伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

真島事件公判傍聴記

<検察官の弁論>  
 検察官は、以下のように陳述します。
 弁護人の上告趣意である違憲主張については理由がなく、そのほかは実質的に量刑不当の主張であり、上告理由に当たらない。しかし、事案に鑑み、若干の意見を述べます。
1・違憲主張について
裁判員制度が違憲であるという主張にほかならず、裁判員制度は合憲であると最高裁判例が出ており、主張に理由がない。
2・法令違反の主張について
 弁護人は、証拠調べが不十分であったと主張する。また、原審は被害者の属性などについて、全く一審と異なる事実関係を認定しながら破棄差し戻しを行わなかった、と主張する。しかし、破棄差し戻しを行う理由はない。
3・量刑について
 本件は、被害者を殺害し、金銭を強取する目的で、三人を殺害し416万円を奪い、死体を愛知県に遺棄した事件である。
 金父子殺害は、束縛から逃れ、共犯者への報酬を得て、生活費を得ることを動機としている。有紀子殺害の動機は、殺害計画の邪魔になるというものである。動機は自己中心的、身勝手であり、強い非難に値する。
 一か月半にわたり計画を立て、機が熟したと見るや実行に移している。殺害用の丈夫な紐、ビニール袋を用意し、二人、ないし三人がかりで、合計50分間にわたり被害者らの首を絞めて殺害している。長時間にわたって首を絞め続け、ついには絶命させた行為は、執拗かつ冷酷である。
 本件は、平穏な生活を送っていた三人を殺害し、金銭を奪っている。被害者二人と被告人のいきさつはともかく、被害者にこんな目に合う落ち度はない。有紀子は巻き込まれて殺害されている。
 遺族たちの処罰感情は峻烈を極めており、遺族全員が、被告人らの極刑を望んでいる。
 住宅密集地で一家三人が殺害され、県外に死体を遺棄されるという戦慄的犯行であり、社会的影響は大きい。
 被告人は、金銭を奪うなどの重要事項について、積極的に提案している。殺害実行、金銭奪取に当たって、中心的役割を果たしている。現金強奪の犯意は、極めて強い。
 事件後は、警官や被害者を心配する遺族に対し、平然と嘘をつき、無関係を装っている。犯行後の情状は極めて悪質である。
 犯行に果たした役割、動機を考慮すると、被告人の罪責は極めて重く、死刑はやむを得ず、原審判決は正当である。
 判例違反の主張であるが、弁護人の引用判例は、被害者一名の保険金殺人の事例であり、計画の謀議や実行行為に関与していない事例である。主張は失当である。
 弁護人の上告趣意は、いずれも理由がなく、上告は速やかに棄却されるべきである。
以上

  検察官の弁論は、10分もしないうちに終わった。弁護人に比べれば、圧倒的に短い。その間に、法廷に漂う気怠さは、隠しようのないものとなっていた。後に「長野の会」のメンバーに聞いたところによれば、検察官の弁論の間には、寝ている傍聴人もいたらしい。私はメモを取りながらも、時折、美しいアーチをえがく天井に視線を移していた。そこは、壁に掛けられたライトに照らされ、鈍く輝いていた。
 検察官の声や口調は、弁護人とは対照的に、だらだらとしており、抑揚がない。また、金良亮の名前を、リョウスケなどと間違えて読んでいた。やる気が感じられない。
 肝心の内容は、法律的主張については、他の死刑事件弁論から切り貼りしたような内容ばかりだ。事実主張は、控訴審までの論告・趣意書の切り貼りといったところか。作成は、さぞや楽だっただろう。
 ただ、薄っぺらな内容とは裏腹に、聞き流すことのできない言葉がいくつもあった。
 まず、動機の「自己中心的」「身勝手」という表現について。
 勿論、検察官が殺人を認めることができないのは当然だ。しかし、伊藤や松原は、犯罪から逃れるために事件を起こした。少し反撃状況が違えば、正当防衛となった可能性もある。そのような事件が「自己中心的」「身勝手」であり極刑しかないとすることは、被告たちの、自由・身体・生命を守るという最低限の権利を、「不当な権利」として否定するということだ。いくら形の上で言葉を尽くそうとも、罪の重さを表す唯一の言語は、量刑だ。
 専務の妻である楠見有紀子について。
当初から殺害を予定していなかったという点で言えば、「巻き込まれた」と言えるかもしれない。しかし、楠見は金父子の犯罪を知悉し、利益を得、協力していた。金父子の犯罪との関係からは、「巻き込まれた」とは言えない。
 また殺害理由を、楠見が「殺人の邪魔になった」と単純化することは正しいのか。楠見が金父子を起こせば、伊藤たちは確実に殺害され、家族に危害が及んだ可能性は高い。楠見殺害の動機は、金父子の危害から逃れる、緊急避難的なものとも言える。また、楠見が金父子の協力者でなければ、金父子殺害は止めたとしても、殺害計画を父子に隠してくれただろう。被告たちに恐怖とパニックから、殺害されることもなかった。
 最後に、金父子たちの生活は、「平穏な生活」と呼ぶに値するのか?
