伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

2020年08月

 テレビでは、「安倍首相が辞任の意向を固めた」と報じられている。

 安倍政権となってから、再審請求中の死刑執行が常態化していた。安倍政権以前は珍しかったことを考えれば、安倍首相の意向が影響していたと考えて良いだろう。この執行を、再審制度を有名無実化するものとして、私は批判してきた。この無法な死刑執行のあり方は、新政権のもとでどのように変化するだろうか?
 次期政権は自民政権であり、しかも、安倍首相の側近であった麻生副首相、菅官房長官などになる可能性が高いだろう。そうすると、変わらない可能性もある。しかし、次期政権が死刑執行への情熱を共有していなければ、再審請求中の死刑執行ぐらいは、なくなるかもしれない。

 次期政権が、死刑執行への情熱を持ち合わせていないことを願う。

 伊藤への長野地裁判決。それが、一連の判決の元となっている。裁判員は異論があるかもしれないが、この判決がなければ、高裁、最高裁での死刑判決はなかっただろう。
 死刑確定時にも、裁判員たちが取材に応えようとしない、死刑判決。
 その長野地裁判決はどのようなものであったのか?はたして、人に死を宣告するものとして、ふさわしいものであったのか。
 内容を、分析していきたい。

(1)強盗殺人の認定について
 これについては、形式的なものであれば、成立しないとは言い切れない。しかしながら、裁判所の認定にも、いくつか疑問がある。
『被告人は,同月(注・3月)24日に約10万円,同月26日から4月初めにかけて合計70万円の分配金を得ている』
 確かに、これは事実であろう。しかしながら、結果的に金の分配に預かったからと言って、分け前をあらかじめ貰おうとしていた証拠にも、分け前を期待していた証拠にもならない。
 強盗殺人罪が成立するとしても、極めて形式的なものであることは間違いない。強盗殺人が死刑か無期懲役が規定されているのは、「金品を得るために、何ら落ち度のない人間を殺害した」という、悪質な殺人を罰するためではないのか。現に、刑法240条には『強盗が、人を負傷させたときは無期又は六年以上の懲役に処し、死亡させたときは死刑又は無期懲役に処する』とある。本来は、強盗が金を手に入れるために人を殺した場合を想定し、この条文がつくられたのではないか?
 伊藤の事件は、「強盗が人を殺した事件」と言えるのか。虐待され、脅され、搾取された被害者の立場にあった人間が、追い詰められて殺人を行った事案である。このような事件まで強盗殺人と認定するのは、拡大解釈が過ぎるのではないか。

(2)期待可能性について
 この部分の認定には、裁判官、裁判員の無感覚、無責任、冷血さがよく表れていると想う。そして、認定部分の一文ごとに、説明責任の放棄が見られる。いちいち、反論せねばならないので、長くなるが、ご容赦願いたい。

 『G,A会長一家が死亡し,真実を確かめる手立てはないが,仮に,被告人の供述するA会長親子からの虐待,搾取及び脅迫状況等が真実としても』
 長野地裁の法廷では、私が傍聴した公判だけで、物的証拠だけでも、以下のものが提出されている。概略を記す。
・伊藤が養子縁組を強要されていたことがわかる戸籍謄本。短期間に、複数の人間と養子縁組をしている。
・宮城に腹部を刺された際の、病院の入院診療録。傷について、刺創などと書かれている。平成18年12月12日に入院し、同月14日に退院。ろくに入院さえできなかったことが解る。
・伊藤の体の傷の写真。宮城と金父子に負わされた傷である。頭の傷は、二筋あり、その部分は毛が薄くなっている。腹部にも傷があり、4センチほどの長さの傷。腿にも傷があり、長さ六センチ。楕円形で、黒く変色している。手にも傷があり、これは金父子からつけられた傷である。周囲が黒くなり、中心部は白くなっている。楕円形の傷である。
・伊藤たちが金文夫からもらってい月給について。松原は一月15万円をもらっていたが、家賃6万円など様々な口実でひかれ、実際には3万円ほどしかもらっていない。池田も、2万円から4万5千円しか支給を受けていない。伊藤は、平成21年8月~11月分の給料は、約5万円となっている。これだけの金額で、朝から晩まで、肉体労働をさせられていたのである。
・金文夫が管理していた倉庫の中身について。宮城の死体が遺棄されていたレガシー、ナンバープレートや車体番号が削り取られた黒いチェイサーもある。車のセカンドバッグ内には、拳銃実包、打ちがら薬莢が入っている。実包の長さは22ミリ、打ちがら薬莢は直径10ミリである。
・金父子らの債務者への、債務取立てについての帳簿。K・Kから任意提出されたものである。債務者Aについて、「自宅にて確保、要追い込み」、債務者K「逃亡中」、債務者T「自己破産するが、回収見込みあり」、債務者N「逃亡中、住所不明」と記載があった。
・金良亮のヤミ金関係の前科。出資法違反、恐喝、傷害である。
・金良亮の殺人への関与の証拠。検察官から書類送検がされている。また、車などから宮城の血痕が発見されている。

