伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

裁判資料

 自首についての証拠調べを経て、第二の弁論が2013年12月3日に行われた。それが、以下の内容である。


平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件

弁 論 要 旨 (2)

                     平成25年12月3日

東京高等裁判所第10刑事部 御中

                     被告人 伊 藤 和 史

                        主任弁護人 今 村 義 幸

弁護人 今 村   核

上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。

1 3名に対する殺人と死体遺棄について自首が成立すること
(1)被告人は,平成22年4月13日,午前に引続き昼食を挟んで午後からも,長野中央警察署において事情を聞かれていたが,事情を聞かれてから1時間くらい経った後に,取調官らに対し,「これから正直に話しますんで,2時間から3時間ほど時間をください」と願い出た。その後1時間ほど経ったころ,被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」,「死体は齋田さんのヤード(資材置場)に埋めて隠しました」と述べており,自発的に3名に対する殺人と死体遺棄を自白した。
   これを聞いた取調官らは,「背中をのけぞらせるようにして,『ええっ』というような,今にも耳をふさぎたくなるようなぐらい大きな声を出し」た上で「再び,声を落として『ええっ』というような言葉を言った後に『あくどいことをしてきたから,本当に失踪したんだと思った』」と述べていた。
(2)検察官は,捜査機関に発覚する前の自白といえず,また,自発的に申告したとも認められないことから,自首は成立しないと主張する。
しかし,まず,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実及び犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集3-6-721)。取調官らは,取調官の前記態度から,被害者らが失踪しただけと思い,被告人が自白するまで,被害者らが殺害されていることも愛知県西尾市に死体が遺棄されていることも知らなかったことは明らかであり,被害者らが殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。
また,「取調べの際に犯罪を隠蔽する供述をし,その後犯罪事実が具体的に発覚する前に自ら進んで犯罪事実を申告した場合であっても自首に当たる」(最決昭和60年2月8日刑集39巻1号1頁)。被告人は,事件当日の行動につき,鹿児島に行っていたとの虚偽のアリバイなど,数々の嘘をついてきたが,捜査機関が本件犯行を発覚する前に,3名に対する殺人と死体遺棄を自白したのであり,自発的に申告したといえる。
このように,被告人は,捜査機関に発覚する前に自発的に3名に対する殺人と死体遺棄について申告した。
したがって,被告人には自首が成立する。
(3)仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人には,なお強盗殺人に対しても自首が成立する。以下詳述する。
   犯人が法律知識等にはさほど通じていないのが一般的であることや,犯人が自ら進んで述べるものであることなどに加え,自首を任意的な減軽事由とした趣旨が一面において捜査及び処罰を容易ならしめるということから,「捜査機関に対する犯罪事実の申告内容が概括的で,犯罪成立要件のすべてに及んでいなくても,全体として犯罪事実を申告し,かつ訴追等の処分を求める趣旨であるときは自首が成立する」(東京高裁判決平成2年4月11日)とされている。被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,その一部である殺人を判明させている。また,持っていた携帯電話を出して,死体が遺棄されている住所を示し,取調官らに対し,死体を発見することを促しており,訴追等の処分を求める趣旨であるといえる。
また,「犯罪事実の認知といっても,その後の裁判における公訴事実と法的評価の点まで同一の事実が判明している必要はなく,法的評価以前の社会的事実として同一の事実が判明していれば足りる」(東京高裁判決昭和51年7月28日東高刑時報27巻7号100頁,東京高裁判決平成18年9月21日東高刑時報57巻1~12号49頁)とされている。被告人が実行したのは殺人についてであり,金銭の強取については共謀だけで実行していなかったのであるから,松原による金銭の強取はあくまでも法的評価であるといえ,被告人が実行した殺人という限度においては,社会的事実としての同一の事実を判明させているといえる。
このように,被告人は「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,実行した殺人を判明させており,仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人にはなお強盗殺人に対しても自首が成立する。
2 宮城の死体遺棄についても自首が成立すること
(1)被告人が3名に対する殺人と死体遺棄について自白した後,被告人は,取調官から死体の場所と共犯者齋田の人物について尋ねられたので,持っていた携帯電話から取引業者との送受信メールを示して,3名の死体を埋めた愛知県西尾市の住所地を教えるとともに,共犯者齋田の居場所や携帯電話番号等を教えた。
被告人は,取調官から,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と尋ねられた。
被告人は,「高田の倉庫の一番奥にある,白のレガシィの中に宮城さんの死体があって,専務が宮城さんを拳銃で殺しました。それで,最後,専務と原田さんという人と僕の3人で,死体を箱に入れて高田の倉庫に隠しました」と自白した。
ところが,取調官は,「さっき,3人も殺した話をしたけど,本当は倉庫の死体も伊藤さんが殺したんじゃないのか?専務が死んでるからといって,なすりつけているんじゃないのか?」と疑ってきた。これに対して,被告人は,「本当に専務が拳銃で殺したんです。原田さんを捕まえれば,それがわかります。原田さんを捕まえてください」と,反論するように強く訴えた。
(2)嫌疑を持った捜査機関による取調べに対しては自首が成立しないところ,取調官は,被告人に対し,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と述べており,高田の倉庫にある宮城の死体について,被告人が事情を知っていると疑っている状況にある。
しかし,取調官の「正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。あの倉庫について知っていることを話してほしい」との発言は,あくまでも,「3名の殺人を自白したからといって,3名の殺人と宮城の死体とは一見した関連性はないが,3名の殺人という意外なことを自白した被告人なら,宮城の死体についても真相を知っているかもしれない。」との期待に過ぎない。取調官の上記発言は,「取調べ」や「追及」とはいえず,むしろ,被告人が3名の殺人と死体遺棄を自白したため,それに引き続き自発的な犯罪事実の申告を促した発言ととれ,それに応じて被告人も自発的に申告をしたといえる。
したがって,宮城の死体遺棄についても自首が成立する。
以 上

 以下の弁論は、2013年9月19日、伊藤和史の第五回控訴審で行われた、控訴審第一次弁論である。
 この弁論の後、自首の成否についてさらに審理する必要があると認められ、審理は続行された。
 今内容を読み返しても、伊藤の受けた幼少時の虐待、そして、「被害者」たちによる常軌を逸した暴力犯罪が、いかにして事件に繋がっていったか、説得力を持って書かれている。また、同じく不当に死刑判決を受けた、共犯者の松原智浩への弁論のようでもある。
 控訴審では、冤罪専門弁護士として名高い、今村核弁護士も、弁護を担当した。冤罪でもない伊藤の事件に、わざわざ心血を注いでくださったのは、このような事件で死刑確定してしまう事が、許せなかったのだろうか。


平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件

弁 論 要 旨

                     平成25年9月19日

東京高等裁判所第10刑事部 御中

                     被告人 伊 藤 和 史

                        主任弁護人 今 村 義 幸

弁護人 今 村   核

上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。

目次
第1 控訴審で判明した事実            2頁
 1 母や山本から折檻を受けていたこと
 2 大人や警察に対する不信感を強めたこと
 3 宮城から逃げなかったのは学習性無気力等が原因であること
 4 良亮の言葉によってマインドコントロールを受けていたこと
 5 意識が朦朧としていったこと
 6 「視野狭窄」に陥ったこと
 7 自首が成立すること
第2 強盗殺人が成立しないこと          6頁
 1 強盗とはいえないこと
 2 期待可能性がないこと
第3 死刑を回避するべき事情があること      8頁
 1 動機及び犯行に至る経緯について
 2 行為態様について
 3 計画性について
 4 犯罪の社会的影響について
 5 犯行後の態度について
 6 前科について
 7 被告人が若年であることについて
 8 被告人が真摯に反省していることについて
第4 過去の裁判例との比較           11頁
第5 共犯者松原の控訴棄却判決との比較     14頁
 1 共犯者松原の判決が量定不当であること
 2 責任避難の程度が違うこと
第6 まとめ                  15頁