 金父子は、被告たちへの犯罪を除いても、犯罪の共犯者を射殺し、ヤミ金を生業とし、債務者を追い込んで幾人か自殺させている。真島の家は、もともとは自殺した債務者の所有していた家だった。平穏な生活とは、穏やかな、あるべき状態にある生活ということだ。金父子の生活を「平穏」と評するのならば、金父子が他者を苦しめるのは、あるべき当然の状態ということになる。苦しめられた人々の人生は、金父子に踏みにじられるために存在していたのだろう。
 ただ、これらの言葉の意味など、検察官にとってはどうでもいいことなのだろう。最高裁で、冤罪以外で死刑判決が覆った事例は少なく、量刑不当を理由とする減刑は二例に過ぎない。弁護人の弁論が松原の減刑に資する可能性は、極めて低い。だからこそ、弁護士の弁論に熱意と真情がこもっていても、虚しく響いてしまうのだ。弁護士の熱弁と検察官の継接ぎだらけの言葉。最高裁では、後者が尊重される。それが、この儀式に満ちた場所の、最大の儀式でもある。
「双方、これ以上、陳述はないですね?それでは、判決期日はおって指定します。それでは閉廷いたします」
 14時10分ごろ。裁判長はそのように述べて立ち上がり、法廷の奥に姿を消した。裁判官たちもそれに続く。傍聴人は慣例に従い、その後姿に起立、礼をした。そして、職員に促され、思い思いに退廷していった。これで、審理はすべて終わった。後は、判決を待つことしかできない。
弁論の所要時間は40分程度。傍聴券を配られてからの時間を考えれば、仰々しい儀式を見に来たのか、弁論を聞きに来たのか解らない。
 最高裁は、裁判員制度下で初めての死刑事件弁論だからか、警戒していた。事前に支援者の傍聴人数を、弁護人に問い合わせていた。儀式の在り方も、普段よりも丁重なものだった。しかし、蓋を開けてみれば、他の死刑事件弁論と何ら変わりなかった。
 今村弁護士は、法廷外のホールで、記者に話しかけられていた。今村弁護士が話を断ると、記者はあっさりと離れていった。
 裁判所の外で、松原の弁護士二人と顔を合わせた。今村弁護士は「お疲れ様でした」と声をかけていたが、二人はすぐに数人の記者に囲まれ、二、三言しか交すことができなかった。記者に囲まれたとはいっても、それは、地裁や高裁での囲み取材に比べると、数は少なく、話を聞き出そうという意欲も、乏しく見えた。
 私はほかのメンバーとともに、最高裁の門前から歩き去った。
 ふと、最高裁の法廷を思い出した。裁判官が要。弁護人や検察官が骨組み。扇形の法廷内には、被告人だけがいない。
 仰々しい儀式に満ち溢れる中、生死の境にいる人間だけが、欠けているのだ。
 

<弁護人の弁論> 
 上告趣意書、補充書、再補充書において、弁護人は死刑の違憲性、裁判員制度の違憲性など、縷々指摘してまいりました。
 弁論では、これまでの主張を踏まえて、四点を指摘させていただきます。
1・死刑判断手続きの違憲性
 死刑事件の裁判は、特別なものであるべき。国際人権B規約、日本は批准している。この規約は、死刑は廃止すべきという考えが強い。
 検察官や原審裁判所は、死刑は合憲としている最高裁判例があるという。しかし、合憲とされた時と現在では、事情が異なっている。
 国連は、「死刑に直面する者のセーフガード」という勧告を出している。死刑事件に当たっては、特別に慎重な手続きを要請している、というもの。