 上記の物証だけでも、以下のことは解るのではないか。
・伊藤は宮城に養子縁組を強要されていた。
・宮城の暴力により、重傷を負わされていた。入院による傷の治療すら、ろくにできなかった。
・金父子から、労働基準法に違反する、あまりに安すぎる給料で、働かされていた。
・金父子は闇金を営み、債務者に強く追い込みをかけていた。自己破産後にも取り立てようとする、違法な行為を行っていた。また、金良亮は、ヤミ金に絡んだ暴力事件の前科がある。
・金父子は違法に車を改造し、拳銃を所持していた。
・少なくとも、金良亮は、宮城を殺害していた。その後、宮城に支配されていた伊藤を、真島の家に連れてきて、労働基準法に違反する激安の給料で、働かさせていた。
・伊藤は、働いている間に、金父子から暴力を受けることがあり、宮城程ではないにせよ、体に傷が残っている。
 この物証だけでも、伊藤が宮城から犯罪被害を受けて搾取され、続けて金父子からも搾取されて暴力を受けていたことが解る。金父子は闇金を営んで多くの人々を苦しめ、少なくとも良亮は宮城を殺害していたことも解る。

 また、伊藤の公判供述や共犯者の公判証言を参考にしなかったとしても、公判では、以下のことが明らかになっている。
・真島事件の発覚前、遺族K・Kの主導により、遺族K・Aらにより、少なくとも7500万相当の現金と、ほか貴金属、大量の書類が、真島の家以外の場所に運ばれた。(K・A証言による)
・遺族K・Kは、3月28日に高田の倉庫に入った際、ごちゃごちゃした倉庫の中、隅に止められほかの車に隠されたような形のレガシーまで、スムーズに一直線に移動した。レガシーで死体の臭いをかいだが、被害者のうち誰かの死体ではないかとも考えず、二週間後の4月10日に警察により死体が発見されるまで、警察に話すこともなく放っておいた。(K・K証言による)
・遺族であるK・KとK・Aは、真島の家がまともな環境であるかのように言っていた。しかし、K・Kは真島の家に来るのは、月一度程度である。K・Aは、伊藤たちが真島の家にいる時間は、殆ど顔を合わせていない。(K・K、K・Aの証言による)
・伊藤は家族思いな人間であり、家族と離れたくないと考えていた。しかし、金父子と同居させられている間、なかなか家に帰ってこられなかった。伊藤は自信喪失し、怯えている様子であった。また、鬱病のようにも見えた。(伊藤の妻の証言による)

 ヤミ金を営んでいた金父子の家から、書類や現金が大量に運ばれる。運ばれたものを、ヤミ金と関連付けるのは、不当ではあるまい。また、K・Kの行動は、宮城の遺体の存在を知らなかったにしては、不審すぎる行動である。そして、伊藤や松原と顔を合わせる頻度の少なさから、K・KとK・Aが、金父子からの暴力を目撃できる状況にあったとは考えられない。遺族たちの証言は、金父子や周辺の血なまぐささと、不信感を印象付けるものばかりとなっている。
 伊藤の妻は、伊藤の関係者である。伊藤に有利な嘘をつく動機があると、疑えないこともないかもしれない。しかし、松原が証言する伊藤の様子、伊藤自身が語る心理状態と、伊藤の妻の証言内容はほぼ一致している。伊藤が家族と会うことができなかったことを考えると、伊藤の妻は、松原との口裏合わせはもちろん、伊藤との口裏合わせも、することなどできない。それを考えると、伊藤の妻から見た事実を語っていると考えて、問題はあるまい。

 このように大量の証拠があるにもかかわらず、何を理由に、伊藤の主張に疑念を抱いたのか。判決文では、何ら説明がされていない。説明責任そのものを放棄している。

 『A会長親子から,自己や家族に危険が及んだ事態を緊迫感をもって具体的に供述していない』
 前科前歴がない人間が、法廷で雄弁に話すのは、相当難しいとは思わないのだろうか。また、どの点が緊迫感や具体性がないと思えたのか、何ら説明をしていない。「具体的」ではないのは、どちらだろう。なお、伊藤は金父子の言動、宮城殺害を目撃した際の衝撃などを、被告人質問で細かく述べている。その声は暗く苦しげであり、瀕死のヒナのように弱々しかった。内容のどこに、供述態度のどこに、「切迫感」「具体性」を感じなかったのか、ぜひとも詳述してほしい。