第1 控訴審で判明した事実
 1 母や母の再婚相手の山本から折檻を受けていたこと
   被告人の母は,昭和56年,村上と離婚し,離婚した後は,被告人を託児所に預けた上で,夜に仕事をし,ときには被告人を翌朝迎えに行くこともあった。
昭和59年,被告人が5歳であった当時,被告人の母は,山本と再婚した。山本と同居を始めた被告人は,山本から,頻繁に,理不尽かつ執拗な暴力を受けており,被告人の頭をヘアーブラシで何度も殴りつけ,ヘアーブラシが壊れることもあった。当時7歳だった被告人は,山本との同居に耐えかね,山本と暮らすのも,山本の名字を名乗っているのも嫌だと母に訴えており,7歳の子どもがそのように訴えるほどに山本の暴力は凄惨だった。山本の暴力は,被告人だけに留まらず,実子にも及んでおり,実子は,山本の暴力によるストレスによって,タンスに糞便をすることもあった。母自身も,本来であれば山本の暴力を止めなければならない立場にあったが,山本の暴力を止めず,むしろ,被告人に対し,言うことを聞かないという理由だけで,布団叩きで背中がみみず腫れになるほどに被告人を叩いたり,鼻血が出るほどに顔面を殴ったりすることがあり,後に再婚した伊藤からは,叱り方が虐待だと指摘を受けるほどであった。
アーキタイプ(幼少期)とは,3歳~5歳のころをいい,人格形成の基礎となるため,人生でもっとも濃い関わりの必要な時代であるところ,被告人のアーキタイプは,母性的な優しさで包まれたものではなく,暴力的なものであった。それにより,暴力に対しては,「何をしても意味がない」ということを学習し,合理的な判断を放棄させてしまう学習性無気力が被告人の人格の一部として形成された。
 2 大人や警察に対する不信感を強めたこと
   アーキタイプ(幼少期)は,メゾタイプ(学生期)において,修復が可能な場合もあるが,被告人のメゾタイプはそうではなかった。すなわち,被告人が中学3年生だったころ,被告人が,母が再婚した伊藤に対し,暴力を振るった後は,伊藤も母も被告人の行動に対し一切注意しなくなり,家庭の中で言葉を重ねて問題を解決していくというきっかけが失われた。加えて,専門学校入学前に起こした恐喝未遂事件では,暴力的で屈辱に満ちた取調べを警察官から受けてしまい,アーキタイプが修復されるどころか,却って,被告人は,大人や警察に対する不信感を強める結果となった。
 3 宮城から逃げなかったのは学習性無気力等が原因であること
被告人は,宮城から左太腿の前後を包丁で刺されたり,ガラスの破片で腹を刺されたり等,宮城から受けた暴力は,単に宮城が暴力的な人物というだけでは説明できないほどに常軌を逸したものであった。
この時点で,被告人が宮城から逃げることが考えられるが,被告人は,暴力によるマインドコントロールを受けていたとともに,学習性無気力というもともとの被告人の人格が加わり,さらに,被告人の家族にも暴力が広がることをおそれ,宮城から逃げることも,また警察に通報したり,駆け込むということもできなかった。
4 良亮の言葉によってマインドコントロールを受けていたこと
宮城は,平成20年7月20日,服役を終えて出所した後,翌21日,良亮から拳銃で射殺された。
被告人は,目の前で宮城が射殺されたことに衝撃を受けて動けなかったところ,良亮から,「はよ,(車に)乗れっ。」「お前もこいつみたいになってもええんか。」と威圧された。これ以降,良亮から「お前もあいつみたいになってもええんか。」と言われる度に,「あやつり人形になっている気持ち」で体が言うことを聞かなくなり,いつからか「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉1つで,屈服させられるようになった。これは被告人にとって,良亮による射殺を目撃したことはあまりにも衝撃的すぎたことに加え,被告人にとって家族は何よりも大切な存在であったため,家族にも暴力が広がることをおそれたからである。
5 意識が朦朧としていったこと
一般的に,暴力は疲弊性抑鬱を招き,疲弊性抑鬱になれば,身体が自ずと休息を欲するが,被告人は,休むことは許されず,文夫と良亮による日常的な暴力によって,被告人の意識は朦朧としていった。そこに,文夫と良亮から続く理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配,1日平均3時間程度しかない睡眠時間等が加わり,被告人の意識は朦朧としていった。被告人は,当時の状況を「生き地獄」と述べており,それを表すように,被告人の体重は平成21年3月から平成22年3月にかけて13キログラム以上も激減した。
6 「視野狭窄」に陥ったこと
被告人は,意識が朦朧としながら,文夫と良亮の2人から逃れたいという気持ちがますます強まっていくと,やがて,自殺して,早く楽になりたいと思うようになった。ところが,平成21年秋,被告人は,電話で妻の声を聞いたことをきっかけに,自殺を諦め,いつからか文夫と良亮を殺害して,両名の支配から逃れたいと考えるようになった。そして,なおも続く文夫と良亮からの理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配等によって,殺害以外の選択肢が被告人の視界から消え,殺害だけが唯一の助かる道だと考え,被告人の全ての思考は文夫と良亮の殺害に収斂して行った。その後,共犯者松原としては,何気なく話した言葉だったのかもしれないが,共犯者松原の「会長と専務を一思いに殺したいわ」という言葉をきっかけに,被告人は,本件犯行を首謀していった。
 7 自首が成立すること
自首(刑法42条1項)が成立するためには,罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首することが必要であるが,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実および犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集2-2-104)。
被告人は,平成22年4月13日午後4時ころ,当時取調べを担当していた刑事らに対し,被告人らが被害者らを殺害し,愛知県内にその遺体を埋めたことを自白したが,その時点では,被害者らは失踪したと考えられていただけであり,被害者らを殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。また,宮城の死体遺棄に関しては,平成22年4月10日,長野市内の倉庫内から死体が発見されてはいたが,これについても,被告人が自白するまで,死体を遺棄した犯人が誰であるかは捜査機関に判明していなかった。
したがって,被告人には自首が成立する。

