自首についての証拠調べを経て、第二の弁論が2013年12月3日に行われた。それが、以下の内容である。
平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件
弁 論 要 旨 (2)
平成25年12月3日
東京高等裁判所第10刑事部 御中
被告人 伊 藤 和 史
主任弁護人 今 村 義 幸
弁護人 今 村 核
上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。
1 3名に対する殺人と死体遺棄について自首が成立すること
(1)被告人は,平成22年4月13日,午前に引続き昼食を挟んで午後からも,長野中央警察署において事情を聞かれていたが,事情を聞かれてから1時間くらい経った後に,取調官らに対し,「これから正直に話しますんで,2時間から3時間ほど時間をください」と願い出た。その後1時間ほど経ったころ,被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」,「死体は齋田さんのヤード(資材置場)に埋めて隠しました」と述べており,自発的に3名に対する殺人と死体遺棄を自白した。
これを聞いた取調官らは,「背中をのけぞらせるようにして,『ええっ』というような,今にも耳をふさぎたくなるようなぐらい大きな声を出し」た上で「再び,声を落として『ええっ』というような言葉を言った後に『あくどいことをしてきたから,本当に失踪したんだと思った』」と述べていた。
(2)検察官は,捜査機関に発覚する前の自白といえず,また,自発的に申告したとも認められないことから,自首は成立しないと主張する。
しかし,まず,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実及び犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集3-6-721)。取調官らは,取調官の前記態度から,被害者らが失踪しただけと思い,被告人が自白するまで,被害者らが殺害されていることも愛知県西尾市に死体が遺棄されていることも知らなかったことは明らかであり,被害者らが殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。
また,「取調べの際に犯罪を隠蔽する供述をし,その後犯罪事実が具体的に発覚する前に自ら進んで犯罪事実を申告した場合であっても自首に当たる」(最決昭和60年2月8日刑集39巻1号1頁)。被告人は,事件当日の行動につき,鹿児島に行っていたとの虚偽のアリバイなど,数々の嘘をついてきたが,捜査機関が本件犯行を発覚する前に,3名に対する殺人と死体遺棄を自白したのであり,自発的に申告したといえる。
このように,被告人は,捜査機関に発覚する前に自発的に3名に対する殺人と死体遺棄について申告した。
したがって,被告人には自首が成立する。
(3)仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人には,なお強盗殺人に対しても自首が成立する。以下詳述する。
犯人が法律知識等にはさほど通じていないのが一般的であることや,犯人が自ら進んで述べるものであることなどに加え,自首を任意的な減軽事由とした趣旨が一面において捜査及び処罰を容易ならしめるということから,「捜査機関に対する犯罪事実の申告内容が概括的で,犯罪成立要件のすべてに及んでいなくても,全体として犯罪事実を申告し,かつ訴追等の処分を求める趣旨であるときは自首が成立する」(東京高裁判決平成2年4月11日)とされている。被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,その一部である殺人を判明させている。また,持っていた携帯電話を出して,死体が遺棄されている住所を示し,取調官らに対し,死体を発見することを促しており,訴追等の処分を求める趣旨であるといえる。
また,「犯罪事実の認知といっても,その後の裁判における公訴事実と法的評価の点まで同一の事実が判明している必要はなく,法的評価以前の社会的事実として同一の事実が判明していれば足りる」(東京高裁判決昭和51年7月28日東高刑時報27巻7号100頁,東京高裁判決平成18年9月21日東高刑時報57巻1~12号49頁)とされている。被告人が実行したのは殺人についてであり,金銭の強取については共謀だけで実行していなかったのであるから,松原による金銭の強取はあくまでも法的評価であるといえ,被告人が実行した殺人という限度においては,社会的事実としての同一の事実を判明させているといえる。
このように,被告人は「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,実行した殺人を判明させており,仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人にはなお強盗殺人に対しても自首が成立する。