 アメリカでは、検察官は死刑を求刑するか否か、あらかじめ告げねばならない。そのため、弁護人側も死刑事件として、あらかじめ準備が可能となる。
 しかし日本では、論告求刑まで死刑を求刑するか否か不明である。死刑適用基準について、一審で全く問題とならずに終わることもある。
 裁判員制度は、多数決で死刑か否かを決定する。しかしアメリカの場合は、フロリダを例外として、死刑の適用は全員一致が原則と定められている。超適正手続という考え方の現れである。
 しかし、我が国では、死刑に賛成する人数が一人でも多ければ、死刑が適用される。特別多数決すら、死刑適用に際して要求していない。この死刑適用の在り方は、国際人権規約に反している。
2・死刑適用基準
 我が国は、刑の上限と下限は、殺人の場合は懲役五年から死刑というように、天と地ほどの開きがある。そして、法律レベルの死刑基準はないと言っていい。
 一般的には、永山基準が、死刑適用基準を示したものと評価されている。
 これは、被告人の資質、性格なども、判断基準に含まれている。ならば、死刑適用に当たっては、一般情状も加味し、決定されるべきである。諸情状を精緻に見ていかねばならない。一般情状で死刑を回避できるという考え方も、あってしかるべきである。
3・審理の問題性
 検察官は、原審において十分な審理が尽くされたと述べている。しかし、一審では永山基準を検討することさえなかった。金銭の管理関係と、情状のみであった。弁護人側立証は、とても簡略にされた。検察官は、遺族調書を多数提出し、長時間にわたり朗読し、立証を行っている。期待可能性についても、控訴審で、裁判所は争点として位置付けることなく、審理を終わってしまっている。
 一審の弁護人は、経験が浅かった。死刑求刑があるという認識はあった。しかし、被告人の公判が始まった段階では、他の三被告の争点整理は、終わる気配もなかった。
 このような立証の在り方は問題である。さらなる立証を求める訴訟指揮が、裁判所からあってしかるべきだった。
 被告人は、会長専務から搾取されていた。伊藤は、宮城殺害の現場に立ち会い、死体遺棄を手伝わされ、頻繁に叱責や暴力を受け、会長と専務の殺害を決意した。被告人以上に切羽詰まった立場にあった。これらの立証は、つくされていない。被告人の生い立ちについても、全く立証離されなかった。このように、審理の手続きは不十分である。
 このような裁判員法の決のとり方は、憲法31条に違反している。
 裁判員は、記者会見で、「死刑は正しかったのか」と疑問を述べており、この点に着目すべきである。
4・死刑回避の理由があるのではないか
 共犯者の池田は、2014年2月27日、無期懲役に減刑された。検察側からの上告はなく、無期懲役以下の刑が確定したと言える。
 被告人は、準主犯格とされている。しかし、実際の立場は準主犯格ではなく、池田に近い。池田との釣り合いから、死刑は回避されるべきである。
 弁護人は、長谷川鑑定人に、心理鑑定を依頼した。同鑑定人は、被告人は口下手で、大人しく、他者への義務感が強く、断れない性格である、と鑑定している。被告人に事件を惹起するような性格的要素はない、死刑は理不尽に思える、という異例のコメントもいただいている。