第2 被告人に強盗殺人が成立しないこと
 1 強盗とはいえないこと
   強盗は,財物奪取を目的とした犯罪であり,その目的達成の手段として,暴行又は脅迫が用いられる(刑法236条1項)。強盗殺人罪が重罰を科せられるのは,財物獲得のために人命を犠牲にする点に求められるのであり,強盗殺人の成否の判断においては,単に殺害後に財物を盗ったという点だけに着目するべきではなく,殺害が強取行為に向けられている必要がある。
被告人が文夫と良亮を殺害した目的は,あくまで,両名からの拘束から逃れるという自由の奪取であり,財物の奪取ではなかった。
被告人の心理状況は,簡単に言えば,「殺して盗ろう。」ではなく,「殺した後に使おう。」であり,両者は根本的に異なる。つまり,控訴趣意書でも述べたとおり「財物奪取のために殺害した」のではなく,「殺害を完遂させるために財物を奪取した」のであり,殺害が強取行為に向けられていない。
また,被告人が楠見を殺害したのは,楠見が睡眠薬の服用による良亮の異変に気がついたことで,睡眠薬を服用させたことが良亮に露呈し,それにより被告人らが,文夫と良亮によって返り討ちに遭う危険が増大してしまったからであり,殺害が強取行為に向けられていない。
 2 期待可能性がないこと
(1)行為者を基準に期待可能性を判断すること
   期待可能性とは,行為時の具体的事情の下で,行為者が違法行為ではなく,適法行為を行い得ると期待できる可能性をいい,期待可能性の欠如は責任阻却事由となるとされる。
   そして,責任は,当該違法行為をしたことにつき,行為者に対し非難が可能であるか否かを問題にするものであることにかんがみると,当然,非難可能性と裏腹の関係にある期待可能性についても行為者自身を基準にその存否・程度を検討すべきである。
   とすれば,期待可能性の存否は,行為者個人の通常の能力や行為の際における行為者自身の具体的事情を基準として,そのような行為者に対し適法行為を期待し得るかどうかを決定すべきである(「刑法総論講義案」(司法協会))。
(2)期待可能性がないこと
   本件では,被告人において,適法行為,すなわち,文夫と良亮から逃げることや良亮が宮城を射殺したこと等を警察に通報することを期待できるかが問題となるが,以下のとおりそれらを被告人に期待することはできない。
被告人は,幼少期から理不尽な暴力に晒されてきており,暴力に対しては,「何をしても意味がない」ということを学習し,合理的な判断を放棄させてしまう学習性無気力が被告人の人格の一部となった。それにより,文夫と良亮から受け続ける理不尽な暴力に対しては,学習性無気力が顕著になり,と同時に,自分の自由意思に基づいて行動することを諦め,文夫と良亮に合わせた思考と行動だけを選択していく「飼い慣らされ」状態になっていた。そこに,1日平均3時間程度しかない睡眠時間が加わり,意識の朦朧に陥り,自分が繰り返し受けている暴力の実態を客観的に正しく認識ができず,また,思考不能状態のために多様かつ柔軟な視点にたって合理的な解決策が打ち出せず,さらに,誰にも打ち明けて相談することができない心理状態になっていた。
また,被告人にとって家族は何よりも大切な存在であり,被告人は,家族が住む大阪に戻りたいと幾度と申し出たが,その度に,良亮から「わかってるやろな。お前は逃げられへんのや。お前は一人とちゃう」と言われたり,「お前もあいつみたいになってもええんか」と言われ,被告人だけでなく,家族に対しても危害が加えられることを示唆された。被告人は,自分のように子どもを持つ家庭は,子どもの通学のためには現住所が記載した住民票の提出を求められるので,除票を使えば,必ず,現住所が判明することを知っていたし,また,真島の家には日本刀があったり,良亮が禁制品である拳銃を入手して,兄貴分にあたる宮城をいとも簡単に射殺しているところも目撃していたことから,良亮の上記言葉には真実味があり,被告人は精神的に追い詰められていった。
したがって,このような被告人の状況下において,被告人において,文夫と良亮から逃げることや良亮が宮城を射殺したこと等を警察に通報することを期待できない。

第3 死刑を回避すべき事情があること
   仮に,被告人に強盗殺人が成立するとしても,以下のとおり本件においては,死刑を回避すべき事情ある。
1 動機及び犯行に至る経緯について
  被告人は,平成20年10月上旬ころ,良亮から電話があり,原田の代わりに長野に来て働くよう命じられた。被告人は,妻や娘から離れたくない思いと,良亮と文夫にできるだけ関わりたくない思いがあり,その命令を断りたかったが,どのように断っていいか分からず,すぐには返事ができなかった。すると,良亮から「お前もあいつみたいになってもええんか」と口答えできない程度に威圧され,被告人は,自分や自分の家族の命の危険を感じ,仕方なく,長野県に向かい,北信ケンソウの部屋に住み始めた。
平成21年4月末の夜,文夫から「明日からワシのそばで働け。真島で住め」と命令されたことをきっかけに,被告人は,本件事件が発生した真島の家に被害者らと同居することになった。被害者らと同居してからは,良亮や文夫からの暴力の頻度が増え,また,給与も与えられず,家族を養うために睡眠時間を削って働いていたため,睡眠時間が3時間程度に減った。しかも,その少ない睡眠時間も,足音で起きるなど,精神的安寧を得るどころか,気を緩める時間は一秒たりとも与えられない生活を余儀なくされた。それにより,被告人の体重はみるみると減少していった。被告人の体重は,体重を増加させる努力をしていたにもかかわらず,平成21年3月から平成22年3月にかけて13キログラム以上も激減した。
被告人にとって家族は何よりも大切な存在であり,被告人は,家族が住む大阪に戻りたいと幾度と申し出たが,その度に,良亮から「わかってるやろな。お前は逃げられへんのや。お前は一人とちゃう」と言われたり,「お前もあいつみたいになってもええんか」と言われ,自分だけでなく,家族にさえも危害が加えられることに危険を感じ,仕方なく,大阪に戻ることを諦め,良亮らの命令に従った。
被告人は,幼少期等の経験からもともと暴力に対しては無抵抗であり,また,自分のように子どもを持つ家庭は,子どもの通学のためには現住所が記載した住民票の提出を求められるので,除票を使えば,必ず,現住所が判明することを知っていたし,さらに,真島の家には日本刀があったり,良亮が禁制品である拳銃を入手して,兄貴分にあたる宮城をいとも簡単に射殺しているところも目撃していたことから,良亮の上記言葉には真実味があり,被告人は精神的に追い詰められていった。
精神的な苦痛から解放されたいと思うようになった被告人は,自殺して早く楽になりたいと思うようになったが,平成21年秋,被告人は,電話で妻の声を聞いたことをきっかけに,自殺を諦め,いつからか文夫と良亮を殺害して,両名の支配から逃れたいと考えるようになった。そして,なおも続く文夫と良亮からの理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配等によって,殺害以外の選択肢が被告人の視界から消え,殺害だけが唯一の助かる道だと考え,被告人の全ての思考は文夫と良亮の2人に殺害に収斂して行った。
被告人の供述によれば,文夫と良亮は「完璧過ぎた」存在だったので,被告人だけで文夫と良亮に対抗することはできなかったが,共犯者松原の「会長と専務を一思いに殺したいわ」という言葉で,文夫と良亮に対する不満を共感できる仲間がいると思いこみ,犯意を形成していった。
2 行為態様について
被告人らは,被害者らをロープで絞めて殺害しているが,ロープで首を絞めて殺害することは,殺害方法としては凡庸であり,特に苦しみを増大させるような残虐なあるいは凄惨な方法とはいえない(東京高裁平成9年1月31日判決参照)。
また,被告人は,文夫と良亮に対しては,両名が寝ている(良亮については,厳密には眠らせている。)中で,殺害したものであるが,無抵抗な状態を狙ったのも,被告人が両名に対して,両名が完璧な存在だと思って恐怖心を抱いていたからであり,殺害方法が特に残忍であるとか執拗であって,悪質ということはできない(横浜地裁平成22年12月24日判決参照)。
3 計画性について
被告人は,文夫と良亮の首をロープで絞めて殺害し,死体を処分することを計画しているが,その計画は同居している楠見や上倉の存在も考慮に入れられていないという,極めて杜撰なものである(この点は,被告人が「視野狭窄」に陥ったことからよく説明ができる。)。被告人が楠見を殺害したのは,楠見が睡眠薬の服用による良亮の異変に気がついたことで,睡眠薬を服用させたことが良亮に露呈し,それにより被告人らが,文夫と良亮によって返り討ちに遭う危険が増大してしまったからで,楠見に対する殺害は何ら想定していないものであった。被告人が楠見を殺害したことは衝動的に行われたもので,計画性は全くなかった。
4 犯罪の社会的影響について
本件はあくまで被告人と被害者の個人的な事情による犯罪で,それ以上に社会を震撼させたような事情はないから,結果的にこれが大きく報道されて一定の社会的影響があったことをもって,量定を左右する事情になるとみることはできない(大津地裁平成22年12月2日判決)。
5 犯行後の態度について
被告人は,平成22年4月13日午後4時ころ,当時取調べを担当していた警察官らに対し,被告人らが被害者らを殺害し,愛知県内にその遺体を埋めたことを自白したが,その時点では,被害者らは失踪したと考えられていただけであり,被害者らを殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。また,宮城の死体遺棄に関しては,平成22年4月10日,長野市内の倉庫内から死体が発見されてはいたが,これについても,被告人が自白するまで,死体を遺棄した犯人が誰であるかは捜査機関に判明していなかった。
したがって,宮城事件,真島事件共に,被告人の供述が全容解明に貢献しているだけでなく,両事件とも自首が成立する。
6 前科について
   被告人に前科はなく,阿部を通じて宮城と知り合うまでは,もともと犯罪とは無縁の生活を送ってきた。
7 被告人が若年であることについて
   本件事件当時,被告人は,31歳であり,更生が可能である。
 8 被告人が真摯に反省していること
   被告人が刑事収容施設内でできることは限られているが,それでも,被告人は,思いを込めながら毎日写経に取り組み,教誨師に冥福の意味を教わりつつ毎月教誨を受け,さらには,花や被害者らの好物を供えながら,被害者らに対して,毎日のように冥福を祈っている。
   被告人は,無期懲役になってほっと胸をなで下ろすような人間ではない。刑務所にいる意味を探し続けることこそが罰であり,罪の償い方である。