2 宮城の死体遺棄についても自首が成立すること
(1)被告人が3名に対する殺人と死体遺棄について自白した後,被告人は,取調官から死体の場所と共犯者齋田の人物について尋ねられたので,持っていた携帯電話から取引業者との送受信メールを示して,3名の死体を埋めた愛知県西尾市の住所地を教えるとともに,共犯者齋田の居場所や携帯電話番号等を教えた。
被告人は,取調官から,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と尋ねられた。
被告人は,「高田の倉庫の一番奥にある,白のレガシィの中に宮城さんの死体があって,専務が宮城さんを拳銃で殺しました。それで,最後,専務と原田さんという人と僕の3人で,死体を箱に入れて高田の倉庫に隠しました」と自白した。
ところが,取調官は,「さっき,3人も殺した話をしたけど,本当は倉庫の死体も伊藤さんが殺したんじゃないのか?専務が死んでるからといって,なすりつけているんじゃないのか?」と疑ってきた。これに対して,被告人は,「本当に専務が拳銃で殺したんです。原田さんを捕まえれば,それがわかります。原田さんを捕まえてください」と,反論するように強く訴えた。
(2)嫌疑を持った捜査機関による取調べに対しては自首が成立しないところ,取調官は,被告人に対し,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と述べており,高田の倉庫にある宮城の死体について,被告人が事情を知っていると疑っている状況にある。
しかし,取調官の「正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。あの倉庫について知っていることを話してほしい」との発言は,あくまでも,「3名の殺人を自白したからといって,3名の殺人と宮城の死体とは一見した関連性はないが,3名の殺人という意外なことを自白した被告人なら,宮城の死体についても真相を知っているかもしれない。」との期待に過ぎない。取調官の上記発言は,「取調べ」や「追及」とはいえず,むしろ,被告人が3名の殺人と死体遺棄を自白したため,それに引き続き自発的な犯罪事実の申告を促した発言ととれ,それに応じて被告人も自発的に申告をしたといえる。
したがって,宮城の死体遺棄についても自首が成立する。
以 上
平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件
弁 論 要 旨 (2)
平成25年12月3日
東京高等裁判所第10刑事部 御中
被告人 伊 藤 和 史
主任弁護人 今 村 義 幸
弁護人 今 村 核
上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。
1 3名に対する殺人と死体遺棄について自首が成立すること
(1)被告人は,平成22年4月13日,午前に引続き昼食を挟んで午後からも,長野中央警察署において事情を聞かれていたが,事情を聞かれてから1時間くらい経った後に,取調官らに対し,「これから正直に話しますんで,2時間から3時間ほど時間をください」と願い出た。その後1時間ほど経ったころ,被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」,「死体は齋田さんのヤード(資材置場)に埋めて隠しました」と述べており,自発的に3名に対する殺人と死体遺棄を自白した。
これを聞いた取調官らは,「背中をのけぞらせるようにして,『ええっ』というような,今にも耳をふさぎたくなるようなぐらい大きな声を出し」た上で「再び,声を落として『ええっ』というような言葉を言った後に『あくどいことをしてきたから,本当に失踪したんだと思った』」と述べていた。
(2)検察官は,捜査機関に発覚する前の自白といえず,また,自発的に申告したとも認められないことから,自首は成立しないと主張する。
しかし,まず,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実及び犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集3-6-721)。取調官らは,取調官の前記態度から,被害者らが失踪しただけと思い,被告人が自白するまで,被害者らが殺害されていることも愛知県西尾市に死体が遺棄されていることも知らなかったことは明らかであり,被害者らが殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。
