月10日に警察により死体が発見されるまで、警察に話すこともなく放っておいた。(K・K証言による)
・遺族であるK・KとK・Aは、真島の家がまともな環境であるかのように言っていた。しかし、K・Kは真島の家に来るのは、月一度程度である。K・Aは、伊藤たちが真島の家にいる時間は、殆ど顔を合わせていない。(K・K、K・Aの証言による)
・伊藤は家族思いな人間であり、家族と離れたくないと考えていた。しかし、金父子と同居させられている間、なかなか家に帰ってこられなかった。伊藤は自信喪失し、怯えている様子であった。また、鬱病のようにも見えた。(伊藤の妻の証言による)
ヤミ金を営んでいた金父子の家から、書類や現金が大量に運ばれる。運ばれたものを、ヤミ金と関連付けるのは、不当ではあるまい。また、K・Kの行動は、宮城の遺体の存在を知らなかったにしては、不審すぎる行動である。そして、伊藤や松原と顔を合わせる頻度の少なさから、K・KとK・Aが、金父子からの暴力を目撃できる状況にあったとは考えられない。遺族たちの証言は、金父子や周辺の血なまぐささと、不信感を印象付けるものばかりとなっている。
伊藤の妻は、伊藤の関係者である。伊藤に有利な嘘をつく動機があると、疑えないこともないかもしれない。しかし、松原が証言する伊藤の様子、伊藤自身が語る心理状態と、伊藤の妻の証言内容はほぼ一致している。伊藤が家族と会うことができなかったことを考えると、伊藤の妻は、松原との口裏合わせはもちろん、伊藤との口裏合わせも、することなどできない。それを考えると、伊藤の妻から見た事実を語っていると考えて、問題はあるまい。
このように大量の証拠があるにもかかわらず、何を理由に、伊藤の主張に疑念を抱いたのか。判決文では、何ら説明がされていない。説明責任そのものを放棄している。
『A会長親子から,自己や家族に危険が及んだ事態を緊迫感をもって具体的に供述していない』
前科前歴がない人間が、法廷で雄弁に話すのは、相当難しいとは思わないのだろうか。また、どの点が緊迫感や具体性がないと思えたのか、何ら説明をしていない。「具体的」ではないのは、どちらだろう。なお、伊藤は金父子の言動、宮城殺害を目撃した際の衝撃などを、被告人質問で細かく述べている。その声は暗く苦しげであり、瀕死のヒナのように弱々しかった。内容のどこに、供述態度のどこに、「切迫感」「具体性」を感じなかったのか、ぜひとも詳述してほしい。
『被告人は,A会長一家殺害の約1か月前から,共犯者Cと計画を練り,もう1名の殺害実行役や遺体の運搬処分役を引き込み,睡眠薬やロープを用意するなどして準備を整え,犯行前日にも,A会長親子殺害を試みたものの困難とみるや断念し,最後はB専務のために夜食を作る機会を捉えて睡眠導入剤を摂取させるなど,合理的に余裕をもって行動していることが見て取れる。』
10分程度の謀議を、2,3回行っただけという事件が、余裕を持って行動していると言えるのか。なお、のちには計画性について「必ずしも綿密ではない」という認定が出てくる。余裕を持って行動しているのならば、綿密な計画を立てるはずではないか?このような矛盾する内容が、この判決文中には頻出するのである。
『被告人がA会長親子殺害を実行した際も,B専務は昏睡し,A会長も就寝していたのであるから,被告人等に危険が及ぶような切迫した状況にあったとは到底いえない。したがって,被告人としては,A会長宅から逃亡するなり,警察に助けを求めるなど殺害以外の方法を検討する余裕は,物理的にも精神的にもあったというべきである。』
睡眠薬を飲ませていても、数時間後には起きるだろう。金父子が起きるまでに、警察が動いて、家族を保護し、金父子らの犯罪の実態を解明してくれることが、どれほど期待できたのか?現実味があるとは思えない。なお、伊藤も松原も、家族を守りたいと考えているので、一人だけで逃げるわけにはいかない。
『実際,□□から逃げた従業員もいるのであるから,被告人に対しても,そうした合法的な方法を採るべきことを期待することも苛酷とはいえない。』
一部の逃げた人たちは、裏社会につてがあったから、あるいは、家族を見捨てたから、逃げられたんだよ。それは、松原も証言しており、伊藤も述べていた!また、債務者たちは逃げたとしても、徹底的に追い込みをかけられていた。発見され、拘束されてしまった人もいた。それは、長野地裁公判で開示された、金文夫作成の書類に記載があったことである。殺害という方法が肯定できないのは解るが、被告たちが追いつめられていた状況を、ここまで考慮しないのは、十分に苛酷かつ冷血な態度だ。
そして、被告側が提出した証拠に対し、ろくに反論もしていない!「家族のことを思うと逃げられない」という言葉、追いつめられて拘束された債務者もいる、という証拠。これに、検討すら加えず、無視しているのだ。