 『被告人は,A会長一家殺害の約1か月前から,共犯者Cと計画を練り,もう1名の殺害実行役や遺体の運搬処分役を引き込み,睡眠薬やロープを用意するなどして準備を整え,犯行前日にも,A会長親子殺害を試みたものの困難とみるや断念し,最後はB専務のために夜食を作る機会を捉えて睡眠導入剤を摂取させるなど,合理的に余裕をもって行動していることが見て取れる。』
 10分程度の謀議を、2,3回行っただけという事件が、余裕を持って行動していると言えるのか。なお、のちには計画性について「必ずしも綿密ではない」という認定が出てくる。余裕を持って行動しているのならば、綿密な計画を立てるはずではないか?このような矛盾する内容が、この判決文中には頻出するのである。

 『被告人がA会長親子殺害を実行した際も,B専務は昏睡し,A会長も就寝していたのであるから,被告人等に危険が及ぶような切迫した状況にあったとは到底いえない。したがって,被告人としては,A会長宅から逃亡するなり,警察に助けを求めるなど殺害以外の方法を検討する余裕は,物理的にも精神的にもあったというべきである。』
 睡眠薬を飲ませていても、数時間後には起きるだろう。金父子が起きるまでに、警察が動いて、家族を保護し、金父子らの犯罪の実態を解明してくれることが、どれほど期待できたのか?現実味があるとは思えない。なお、伊藤も松原も、家族を守りたいと考えているので、一人だけで逃げるわけにはいかない。

 『実際,□□から逃げた従業員もいるのであるから,被告人に対しても,そうした合法的な方法を採るべきことを期待することも苛酷とはいえない。』
 一部の逃げた人たちは、裏社会につてがあったから、あるいは、家族を見捨てたから、逃げられたんだよ。それは、松原も証言しており、伊藤も述べていた!また、債務者たちは逃げたとしても、徹底的に追い込みをかけられていた。発見され、拘束されてしまった人もいた。それは、長野地裁公判で開示された、金文夫作成の書類に記載があったことである。殺害という方法が肯定できないのは解るが、被告たちが追いつめられていた状況を、ここまで考慮しないのは、十分に苛酷かつ冷血な態度だ。
 そして、被告側が提出した証拠に対し、ろくに反論もしていない!「家族のことを思うと逃げられない」という言葉、追いつめられて拘束された債務者もいる、という証拠。これに、検討すら加えず、無視しているのだ。

 また、森武夫証人の心理鑑定については、以下のように評価、いや、難癖をつけている。
 『森意見は,単なる心理分析の域を出ず,種々の曖昧な概念に依拠するものであり,何よりも,被告人自身,前述したように状況の推移に応じた現実検討能力を示す行動に出ていることは,森意見の決定的な矛盾点である。また,森意見によっても,被告人につき,適法行為を要求することができない切迫した心理状況や犯行動機の形成過程を説得的に説明できていない。』
 これが、森鑑定への判断の全文である。
 どの点を曖昧と考えたのか、どの点が説得的に説明できていないと考えたのか、それこそ、説得的に説明できていない。このような曖昧すぎる説明では、検討も反論も、ほぼ不可能である。もしかして、それが目的だったのだろうか。


(3)情状認定について
まず、楠見由紀子について、判決は以下のように認定している。
 『犯行完遂の邪魔者として,巻き添えとなって殺害されたもので,理不尽な凶行の犠牲者である』
 これについての疑問は、幾度もすでに書いている。池田への堕胎強要の言葉、同居していればヤミ金については当然知っていたであろうことは、すでに長野地裁で証拠として表れていたはずだ。

 『先行する遺体遺棄事件においては,遺体をブルーシートにくるんでコンテナボックス内に押し込み,車両の後部荷室に積み込んだまま,2年近くの間放置していたのであるから,その悪質性も看過できない。』
 それは、むしろ殺人、死体遺棄を主導した「犯罪被害者」である金良亮に言ってほしいものだ。

『確かに,関係証拠によっても,弁護人が指摘する事情には,一面の真理があることは否めないが』
 この部分が、最も読むに堪えない箇所であった。裁判官と裁判員たちは、伊藤たちの受けた犯罪被害を正面から認定することを避けた。そのくせ、「きちんと検討した」というアリバイのために、にこのような文章を入れているとしか思えない。