 なぜ、事件に至ったのか。以下のように言うことができる。
 伊藤は、宮城殺害の現場に立ち会ったのち、真島の家に同居させられた。被告人よりも激しい暴力と暴言を受け、家族からも引き離され、被告人よりも厳しい立場に置かれていた。伊藤は疲労性うつ病、意識混濁による精神性視野狭窄の状態にあった、と精神鑑定で立証がなされている。
 被告人は、伊藤が金父子を殺したいと言い出した時、伊藤の気休めと考えた。伊藤は、被告人が止めなかったことを、被告人の了承と誤解したかもしれない。伊藤は、作業に際していちいち確認しなければ、進めることができなかった。このような伊藤が、殺害計画を立てていることを、真に受けることはできなかった。
 被告人自身も、睡眠不足、過重労働により、離人症になっており、人の言葉に応じることができる状態ではなかった。
 原審は、ずさんな計画であるとしつつも、計画にアドバイスをしていることをもって、被告人の悪情状としている。しかし、斎田に協力を仰ぐ、ロープの準備などは、伊藤一人によるものである。被告人は準備に関与していない。伊藤は、事後報告を被告人に対してしていただけである。
 被告人が、「会長はいつもお金を持ち歩いているよ」と言っていたのは、殺害の話を、伊藤の気晴らしと考えていたころである。もう一つの話が出たのは、他の人と一緒に現場で働いていた際の、雑談のなかである。これをもって、金銭を奪取する計画である、ということはできない。
 伊藤から殺害を提案されたとき、被告人は「足がすくんだ」と言って、実行できなかった。日付が変わったころ、伊藤に言われて、催眠導入剤を砕いている。しかし、伊藤は薬効は詳しく知らない。当時は、専務の妻がいつ帰ってくるかわからない状態だった。無計画であると言っていい。
 伊藤は、専務の奥さんに、専務が催眠導入剤を飲んでいるのを気付かれたとして、殺すしかないと言い出した。被告人は、そんな伊藤を、工事現場へと連れて行っている。これは、殺害を思いとどまらせようと考えたためである。
このように、被告人は伊藤の行為を拒絶するか、その場で応じていない。被告人は人に逆らわない大人しい性格であるが、それでも伊藤の殺人の実行行為を拒絶している。
 伊藤が当時、視野狭窄に陥っていなければ、被告人が実行行為を拒絶していることに気付いたであろう。しかし、当時は視野狭窄であったため、気付かなかった。
 死刑選択は、専務の妻殺害についてである。しかし、この専務の妻殺害には、伊藤がもっぱら動いている。
 伊藤は、専務の妻が騒ぎ出したので、殺そうとした。被告人は、伊藤を工事現場に連れ出した。伊藤は、松原と、到着した池田に、「専務の妻を殺さないと、事件が露見する」と言い、二人がその言葉に答えないのに、一人で家に入っていった。
 専務の妻殺害について、被告人が実行行為に着手したのは、すでに顔面がうっ血し、瀕死の状態になってからのことである。
 伊藤に言われるがままに、実行行為を行っている。最後まで、被害者らを殺したくないという気持ち、伊藤と池田への憐憫から、葛藤に苦しんでいた。
 会長らから金品をとる行為は、伊藤の指示である。失踪を装い、金を分配しよう、と伊藤が言い出した。