第4 過去の裁判例との比較
統計上,被殺者3人以上の強盗殺人については,21件の死刑求刑に対して,21人全てに死刑判決が出ている(「裁判員裁判における量刑評議の在り方」(司法研修所編)109頁,巻末事件一覧表【4】,【5】,【31】,【72】,【86】,【101】,【117】,【152】,【175】,【176】,【177】,【183】,【195】,【214】,【243】,【247】,【248】,【258】,【275】,【327】,【334】)。
仮に,被告人に対して3名の強盗殺人が成立した場合,この統計に倣えば,被告人にも死刑が妥当するようにも思える。
しかし,上記21件のうち,3名に対する強盗殺人は12件ある(同,巻末事件一覧表【5】,【72】,【86】,【117】,【152】,【176】,【177】,【183】,【195】,【243】,【247】,【248】)が,【5】は,「長年にわたって被害者一家と交際し被害者夫婦などから種々世話になってきたのにかかわらず金品強取の目的で積極的に殺意をもって次々に被害者三名を殺害した」という事案,【72】は,「被告人が怨恨と金品奪取の目的などから知人とその連れを殺害し,翌日生命共済金取得の目的などから自らの妻を殺害し,結局三名の生命を相次いで奪った」という事案,【86】は,「計画的で綿密周到な準備の上,残虐な方法で伯父とその妻,同居中の同女の母を殺害し,残高合計570万円余の預金通帳と印鑑等を強取した」という事案,【117】は,被告人が,金銭強取目的で,なんのかかわりもない他人の住居に白昼押し入り,主婦2名と幼児1名の生命を奪った,という事案,【152】は,確定裁判を挟んで1名を殺害した1件の殺人等の事件と3名を殺害した,という事案,【176】と【177】は,「売上金等をエレベーターで運搬中のパチンコ店店員を襲って現金を強取しようと企て,綿密な相談,鋭利な大型ナイフなどの凶器の準備,再三の下見,襲撃の予行演習等を経た後,3名で犯行現場に至り,エレベーター内で,集中的に,店員2名の頭部をナイフの柄尻や木の棒で殴打し,その背部等をナイフ2丁を用いて数回突き刺すなどした上,現金約234万円を強取し,さらに物音に気付いてエレベーターホールに駆けつけた同店責任者の背部等をナイフで何度も突き刺すなどして,3名とも殺害した」という事案,【183】は,「他の者と共謀の上,多額の現金等を得る目的で,2か月足らずの期間のうちに,3件の強盗殺人と1件の強盗殺人未遂等を敢行した」という事案,【195】は,「わずか2か月足らずの間に立て続けに敢行された3件の強盗殺人と1件の強盗殺人未遂のほか,強盗,傷害,銃砲刀剣類所持等取締法違反等の,多数の犯罪事実から成る凶悪事犯」という事案,【243】は,「7名と共謀の上,6名の被害者に対する強盗行為に及び,うち1名に傷害を負わせ,引き続き,被告人単独で,被害者のうち3名を殺害し,2名については刺突行為等に及んだが殺害の目的を遂げなかったという強盗殺人3件,強盗殺人未遂2件,強盗致傷1件の事案」,【247】と【248】は,「(1)被告人3名が共犯者3名と共謀の上,共犯者の前夫の生命保険金から報酬を得る目的で,同人をフィリピン共和国マニラ市内のホテルで窒息死させて殺害し,(2)被告人3名において,保険金取得の目的で,知人男性を海外旅行傷害保険に加入させた上,マニラ市内のマンションで同様に窒息させて殺害し,その死亡保険金を詐取しようとしたが果たさず,(3)被告人Aと被告人Bにおいて,以前に被告人Aから恐喝の被害にあった男性を,金品取得の目的で名古屋市内の一時滞在先に連れ込み,睡眠薬で眠り込ませてクレジットカード等を窃取し,その罪証隠滅の目的で長野県内の別荘地まで連行して殺害し,その死体を遺棄し,(4)そのほか,被告人Aにおいて,(2)の被害者と共謀の上,(3)の被害者らから現金,航空券等を喝取し,被告人Cにおいて,長兄に成り済まして現金を詐取するなどし,被告人Aと被告人Bにおいて,(3)の被害者のカードを使って現金を窃取するなどしたという事案」である。
このように,3名に対する強盗殺人で死刑判決を受けた上記12件は,全て金銭を奪うために殺害するといった,典型的な強盗殺人の事案であり,その多くは,被害者が見ず知らずの人か世話になっていた人の事案である。
被告人は,文夫と良亮からの度重なる執拗な暴力により,意識が朦朧としていき,その後,殺害するしか逃げられないと「視野狭窄」に陥ったものであり,あくまでも主目的は両名からの束縛からの離脱である。たとえ被告人に強盗殺人が成立するとしても,それは従たる目的で肯定されるものであり,専ら金銭奪取が主目的であった上記12件とは悪質性が明らかに異なる。
したがって,被告人に対して3名の強盗殺人が成立した場合,統計に倣ったとしても,被告人に死刑は妥当しない。