また,「取調べの際に犯罪を隠蔽する供述をし,その後犯罪事実が具体的に発覚する前に自ら進んで犯罪事実を申告した場合であっても自首に当たる」(最決昭和60年2月8日刑集39巻1号1頁)。被告人は,事件当日の行動につき,鹿児島に行っていたとの虚偽のアリバイなど,数々の嘘をついてきたが,捜査機関が本件犯行を発覚する前に,3名に対する殺人と死体遺棄を自白したのであり,自発的に申告したといえる。
このように,被告人は,捜査機関に発覚する前に自発的に3名に対する殺人と死体遺棄について申告した。
したがって,被告人には自首が成立する。
(3)仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人には,なお強盗殺人に対しても自首が成立する。以下詳述する。
犯人が法律知識等にはさほど通じていないのが一般的であることや,犯人が自ら進んで述べるものであることなどに加え,自首を任意的な減軽事由とした趣旨が一面において捜査及び処罰を容易ならしめるということから,「捜査機関に対する犯罪事実の申告内容が概括的で,犯罪成立要件のすべてに及んでいなくても,全体として犯罪事実を申告し,かつ訴追等の処分を求める趣旨であるときは自首が成立する」(東京高裁判決平成2年4月11日)とされている。被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,その一部である殺人を判明させている。また,持っていた携帯電話を出して,死体が遺棄されている住所を示し,取調官らに対し,死体を発見することを促しており,訴追等の処分を求める趣旨であるといえる。
また,「犯罪事実の認知といっても,その後の裁判における公訴事実と法的評価の点まで同一の事実が判明している必要はなく,法的評価以前の社会的事実として同一の事実が判明していれば足りる」(東京高裁判決昭和51年7月28日東高刑時報27巻7号100頁,東京高裁判決平成18年9月21日東高刑時報57巻1~12号49頁)とされている。被告人が実行したのは殺人についてであり,金銭の強取については共謀だけで実行していなかったのであるから,松原による金銭の強取はあくまでも法的評価であるといえ,被告人が実行した殺人という限度においては,社会的事実としての同一の事実を判明させているといえる。
このように,被告人は「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,実行した殺人を判明させており,仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人にはなお強盗殺人に対しても自首が成立する。
2 宮城の死体遺棄についても自首が成立すること
(1)被告人が3名に対する殺人と死体遺棄について自白した後,被告人は,取調官から死体の場所と共犯者齋田の人物について尋ねられたので,持っていた携帯電話から取引業者との送受信メールを示して,3名の死体を埋めた愛知県西尾市の住所地を教えるとともに,共犯者齋田の居場所や携帯電話番号等を教えた。
被告人は,取調官から,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と尋ねられた。
被告人は,「高田の倉庫の一番奥にある,白のレガシィの中に宮城さんの死体があって,専務が宮城さんを拳銃で殺しました。それで,最後,専務と原田さんという人と僕の3人で,死体を箱に入れて高田の倉庫に隠しました」と自白した。
ところが,取調官は,「さっき,3人も殺した話をしたけど,本当は倉庫の死体も伊藤さんが殺したんじゃないのか?専務が死んでるからといって,なすりつけているんじゃないのか?」と疑ってきた。これに対して,被告人は,「本当に専務が拳銃で殺したんです。原田さんを捕まえれば,それがわかります。原田さんを捕まえてください」と,反論するように強く訴えた。
(2)嫌疑を持った捜査機関による取調べに対しては自首が成立しないところ,取調官は,被告人に対し,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と述べており,高田の倉庫にある宮城の死体について,被告人が事情を知っていると疑っている状況にある。
しかし,取調官の「正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。あの倉庫について知っていることを話してほしい」との発言は,あくまでも,「3名の殺人を自白したからといって,3名の殺人と宮城の死体とは一見した関連性はないが,3名の殺人という意外なことを自白した被告人なら,宮城の死体についても真相を知っているかもしれない。」との期待に過ぎない。取調官の上記発言は,「取調べ」や「追及」とはいえず,むしろ,被告人が3名の殺人と死体遺棄を自白したため,それに引き続き自発的な犯罪事実の申告を促した発言ととれ,それに応じて被告人も自発的に申告をしたといえる。
したがって,宮城の死体遺棄についても自首が成立する。
以 上