 被告人は、金は池田に預け、分け前については斎田と伊藤に上乗せしている。金銭に全く興味を示していない。強盗殺人は財産犯であり、金銭への執着は、量刑に当たって考慮されるべきである。
 共犯関係、伊藤と被告人の間には、圧倒的な差がある。被告人は計画を立てず、金銭を利得しようとしていない。伊藤の指示のままに、殺害を実行している。死刑を回避すべきは、池田と同様である。
 被告人は、会長専務にも恩義を感じ、尽くしていた。利欲目的や恨みによる犯行ではない。被告人は、自分の責任を認める姿勢を貫き、自分の責任を実際より重く供述している可能性すらある。
 被害回復について。池田の控訴審判決では、被害者から奪った110万円が還付される可能性が示されている。被告人の両親と被告人は、香典を被害者の甥に送り続けている。被告人も刑務所に入ることとなれば、請願作業をして収入を得て、被害者に香典を送り続けるだろう。これは一生続けるべきものだと、被告人の両親も言っている。
 精神障害と知的障害は、死刑を回避する事情となりうる。弁護人は、一般面会でしか会えず、心理鑑定に必要な機材すら、持ち込めていない。テストを行ったところによれば、被告人の知的水準は、平均かそれ以下である。知的水準が平均以下の可能性はある。
 被告人は、睡眠不足、被害者らによる暴言や暴力に曝され、判断能力が減退していた可能性がある。これも考慮すべきである。
 また、本件においては、減刑嘆願の署名が、広く集められた。被告人の反省、伊藤、池田への憐憫の情は、人々に伝わっている。
 本来であれば、凶悪犯罪に、社会で暮らしている人々が共感することはない。しかし、本件においては、会長らのもとで被害者的立場にあったことに共感し、署名をした人々が多かった。本件は、一般社会の人々から、同情を買っているのである。
 専務の妻への事件では、被告人の立場は、池田に近い。無期懲役にすべきである。
 一般情状を見ていけば、死刑を回避すべき事情は多い。
死刑を回避していただけるよう、伏してお願いします。
以上

 弁護士の弁論が終わったのは、14時ぐらいの事だった。張り詰めた、よく通る声で、弁論を行った。「被害者」たちの犯罪への言及は少なかったが、それは最高裁の性質が理由だろう。最高裁は事件の事実関係については審理を行わない。そのため、事件の事実関係を直接に主張しても、その主張は審理の対象とはならない。また弁論には、短い時間しか与えられていないようである。これらの事情から、あまり言及できなかったのだろう。
 弁護士は、一審で被告人の事情が検討されなかった部分を読んでいた時には、涙声になっていた。弁護人が松原に思い入れを持っていること、何とか死刑を回避したい、という思いが伝わってきた。一審からこの二人に弁護してもらっていれば、松原の運命も、もう少し変わっていたかもしれない。
 ただ、弁護人の主張は、控訴審のものとほとんど変わり映えしなかった。変わったのは、松原の役割を、池田と同等であると主張している点か。控訴審で池田が減刑されたことをうけての、戦術だろう。
 弁護士二人の熱意と努力にもかかわらず、法廷にはどこか気だるげな空気が漂っていた。一人の人間の生死をかけた場とは思えない、弛緩した空気。地裁や高裁の審理とは、大きな違いである。これは、主張がこれまでと同様だからだろうか?