第5 共犯者松原の控訴棄却判決との比較
1 共犯者松原の判決が量定不当であること
「裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方」(司法研修所編)によれば,控訴審における破棄は,「量刑審査に関する基本的な姿勢としては,国民の視点,感覚,健全な社会常識などを反映させようという裁判員制度の趣旨からすれば,よほど不合理であることが明らかな場合を除き,第一審の判断を尊重するという方向性をもったものと考えてよい」とされており,元来,裁判員裁判の判決はできるだけ尊重し,破棄は一審の判断が明らかに不合理な場合などに限られていた。なお,同書において,「死刑か無期懲役かが問題となる場合の審査」の方法についても述べられている(117頁)が,審査のおける視点を示すだけであり,どのように審査するべきであるか明確には述べられていない。
ところが,近年になり,「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊され,死刑は,懲役刑の刑期のように数量的な連続性がない,いわば質的な問題であるという特殊性があるので,死刑については,先例が尊重され,「裁判員自身も,過去の事実をある程度理解した上で,改めて自分の意見を明確なものとし,それに基づいて意見を述べることが求められ」るようになった(106頁)。
共犯者松原に対して,控訴棄却判決がなされたが(東京高裁平成24年3月22日判決),この判決は,死刑の特殊性を考慮するべきであることを示唆した「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊される前の,裁判員裁判の判決をできるだけ尊重するべきであるという理念の下になされたものである。
仮に,上記判決前に「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊されていたならば,果たして,共犯者松原に対して,同じように控訴棄却という判決が出ていたかは疑問である。
したがって,そもそも共犯者松原の判決が量定不当であり,被告人の量定資料の目安とするべきではない。
2 責任避難の程度が違うこと
 仮に,共犯者松原の判決が量定不当ではなかったとしても,被告人に対しては,なお死刑を回避することはできる。
量刑の本質は,被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任の分量を明らかにすることにあり,たとえ,行為の客観的な違法性の大きさが同等ないし上回っていたとしても,「責任避難の程度次第で,最終的な刑事責任の分量は大幅に異なり得る」(「裁判員裁判における量刑評議の在り方」7頁)のである。
被告人は,原判決が指摘するとおり,犯行の計画立案を行い,共犯者を引き入れ,常にその謀議の中心に位置し,殺害準備を整えているのみならず,被害者3名の殺害を率先して行い,その遺体を遺棄して,金員奪取以外の実行行為を担当し,遺体運搬処分役への報酬を支払った上に自らも金銭の分配を得ているのであるから,まさに,犯行を首謀し,犯行完遂に導いた主導者であるといえる。
しかし,被告人の殺意が強固だったのは,被告人が他の共犯者の誰よりも,文夫と良亮から暴力的支配を受けていたことの結果であり,単に主導者であることをもって強く非難できない。
したがって,被告人は,共犯者松原とは責任避難の程度が異なる。

第6 まとめ
   以上,被告人の行為は強盗とはいえないこと又は期待可能性がないことにより,被告人に強盗殺人は成立しないが,仮に被告人に強盗殺人が成立するとしても,死刑は回避されるべきである。
死刑は,人の生命そのものを永遠に奪い去る究極の刑であり,裁く人によって結論が変わるのは異常である。
死刑にするには,誰が判断しても死刑と判断されるような事情が必要であり,死刑を選択することに異論の余地がない程度に極めて情状が悪い場合に限られる。
   本件では,①被告人は,異常な暴行,虐待を長期間にわたって繰り返し加えられるなどして,正常な判断能力が低下し,また,幼少期の経験と相まって,被告人が精神的に追いつめられた結果,被告人が「視野狭窄」に陥っており,期待可能性が減少していたこと,②何の因果もない一方的な憎悪や利欲的な動機による犯行と比較すると,一抹の酌量の余地があること,③決して綿密かつ高度な完全犯罪を目論んだものはなく,そうすると,本件は,事件日から約1か月半前の平成22年2月10日ころから計画を練った上での犯行ではあるものの,偶然の事情に後押しされた場当たり的な犯行であるといえること,④殺害の手段,方法についても,ことさらに被害者らの苦痛を増大させるような残忍な方法を用いているわけではなく,悪質性が高い犯行態様とはいえないこと,⑤被告人には前科がなく,また,被告人と被害者らとの個人的な関係を前提として本件が発生したのであり,被告人がそうした個人的な関係がなければ将来同様の犯行に及ぶとは考え難く,再犯の可能性も矯正不可能ともいえないこと,⑥自首した上で,捜査段階から,証拠が極めて乏しい宮城事件を含めて各犯行を積極的に自白し,事案の解明に大きく寄与したこと,⑦真摯な反省悔悟の情を示していることから,死刑を選択することに異論の余地がないとまでは決して言い切れない。
以上により,被告人に対して死刑判決を下すことは明らかに正義に反する。
したがって,弁護人らは,原判決の破棄を強く求める。
以 上

 伊藤和史の最高裁判決について、掲載の許可が出たので、公開する。
 伊藤の受けた犯罪被害について、宮城事件に就いての言及を省略してはいるものの、割合詳細に言及している。しかし、最高裁の法廷では、情状部分について詳細に朗読されることはなかった。このような事件への上告棄却が後ろめたく、法廷で読み上げることができなかったのか。それとも、単に時間の関係で、朗読を省略しただけだったのだろうか。

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 以下に、伊藤和史の長野地裁判決を全文引用する。引用元は、判例秘書である。

 私が太字にした部分が、「情状認定」で伊藤の有利な事情、すなわち、伊藤の犯罪被害に言及した、唯一の部分である。なお、長野地裁の公判では、金良亮の宮城殺害、金父子の闇金と債務者への追い込み、伊藤が養子縁組を強要されたこと、伊藤の傷痕、すべてが証拠として提出されている。
 それにもかかわらず、伊藤の犯罪被害、金父子の悪逆非道について、裁判所は認定を行うことを避けたのである。
 「市民」たちがどれだけ真摯に裁判に挑んだか、この判決文を読んで判断してほしい。しかし、私は、この判決文は侮辱としか思えない。伊藤だけではなく、金父子の犯罪による被害にあったすべての人々に対しての、侮辱である。

 判決は、金一家の犯罪行為について、明確に認定することを避けた。そして、深刻な犯罪被害を「とるに足らないもの」として扱い、情状としてまともに取り上げなかった。さらには、金一家を「非業の死を遂げた、尊重されるべき人間」とし、伊藤を「身勝手な殺人者」として一方的に断罪した。
 この態度は、金一家の犯罪の凶悪さを矮小化し、曖昧に済ませる、という態度に他ならないではないか。そして、金一家の犯罪から目をそらすという所業は、どういうことか。「被害者」である金父子であれば、どのような犯罪も、非難してはいけない、許されるべき行為ということか?