『家族の元に帰りたい,A会長親子から解放されたいという自己の希望を,解決のため何らかの手だてを試みることなく,3名を殺害することによってこれを果たそうというのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである。』
 自分や家族の生命身体の自由を守ろうとするのは、「許されぬ希望」であり、「自己の利益」と言われるような性質のものなのか。人間として、当然の権利ではないのか。人を何だと思っているのだろう。

『A会長親子からの支配が犯行動機形成につながっていることや利欲目的が副次的であったことは,量刑上考慮するにしても』
 それにしても、判決文内の事実認定すら、一定させることが出来ないらしい。最初は、「真実だとしても」だの、「説得的に説明できていない」だの、さも嘘を言っているとでも言いたげにゴニョゴニョと「曖昧な」「説得力のない」書き方で、言葉を濁している。しかし、それでは事件の原因について説明できないと考えたのか、いつの間にか、金父子からの支配という事実を目立たぬように認めている。姑息である。

『特殊な環境下で行われた犯罪であるからといって,殺人を正当化することはできない。』
 伊藤の事件は、自らや家族を防衛するという点において、「正当防衛」や「死刑執行」とさほど距離があるわけではないと思うが、犯罪が成立することは事実である。なので、誰も無罪にすべきとは言っていない。
 無罪とすることと、酌量の余地を認定し、大きく減軽することは、全く異なる。後者は、「被害者」の犯罪をきちんと認定することであり、社会的に否定されるべき事柄を、否定するだけのことだ。裁判官と裁判員こそ、「被害者」の犯罪を大きく矮小化し、目をそらしている。それは、殺人、出資法違反、監禁、傷害、さらには奴隷的労働や債務者を自殺に追いやったことを、正当化したにほかならない。無罪と、「被害者の犯罪を認定することを通し、酌量減刑を行うこと」の差異さえも、高木順子裁判官たちと、裁判員は、理解していないのか。

 判決後の記者会見では、『みんな悩んだ』と述べている裁判員もいた。しかし、判決からは真摯な検討はおろか、事実に正面から向き合おうという、最低限の意思さえも、感じられなかった。

 なお、松原の高裁判決時には、控訴を棄却した井上裁判長は、伊藤への長野地裁判決での情状認定について、次のように発言している。
『なぜか、記述されていないが』
 どこか皮肉がこもっており、呆れているようでもあった。裁判官から見ても、一審判決は不誠実極まりないものだったのだろう。伊藤の控訴審を担当した村瀬均裁判長たちは、不備や欠落はあったものの、詳細に「被害者」たちの犯罪について事実認定を行った。一審判決があまりにもずさんだったので、控訴審判決で、詳細に書かねばならなかった面もあるだろう。
 
 このような、不誠実かつ欠陥だらけの判決により、伊藤と松原の運命は決められてしまったのである。

 2018年12月27日、河村啓三と末森博也の二人が、死刑執行された。
 二人は、相場師とその秘書を強盗目的で殺害した、いわゆるコスモリサーチ事件で死刑判決を受けていた。河村は、再審請求中の死刑執行であった。裁判を受ける権利を剥奪するのは、安倍政権においてはあまりに日常的なことになってしまったようだ。そして、「犯罪被害者側に立つ」VSフォーラムも、それに賛同している。
 河村は、いくつか著書を出している。それを読んだ限りでは、自らの行為を悔い、内省を深めているように思えた。また、被害者遺族と文通を行えており、ある程度は和解が成立していたようでもある。果たして、死刑にする必要があったのだろうか?

 河村については、もう一つ特筆すべきことがある。彼自身が犯罪被害者遺族であることだ。
 河村は幼少時、慕っていた叔父を、喧嘩で殺害されていた。幼いころの河村にはそれは伝えられなかったようであるが、長じてからそれを知り、ショックを受けていた。
 犯罪者には、経済的不遇、あるいは肉体的・性的虐待と言った明らかな犯罪被害者も少なくない。そうした意味では、河村の犯罪被害者遺族という立場は、犯罪者の中では珍しくないかもしれない。
 司法は犯罪被害者遺族である河村であっても、自らの行為に完全な責任を負わせた。そして、犯罪被害者遺族の側に立つVSフォーラムも、犯罪被害者遺族である河村の死刑に、諸手を挙げて賛成している。VSフォーラムが、被害者団体の中心であった「あすの会」のフロント団体であることを考えれば、厳罰化を牽引してきた被害者団体、その周辺団体の総意と考えて良いだろう。
 今回の執行が明らかにしたのは、「犯罪被害者遺族」に対する、司法や被害者側の人間の態度の矛盾である。