「検察官、弁論を」
 裁判長が促す。検察官は立ち上がり、弁論を読み上げ始めた。

 2014年7月15日、松原智浩の最高裁弁論が行われた。その模様について、筆記できた範囲で、記録に残そうと思う。
 なお、弁論内容だけではなく審理の模様まで書いたところ、蛇足が多くなったのか、長くなってしまった。なので、今回は内容を三分割して投稿する。

 傍聴券は全部で48枚。交付時間は12時55分であり、それまで西門の前で並ばされて待たされる。長野の会のメンバー、伊藤の弁護に一審から携わってきた今村弁護士、松原の同級生も並んでいた。
 その他にも、記者らしき人一名、女子高生のグループが二組、並んでいた。うち一グループは、門の前で写真を撮るなどしながら、談笑していた。彼女たちの態度を見る限り、この事件の概要を知らず、興味も抱いていないようだった。社会科の授業の課題だろうか。  
 結局、12時55分の交付時間までには、25名ほどが並んだ。通常、最高裁の死刑事件弁論では、並ぶのは数人から12,3人ほどである。「裁判員裁判初」という要素があるからか、通常の死刑事件弁論よりは並んだ人が多かったようだ。鰹から裁判まで、「初」が好まれるらしい。
 傍聴券が交付されたのち、傍聴人たちは最高裁の内部に案内された。ロッカーに筆記用具と傍聴券以外の荷物を預けさせられ、金属探知機のゲートをくぐらされる。職員に引率され、ソファとTVのあるホールに案内されて、しばらくそこで待たされた。
 ホールのTVでは、映画の宣伝映像が流されていた。『裁判員~選ばれ、そして見えてきたもの~』という、裁判員制度推進のための映画だ。2007年に作成されたものである。私が2011年に最高裁の傍聴に訪れた時も、流していた記憶がある。裁判員制度が終わるまで、10年経とうと、20年経とうと、流し続けるのだろうか。
 長野の会のメンバーと今村弁護士は、松原の同級生だった人と話をしていた。私は、体調が思わしくなかったため、ソファに座って時間をつぶしていた。傍聴人たちは、それぞれのグループに分かれ、手持無沙汰に時間を過ごした。
 13時8分、職員からアナウンスがあり、第三小法廷に案内することが伝えられた。ここまでは、最高裁の通例の儀式だ。しかしその後、「弁論は4~50分かかりますので、トイレに行っておいてください」「左右の出入り口のどちらから入ったら、この番号の席は近い」といったアナウンスがされた。弁論の予定時間の告知、席の案内などは、これまでの最高裁ではなかったことだ。
 いつにない丁寧さ。「裁判員裁判初」ということで、最高裁も儀式に力を入れているらしい。松原の弁護士には、関係者が何人傍聴に来る予定か、質問の電話があったらしい。警戒し、批判される隙を作らないようにしているのか。
 職員に引率され、傍聴人たちは最高裁第三小法廷に入った。そして、傍聴券に記載された自分の席に腰を下ろす。
 法廷は扇形であり、要の部分に当たるのは、裁判官たちの席だ。そこから法廷は扇形に広がっている。バーの内部にあるのは、まずは書記官二人の席である。その近くに弁護人、検察官の席がしつらえられている。バーの外に出てからは、傍聴席や記者席、関係者席が広がっており、一番外縁部分に法廷への出入り口がある。
ちなみに、最高裁では、被告人は裁判所の許可がなければ出廷できない。そのため、死刑事件であっても、被告人が出廷することはまずありえない。そのため、被告席も証言台も、バーの中には存在しない。
 書記官は、髪の短い4~50代の男性と、髪を短く刈った眼鏡の中年男性だった。書記官はそれぞれ横川進、山口憲造というらしいが、どちらがどちらか解らない。二人とも硬い表情を浮かべ、うつむいたり、前を向いたり、どことなく落ち着かない様子だった。
 裁判長の席の近くに、髪を短く刈った、痩せた中年の職員が座っている。
 弁護人は、控訴審から松原の弁護に携わっている、宮田桂子弁護士と、大槻展子弁護士だった。二人とも黒いスーツ姿であり、机の上に書類を広げ、目を通していた。
 検察官は、名を野口元郎という。前頭部から頭頂部にかけて禿げ上がり、残った髪を短く刈った中年男性だ。眼鏡をかけており、堅物そうな役人然とした風貌の持ち主だ。勿論、スーツ姿だった。どこか気だるげな足取りで入廷し、席に座ってからは書類に目を通していた。