 伊藤を一人の人間として裁き、金父子に苦しめられた人々に少しでも思いを致せば、このような冷酷な判決は書けないのではないか。
 

       強盗殺人,死体遺棄被告事件
【事件番号長野地方裁判所判決/平成22年(わ)第96号、平成22年(わ)第120号
【判決日付】 平成23年12月27日
       主   文
 被告人を死刑に処する。
       理   由
 【罪となるべき事実】
 被告人は,平成20年8月ころから,長野市(以下略)にある「□□グループ」と称するグループ(以下「□□」という。後記のA会長宅である。)の「会長」と呼ばれていたA(以下「A会長」という。)とその長男で「専務」と呼ばれていたB(以下「B専務」という。)の支配下に入り,建築関係の営業や現場作業等を担当する従業員となった。□□は,高利貸しを本体とし,返済の滞った債務者から借金のかたにその経営する建築業や水道設備業等を手中に収め,□□傘下として働かせて借金返済に充てさせるなどしていた企業体であるが,実質はA会長のワンマン企業であった。
第1 被告人は,□□の従業員C(以下「共犯者C」という。),同D(以下「共犯者D」という。)及び取引先であるE(以下「共犯者E」という。また,共犯者C,共犯者D及び共犯者Eの3人をまとめて,「共犯者3名」という。)と共謀の上,B専務を昏睡させた上で殺害し,その管理に係る現金を強取しようと企て,平成22年3月24日午前1時20分(以下,【罪となるべき事実】の項における時刻は,当日のそれを指す。)ころ,長野市(以下略)所在のA会長方(以下「A会長方」という。)において,被告人が,睡眠導入剤ハルシオン(以下「睡眠導入剤」という。)を混入した雑炊をB専務(当時30歳)に食べさせて昏睡状態に陥らせた上,午前9時10分ころ,A会長方2階のB専務及びその妻Fの寝室(以下「B専務夫婦の寝室」という。)において,被告人及び共犯者Dが,B専務に対し,殺意をもって,所携のロープをその頚部に巻き付け,その両端をそれぞれ強く引っ張って絞め付け,そのころ,B専務を頚部圧迫により窒息死させて殺害し,【罪となるべき事実】第4記載のとおり,被告人及び共犯者EがB専務らの遺体を遺棄している間の午後10時30分ころ,共犯者Cにおいて,A会長方2階隠し物置内から,B専務管理に係る現金約281万円を強取した。
第2 被告人は,前記のとおり,B専務を昏睡状態に陥らせたところ,B専務の妻F(当時26歳,以下「妻F」という。)が夫が朝になっても目覚めないことに不審を抱いたことから,妻FにB専務殺害計画が露見することを恐れ,B専務に対する強盗殺人を成功させるには,邪魔な妻Fをも殺害するしかないと決意し,共犯者3名と共謀の上,午前8時50分ころ,B専務夫婦の寝室と2間続きの居間において,殺意をもって,被告人が,妻Fに対し,その背後から,いきなり所携のロープをその頚部に巻き付け,ロープの両端を強く引っ張って妻Fを床面に転倒させた上,さらに,被告人,共犯者D及び共犯者Cが,その頚部に巻き付けたロープの両端を,それぞれ,代わる代わる強く引っ張って絞め付け,そのころ,妻Fを頚部圧迫により窒息死させて殺害し,前記のとおり,B専務管理に係る現金約281万円を強取した。
第3 被告人は,共犯者3名と共謀の上,A会長を殺害してその所有に係る現金を強取しようと企て,午前9時25分ころ,A会長方2階のA会長の居間において,被告人及び共犯者Cが,リクライニングソファーで眠っていたA会長(当時62歳)に対し,殺意をもって,所携のロープをその頚部に巻き付けた上,その両端をそれぞれ強く引っ張って絞め付け,そのころ,A会長を頚部圧迫により窒息死させて殺害する傍ら,共犯者Cが,A会長のバッグ内に在中し,あるいは,ワゴン上にあったその所有に係る現金約135万円を強取した。
第4 被告人は,共犯者3名と共謀の上,強盗殺人の犯跡隠蔽のため,殺害したA会長,B専務及び妻Fの各遺体(以下「3名の遺体」という。)を遺棄しようと企て,被告人と共犯者3名において,午前9時40分ころから午前10時30分ころまでの間,A会長方において,3名の遺体をバッグにそれぞれ押し入れた上,普通乗用自動車2台のトランク及び後部座席にそれぞれ押し込み,午前11時15分ころ,被告人,共犯者D及び共犯者Eにおいて,長野市(以下略)所在の倉庫内で,3名の遺体を普通貨物自動車後部荷台に積み替え,被告人及び共犯者Eが,翌25日朝,愛知県西尾市(以下略)等所在の資材置場まで運んだ上,そのころから同日午後1時30分ころまでの間,同所において,盛り土の斜面にスコップで穴を掘り,その穴に3名の遺体を順次入れ,覆土して押し固め,もって3名の遺体をそれぞれ遺棄した。
第5 被告人は,第1ないし第4の犯行に先立ち,△△組系暴力団に所属するGの遺体(以下「Gの遺体」という。)を遺棄することをGの舎弟であるH及びB専務と共謀の上,平成20年7月21日午前8時15分ころ,兵庫県尼崎市(以下略)所在のコインパーキングにおいて,Gの遺体を当時被告人が仕事に使用していた普通乗用自動車(以下「被告人使用車」という。)後部荷室内に積み込んだ上,同月22日午前4時30分ころ,長野市(以下略)所在の自動車修理工場跡地まで運び込み,その場所でGの遺体をブルーシート等で包んだ上,同日午前5時20分ころ,同市(以下略)所在のI株式会社××給油所の空地内まで運び込んで被告人使用車ごと放置した後,同月23日ころには,前記ブルーシート等に入ったGの遺体をプラスチック製コンテナボックスに更に押し入れて南京錠を掛けるなどした上,これを被告人使用車後部荷室内に再度積み込みそのまま放置し,同年8月20日ころには,同所から長野市(以下略)所在の倉庫まで被告人使用車を運び入れ,平成22年4月10日に発見されるまで放置し,もって,Gの遺体を遺棄した。
 【証拠の標目】
括弧内の甲乙の番号は,証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す。
判示全事実について
・ 被告人の当公判廷における供述
判示冒頭の事実,第1ないし第4の各事実について
・ 被告人の検察官に対する供述調書3通(乙2,3,31)
・ 被告人の検察官に対する供述調書抄本(乙4)
・ 証人Cの当公判廷における供述
・ Cの検察官に対する供述調書3通(乙8,9,13。乙8,9は不同意部分を除く。)
・ Cの検察官に対する供述調書抄本3通(乙10ないし12。乙10,12は不同意部分を除く。)
・ Dの検察官に対する供述調書謄本2通(乙18,21)
・ Dの検察官に対する供述調書抄本3通(乙19,20,22)
・ Eの検察官に対する供述調書謄本(乙27)
・ Eの検察官に対する供述調書抄本(乙26)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書6通(甲3,4,8,28,32,33。甲3は不同意部分及び撤回部分を除く。)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書謄本2通(甲5,10)
判示第1ないし第3の各事実について
・ Cの検察官に対する供述調書(乙14)
・ 押収してあるロープ1本(平成23年押第6号の1)
判示第5の事実について
・ 被告人の検察官に対する供述調書抄本(乙30)
・ Hの検察官に対する供述調書抄本2通(甲18,19)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書2通(甲30,31)
 【法的主張に対する判断】
第1 弁護人の主張
   弁護人は,各強盗殺人(判示第1ないし第3)について,①被告人において,A会長やB専務(以下「A会長親子」という。)の現金を強取する目的を有していなかったから,各強盗殺人罪は成立しない,②犯行当時,被告人には,A会長親子を殺害する以外に途は残されておらず,適法行為の期待可能性がなかったから,A会長親子殺害について責任を問えない旨主張するので,以下,「強盗殺人罪の成否」及び「期待可能性の存否」について検討する。