また、森武夫証人の心理鑑定については、以下のように評価、いや、難癖をつけている。
『森意見は,単なる心理分析の域を出ず,種々の曖昧な概念に依拠するものであり,何よりも,被告人自身,前述したように状況の推移に応じた現実検討能力を示す行動に出ていることは,森意見の決定的な矛盾点である。また,森意見によっても,被告人につき,適法行為を要求することができない切迫した心理状況や犯行動機の形成過程を説得的に説明できていない。』
これが、森鑑定への判断の全文である。
どの点を曖昧と考えたのか、どの点が説得的に説明できていないと考えたのか、それこそ、説得的に説明できていない。このような曖昧すぎる説明では、検討も反論も、ほぼ不可能である。もしかして、それが目的だったのだろうか。
(3)情状認定について
まず、楠見由紀子について、判決は以下のように認定している。
『犯行完遂の邪魔者として,巻き添えとなって殺害されたもので,理不尽な凶行の犠牲者である』
これについての疑問は、幾度もすでに書いている。池田への堕胎強要の言葉、同居していればヤミ金については当然知っていたであろうことは、すでに長野地裁で証拠として表れていたはずだ。
『先行する遺体遺棄事件においては,遺体をブルーシートにくるんでコンテナボックス内に押し込み,車両の後部荷室に積み込んだまま,2年近くの間放置していたのであるから,その悪質性も看過できない。』
それは、むしろ殺人、死体遺棄を主導した「犯罪被害者」である金良亮に言ってほしいものだ。
『確かに,関係証拠によっても,弁護人が指摘する事情には,一面の真理があることは否めないが』
この部分が、最も読むに堪えない箇所であった。裁判官と裁判員たちは、伊藤たちの受けた犯罪被害を正面から認定することを避けた。そのくせ、「きちんと検討した」というアリバイのために、にこのような文章を入れているとしか思えない。
『家族の元に帰りたい,A会長親子から解放されたいという自己の希望を,解決のため何らかの手だてを試みることなく,3名を殺害することによってこれを果たそうというのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである。』
自分や家族の生命身体の自由を守ろうとするのは、「許されぬ希望」であり、「自己の利益」と言われるような性質のものなのか。人間として、当然の権利ではないのか。人を何だと思っているのだろう。
『A会長親子からの支配が犯行動機形成につながっていることや利欲目的が副次的であったことは,量刑上考慮するにしても』
それにしても、判決文内の事実認定すら、一定させることが出来ないらしい。最初は、「真実だとしても」だの、「説得的に説明できていない」だの、さも嘘を言っているとでも言いたげにゴニョゴニョと「曖昧な」「説得力のない」書き方で、言葉を濁している。しかし、それでは事件の原因について説明できないと考えたのか、いつの間にか、金父子からの支配という事実を目立たぬように認めている。姑息である。
『特殊な環境下で行われた犯罪であるからといって,殺人を正当化することはできない。』
伊藤の事件は、自らや家族を防衛するという点において、「正当防衛」や「死刑執行」とさほど距離があるわけではないと思うが、犯罪が成立することは事実である。なので、誰も無罪にすべきとは言っていない。
無罪とすることと、酌量の余地を認定し、大きく減軽することは、全く異なる。後者は、「被害者」の犯罪をきちんと認定することであり、社会的に否定されるべき事柄を、否定するだけのことだ。裁判官と裁判員こそ、「被害者」の犯罪を大きく矮小化し、目をそらしている。それは、殺人、出資法違反、監禁、傷害、さらには奴隷的労働や債務者を自殺に追いやったことを、正当化したにほかならない。無罪と、「被害者の犯罪を認定することを通し、酌量減刑を行うこと」の差異さえも、高木順子裁判官たちと、裁判員は、理解していないのか。
判決後の記者会見では、『みんな悩んだ』と述べている裁判員もいた。しかし、判決からは真摯な検討はおろか、事実に正面から向き合おうという、最低限の意思さえも、感じられなかった。
なお、松原の高裁判決時には、控訴を棄却した井上裁判長は、伊藤への長野地裁判決での情状認定について、次のように発言している。
『なぜか、記述されていないが』
どこか皮肉がこもっており、呆れているようでもあった。裁判官から見ても、一審判決は不誠実極まりないものだったのだろう。伊藤の控訴審を担当した村瀬均裁判長たちは、不備や欠落はあったものの、詳細に「被害者」たちの犯罪について事実認定を行った。一審判決があまりにもずさんだったので、控訴審判決で、詳細に書かねばならなかった面もあるだろう。
このような、不誠実かつ欠陥だらけの判決により、伊藤と松原の運命は決められてしまったのである。