 入廷が許され、少したってから後ろを振り向くと、マスコミ関係者が五台のビデオカメラを構え、出入り口付近に陣取っていた。その周囲に、職員が数人立ち、カメラマンの動静を見守っていた。随分と物々しい雰囲気だが、これは被告人不在の法廷で、裁判官たちの顔と、傍聴人の後頭部を映すための準備に過ぎない。
 記者席には、記者らしき人々の姿があった。合計で10名ほどだろうか。普通の死刑事件の弁論に比べれば、少しは多くの記者が傍聴に来ているようだ。
 そこまで法廷を見渡し、気付いた。「被害者遺族」が一人もいないのだ。最高裁でも、遺族席は割り当てられる。実際に、遠方から被害者遺族が傍聴に訪れることも、多く見られた。例えば、2001年に発生した武富士放火殺傷事件では、青森の事件だったにもかかわらず、被害者遺族は遠方から傍聴に訪れている。しかしこの法廷には、「被害者遺族」は不在であった。
 伊藤の一審公判では、「被害者遺族」が大挙して傍聴に押し寄せ、法廷の席の三分の一ほどを占領していた。ボキボキと指を鳴らし、被告を威圧していることもあった。「被害者が遺族にとって大事な存在である」ということを、アピールしていたようだ。
 しかし、控訴審公判では、傍聴に訪れた遺族は二人だけ。金文夫の甥のK・Kと、良亮と同年代の文夫の愛人であるK・Aの二人である。このうちK・Aは、松原の控訴審の最初の頃に顔を見せただけで、すぐに傍聴に来なくなった。K・Kも、控訴審の傍聴には来ないことも多かった。しかし、最高裁の法廷には、そのK・Kも在廷していなかった。
 13時20分ごろ、法廷内で職員が、傍聴人に注意を申し渡した。裁判長は静かに。裁判長らが入退廷するときは、起立して礼を。カメラで二分間の撮影がある。そんな内容だ。この注意も、最高裁で慣例化された儀式の一つである。
 13時25分、若い女性職員が、バーの中にある出入り口から法廷内に出てきた。
「間もなく開廷します」
 それだけをアナウンスすると、ぺこりと一礼し、バー内部の出入り口へと引っ込んでいった。わざわざ法廷内にいない職員が出てきて、アナウンスすることなど、これまではなかった。一体、何のために出てきたのだろう?やはり、本日の最高裁の儀式には、随分と贅肉が増えているようだ。
 13時28分、ようやく裁判長たちが入廷した。
 裁判長は、眼鏡をかけた白髪の、厳めしい顔立ちの老人だ。裁判官は、四名である。私から見て左側から一人目は、眼鏡をかけ、髪を七三分けにした老人。四角い顔の持ち主だ。二人目は、髪の短い初老の女性。裁判長を飛び越して三人目は、白髪の赤ら顔の老人。四人目は、どこか不機嫌そうな顔立ちの老人だ。眼鏡をかけており、前頭部から頭頂部にかけて禿げ上がり、残った髪は白髪である。
 裁判長は、大橋正春。裁判官は、岡部喜代子、大谷剛彦、木内道祥、山﨑敏充である。光の具合からか、パノラマにおかれた、精巧な木彫り人形のようにも見えた。
 カメラマンたちによる撮影が始められる。裁判長たちと傍聴人の後頭部を映し、その映像は夕方の15分ニュースでお茶の間に流されるのだろう。13時30分になる。二分間の撮影が終わり、カメラマンたちは退廷した。
 「カメラ、退廷しました!」
 職員が、裁判長たちに告げた。つづいて、裁判長たちの席の傍に座っていた職員が、立ち上がった。
 「松原智浩被告への、強盗殺人等被告事件を開廷します。宮田弁護人ら出頭しています!」
 それだけを告げると、また椅子に座った。彼は、この儀式の一部を演じるためだけに在廷していたのだろうか。 ともあれ、松原智浩の最高裁弁論が、ようやく開廷となる。傍聴券を配られてから開廷まで、およそ35分。裁判長が、重々しく口を開く。
「弁護人、上告趣意書、補充書、再補充書の上告趣意を陳述しますか?」
「はい、陳述します。」
 弁護人の一人が、立ち上がって答えた。すでに提出された趣意書を「陳述する」と答えることで、陳述したものとして扱う。
「他に陳述することがあれば、この場で述べてください」
 裁判長が促す。これも、最高裁で弁論を開始する際の、慣例化された儀式だ。
「それでは、30分述べさせてください」
 そして、弁護人の弁論が開始された。

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