第2 強盗殺人罪の成否
 1 弁護人による不成立の理由
   強盗殺人罪は成立しない旨の弁護人の主張を敷衍すると,第1に,被告人がA会長親子及びB専務の妻(以下「A会長一家」という。)を殺害した主目的は,精神的にも肉体的にも自らを束縛したA会長親子を抹殺し,束縛から脱出するためであり,現金を奪ったのは,あくまで共犯者(遺体の処分運搬役)への報酬に充てるためにすぎず,金員を利得するために被害者を殺害する典型的な強盗殺人とは,明らかに異なる形態である,第2に,共犯者への報酬以外の金員を強取する意図や計画は全くなかったという2点を捉え,強盗殺人罪を適用することはできないというのである。
 2 当裁判所の判断
  (1) 強盗殺人罪に関する弁護人の主張は,被告人の公判供述に依拠するものであるが,仮に,被告人供述のとおり,A会長一家殺害の主目的は殺害すること自体であり,現金奪取は共犯者への報酬捻出のためにすぎず,自らの利得を図ったものではないとしても,金員を奪取する意図がある以上,強盗殺人罪の消長に影響を与えるものでないことは判例,通説の明らかにするところであり,当裁判所の見解も同一であって,弁護人の主張は失当というべきである。なお,弁護人は,昭和34年1月13日の仙台高裁判決(下級裁判所刑事裁判例集1巻1号1頁)を引用するが,当該事案は財物強取に向けた暴行脅迫がない事例であって,本件とは事案を異にし,採用の限りではない。
  (2) しかも,共犯者Cの証言や捜査段階の供述(以下,まとめて「C供述」という。)によれば,被告人と共犯者Cが,平成22年2月後半から3月初めにかけて,A会長親子の殺害方法や遺体の処分方法等を相談した際,A会長宅から奪った金を共犯者への報酬に使用するほか,自分たちでも分配するよう話し合った事実が認められる。現に,被告人は,同月24日に約10万円,同月26日から4月初めにかけて合計70万円の分配金を得ているのであって,弁護人の主張は,その前提事実においても誤りがある。なお,被告人は,共犯者Cとの間で,A会長宅から奪った現金を分配するよう話し合った記憶はない旨供述するが,信用できるC供述に反しており,採用できない。
第3 期待可能性の存否
 1 弁護人による期待可能性欠如の理由
   弁護人がA会長親子の殺害に期待可能性がない旨主張するのは,被告人が次のような特異な状況下に置かれていたからとする。すなわち,従前からG(判示第5の遺体)による暴行を受けていた被告人は,その死亡後も引き続きA会長親子から理不尽な暴行脅迫を受け続け,24時間その支配下に置かれていた。殊に,B専務からは,事ある毎に,指示命令を聞かなければ,Gのように殺害されると脅されていた。A会長宅から逃走したり,警察に助けを求めても,いずれは,自己や家族に危害が及ぶ危険性を払拭できない。
 2 当裁判所の判断
  (1) G,A会長一家が死亡し,真実を確かめる手立てはないが,仮に,被告人の供述するA会長親子からの虐待,搾取及び脅迫状況等が真実としても,A会長親子から,自己や家族に危険が及んだ事態を緊迫感をもって具体的に供述していない。かえって,被告人は,A会長一家殺害の約1か月前から,共犯者Cと計画を練り,もう1名の殺害実行役や遺体の運搬処分役を引き込み,睡眠薬やロープを用意するなどして準備を整え,犯行前日にも,A会長親子殺害を試みたものの困難とみるや断念し,最後はB専務のために夜食を作る機会を捉えて睡眠導入剤を摂取させるなど,合理的に余裕をもって行動していることが見て取れる。被告人がA会長親子殺害を実行した際も,B専務は昏睡し,A会長も就寝していたのであるから,被告人等に危険が及ぶような切迫した状況にあったとは到底いえない。したがって,被告人としては,A会長宅から逃亡するなり,警察に助けを求めるなど殺害以外の方法を検討する余裕は,物理的にも精神的にもあったというべきである。実際,□□から逃げた従業員もいるのであるから,被告人に対しても,そうした合法的な方法を採るべきことを期待することも苛酷とはいえない。
  (2) これに対して,弁護側の依頼に基づき被告人の心理鑑定を私的に行った専修大学名誉教授森武夫証人(犯罪心理学専攻)は,A会長一家殺害事件につき,G殺害を目撃したことで心的外傷を受けた上,□□でA会長親子から抑圧されて,精神的に追い詰められ,自由になりたい,家に帰りたいという一心で,他のことを考える余裕がなくなり,現実検討能力を失い,殺害以外の選択肢がなくなった結果,敢行した犯罪である旨証言しているところ,弁護人は,この森意見こそが期待可能性の不存在を裏付ける証拠である旨強調する。しかしながら,森意見は,単なる心理分析の域を出ず,種々の曖昧な概念に依拠するものであり,何よりも,被告人自身,前述したように状況の推移に応じた現実検討能力を示す行動に出ていることは,森意見の決定的な矛盾点である。また,森意見によっても,被告人につき,適法行為を要求することができない切迫した心理状況や犯行動機の形成過程を説得的に説明できていない。このように,当裁判所としては,森意見を採用することはできず,他に期待可能性の不存在を疑わせるような事情はない。
 【法令の適用】
 被告人の判示第1ないし第3の各所為は,いずれも刑法60条,240条後段に,判示第4(各死体ごとに)及び判示第5の各所為は,いずれも刑法60条,190条にそれぞれ該当するところ,判示第4の所為は,1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるが,犯情の軽重の差が認めがたいので刑法10条によりいずれが重いかを決することはできず,刑法54条1項前段により1罪として死体遺棄罪の刑で処断し,各所定刑中,判示第1及び第3の各強盗殺人罪につき,いずれも無期懲役刑を,判示第2の強盗殺人罪につき死刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法46条1項本文により判示第2の強盗殺人罪の死刑で処断し他の刑を科さず,被告人を死刑に処し,訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
 【量刑の理由】
1 本件は,被告人が共犯者3名と共謀の上,長野県内において,いわゆる高利貸し業等を営む資産家一家3名を殺害し,現金410万円余りを強取した上,3名の遺体を愛知県内に遺棄したという強盗殺人3件及び3名の遺体遺棄の事件とそれに先行する別の被害者に対する遺体遺棄の事件から成る事案である。
2 まず指摘すべきは,同一の機会に3名の尊い命が奪われた犯行結果の重大性である。妻Fは,当初の計画には殺害の対象に入っていなかったが,偶々夫であるB専務の昏睡状態を心配し,危惧の念を訴えたがために,犯行完遂の邪魔者として,巻き添えとなって殺害されたもので,理不尽な凶行の犠牲者である。また,B専務は睡眠導入剤による昏睡状態のまま,A会長は就寝中という無防備な状態で,しかも,安らぎの場である自宅において,被告人ら身近な者の手にかかって,それぞれ落命したもので,その無念さは甚大である。
  3名の遺体と対面した遺族らは,被害者らの変わり果てた姿を目にし,異口同音に,生前の被害者との思い出を語り,夫,息子,娘等を突然奪われた悲しみや犯人に対する強い怒りを訴え,被告人に対し極刑を望んでいる。犯行後においても,被告人らは,被害者らの失踪を装うために,その所持品を持ち出して捨て,口裏合わせを行い,被害者らを心配する遺族らに対し素知らぬ振りでうそぶいていたのであるから,卑劣である。
3 次に,犯行態様の執拗性,残忍性も見過ごすことはできない。すなわち,妻Fに対しては,被告人が,背後から,いきなり襲いかかり,その首にロープを掛けて絞め上げ,その後,共犯者Dと共に,それぞれロープの両端を持ち,力を合わせて引っ張り,最後に共犯者Cが,単独でロープで首を強く絞め上げ,そのとどめを刺している。その間に,被告人は共犯者Dと2人がかりで,昏睡中のB専務に対し,首に巻いたロープの両端を持ち,B専務の背中付近に足をかけて踏ん張るなどして絞め上げ,B専務が,両手を後ろの方に挙げてもがき,ベッドからずり落ちるのもかまわず,殺害した。さらに,A会長に対しては,被告人及び共犯者Cが,就寝中のA会長の首に,ロープを巻き,2人が両端をそれぞれ持ち,全体重を後方にかけ,一気に力一杯引っ張って絞め上げ,A会長が,両手を首のところでばたつかせ,指をロープと首の間に入れようとしたり,体をひねったりして暴れているにもかかわらず,殺害した。このように,殺害行為は,2人ないし3人がかりで,いずれも無防備な被害者らを次々と襲い,被害者の心臓の鼓動が止まっていることを確認しその死亡を確信するまで,十数分もの間,ロープで執拗に絞め付け続けたもので,冷酷かつ鬼気迫るものである。
  3名の遺体遺棄についても,バッグに詰めた上,愛知県内の資材置き場までトラックで運搬し,高さ約1.25メートル,幅約1.4メートル,奥行き約0.9メートルの穴を掘って遺棄し,土を被せて押し固めるなど,死者の尊厳に何ら思いを致さない蛮行に及んでいる。
  また,先行する遺体遺棄事件においては,遺体をブルーシートにくるんでコンテナボックス内に押し込み,車両の後部荷室に積み込んだまま,2年近くの間放置していたのであるから,その悪質性も看過できない。
4 続いて,被告人の果たした役割や地位などについてみておく。被告人は,犯行の約1か月前から,共犯者Cとの間で,A会長及びB専務を殺害して,A会長宅にある現金を奪い,遺体運搬処分役の共犯者への報酬資金等を調達しようと話し合い,実行犯として共犯者Dに白羽の矢を立て,遺体運搬処分役として共犯者Eに対し多額の報酬を提示して引き入れ,予め睡眠導入剤を入手し,ロープやビニール手袋を用意して準備を整え,雑炊に砕いた睡眠導入剤を混入してB専務に食べさせて昏睡させている。そして,妻Fに異変を気付かれるや,その殺害に躊躇を示す共犯者らを説得し,自らこれを引き受け,妻Fに手を掛けて,一連の殺害行為を開始したのも被告人である。それを皮切りに,次々とB専務及びA会長の殺害を開始し,いずれの被害者の殺害行為にも手を下し,被害者の心臓の鼓動を確認するなどしてその死亡を確かめている。さらに,共犯者Eと共に,3名の遺体を愛知県まで運搬し,土中に埋めて遺棄している。強取金からも分配金を受領している。
  このように,被告人は,強固な殺意と現金強取の意図をもって,犯行の計画立案を行い,共犯者を引き入れ,常にその謀議の中心に位置し,殺害準備を整えているのみならず,被害者3名の殺害を率先して行い,その遺体を遺棄して,金員奪取以外の実行行為を担当し,遺体運搬処分役への報酬を支払った上に自らも利得も得ているのであるから,まさに,犯行を主謀し,犯行完遂に導いた主導者にほかならない。
  この点,弁護人は,妻Fの殺害が突発的に行われたもので計画性に欠けることはもとより,A会長親子殺害計画においても,妻Fの存在を全く考慮していないなど,犯行は場当たり的で計画性に乏しいものであったという。確かに,妻Fの殺害は予定外のものであり,A会長親子の殺害計画も緻密とまではいえない。しかしながら,既に記載したとおりの謀議状況や準備状況からすれば,一定程度の計画性を肯定できる上,妻Fの殺害はB専務殺害計画の完遂のためであるから,突発的であったことを過度に有利に斟酌することは相当でない。
5 本件の量刑判断における最大の問題点は,犯行動機とその形成に至るまでの経緯の評価である。弁護人は,仮に期待可能性が否定されないにしても,A会長一家殺害は,先行する遺体遺棄事件の被害者であるGに始まり,A会長親子による奴隷的な拘束,支配を受けていた被告人が,妻子の元に帰りたい一心で,共に虐げられていた共犯者らと連帯してA会長親子に反撃したものであって,A会長親子にも大きな落ち度があり,被告人の犯行動機には同情すべき事情がある,利欲目的による典型的な強盗殺人とはいえない点に本件の本質があり,極刑を回避すべきであると強く主張し,ここにおいて,市民感覚を反映してほしいと訴えている。
  確かに,関係証拠によっても,弁護人が指摘する事情には,一面の真理があることは否めないが,家族の元に帰りたい,A会長親子から解放されたいという自己の希望を,解決のため何らかの手だてを試みることなく,3名を殺害することによってこれを果たそうというのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである。弁護人は,妻Fまでも殺害したことは,さほどに被告人が追い詰められていた証左であると論難するが,被告人は,B専務の殺害を貫徹するために,妻Fを殺害したのであって,自らの利益のために,何の落ち度もない生命を犠牲にしたと評価せざるを得ない。また,本件が,利欲目的に駆られた犯行ではないとしても,被告人らは,遺体の運搬などを引き受けた共犯者Eへの報酬を工面するほか,犯行後の自分達の生活費に充てるため,現金を強取して山分けすることをも企図し,被告人も共犯者間で遜色のない分配に与っているのであるから,利欲目的が全くなかったとはいえない。
  以上のように,A会長親子からの支配が犯行動機形成につながっていることや利欲目的が副次的であったことは,量刑上考慮するにしても,極刑回避の決定的な事情とすることまでは相当でない。さらに,弁護人は,A会長一家殺害は,□□という閉鎖的,反社会的な特殊な環境下で引き起こされたものであるから,一般社会に与えた影響は比較的軽微であるともいうが,特殊な環境下で行われた犯罪であるからといって,殺人を正当化することはできない。
6 最後に,被告人に有利に斟酌すべき事情がないか慎重に検討することとする。先行する遺体遺棄事件は,B専務の指示によるものであり,被告人は従たる地位にあったことは否定できない。被告人が,警察による事情聴取を受けて,会長一家殺害等を自供したことが全容解明につながっている。公判廷において,妻Fやその遺族に対して,謝罪の気持ちを表明し,A会長親子についても,経緯はともかく,殺害という手段を選択したことについては自らの非を認めている。妻が,情状証人として出廷し,陳謝すると共に,被告人が家族思いの夫であり父親であることを訴え,今後の被告人を支えていきたい旨証言している。被告人には,前科がなく,これまで犯罪とは無縁の生活を送ってきた。これらの事情は,被告人のために,相応に斟酌することができる。
7 以上,縷々検討してきたように,本件各犯行の罪質,動機,態様の悪質性,結果の重大性,遺族の処罰感情,各犯行における被告人の役割の重要性,犯行後の諸事情等に鑑みると,被告人の刑事責任は誠に重く,前記の有利な事情を最大限考慮し,共犯者間の刑の均衡を念頭に置きつつ,かつ,極刑が真にやむを得ない場合にのみ科し得る究極の刑罰であることに照らしても,被告人に対しては,死刑をもって臨まざるを得ないと考える。
(求刑 死刑)
  平成24年1月24日
    長野地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官  高木順子
           裁判官  菅原 暁
           裁判官  北澤眞穗子

伊藤から許可をもらうことができたので
伊藤和史の控訴審判決要旨を、ブログにアップする。
判決要旨原文なので、被告人、被害者は仮名となっていない。
真島事件の実態、弁護人の主張、裁判所の認定を知るうえで、参考にしてほしい。

伊藤和史控訴審判決

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