 犯罪被害者遺族が死刑執行されたのは、今回が初めてではない。1999年に死刑を執行された、森川哲行という男がいた。幼くして父を殺害され、兄と共に叔父夫婦に育てられた。父を殺害した犯人は見つかっていない。彼は、間違いなく犯罪被害者遺族である。
 しかし、森川の生き方や犯罪に、共感すべき点があるだろうか?
 森川の兄はまじめに育ったが、森川自身はグレて粗暴犯を繰り返した。そして、暴力性を隠して結婚したものの、妻にDVを行うようになる。妻が離婚しようとすると、包丁をもって襲い掛かり、妻の母を殺害し、妻にも重傷を負わせた。この事件で、殺人及び殺人未遂で無期懲役となる。
 出所したものの、定職につかず、義父に説教をされても暴れるだけ。そして、入獄中から妻への憎悪を募らせていった。そして、妻の親族二名を強盗目的と元妻の行方を聞き出すために、殺害した。

 私は、犯罪被害者遺族だからといって、行為への評価に忖度をするべきとは思わない。
 河村の死刑に疑問を抱いているのは、河村の反省状況、遺族とのやり取り、再審請求中の死刑執行、という点である。それらがなければ、判決の認定が正しければ、死刑はやむを得ないであろう。
 森川については、少なくとも逮捕時までは度し難い男というほかない。執行されるまで歪んだ人間性が変わらなかったのならば、死刑は彼のような人間のために必要だったと言えるかもしれない。
 河村も森川も、犯罪被害者遺族だということを理由に、司法やマスコミ、世論からは忖度をしてもらえなかった。それは仕方のないことだ。
 しかし、伊藤の事件の「被害者」たちは、どうであったか?
 司法は、彼らの闇金、奴隷労働の強制、殺人という犯罪を、オブラートに包み、なかったことにしたいかのようであった。マスコミは、それらの犯罪行為を書こうともせず、「不当な給料の天引き」などとぼかして書き、ほぼ黙殺している。言い換えれば、司法もマスコミも、伊藤が受けた犯罪被害も、自殺に追いやられ、搾取されるなど踏みにじられた人々も、歴史の闇に葬ろうとしているのだ。何が正義か。
 河村も森川も、受けた犯罪被害自体には特段の落ち度はない。しかし、伊藤の事件の「被害者」は、自らの犯罪が原因で、反撃されたにも関わらず、最大限の忖度をされている。

 もともと被害者であった人間に殺害された「犯罪被害者」は、その「加害者」への刑の軽減という形で、その犯罪行為を評価されるのが、まっとうなあり方であろう。
 「被害者」「被害者遺族」というだけで、その行動を評価・批判せず、ひたすらに美化せねばならないのであれば、それはむしろ身分差別主義としか言えないのではないか。

 自首についての証拠調べを経て、第二の弁論が2013年12月3日に行われた。それが、以下の内容である。


平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件

弁 論 要 旨 (2)

                     平成25年12月3日

東京高等裁判所第10刑事部 御中

                     被告人 伊 藤 和 史

                        主任弁護人 今 村 義 幸

弁護人 今 村   核

上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。

1 3名に対する殺人と死体遺棄について自首が成立すること
(1)被告人は,平成22年4月13日,午前に引続き昼食を挟んで午後からも,長野中央警察署において事情を聞かれていたが,事情を聞かれてから1時間くらい経った後に,取調官らに対し,「これから正直に話しますんで,2時間から3時間ほど時間をください」と願い出た。その後1時間ほど経ったころ,被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」,「死体は齋田さんのヤード(資材置場)に埋めて隠しました」と述べており,自発的に3名に対する殺人と死体遺棄を自白した。
   これを聞いた取調官らは,「背中をのけぞらせるようにして,『ええっ』というような,今にも耳をふさぎたくなるようなぐらい大きな声を出し」た上で「再び,声を落として『ええっ』というような言葉を言った後に『あくどいことをしてきたから,本当に失踪したんだと思った』」と述べていた。
(2)検察官は,捜査機関に発覚する前の自白といえず,また,自発的に申告したとも認められないことから,自首は成立しないと主張する。
しかし,まず,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実及び犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集3-6-721)。取調官らは,取調官の前記態度から,被害者らが失踪しただけと思い,被告人が自白するまで,被害者らが殺害されていることも愛知県西尾市に死体が遺棄されていることも知らなかったことは明らかであり,被害者らが殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。
また,「取調べの際に犯罪を隠蔽する供述をし,その後犯罪事実が具体的に発覚する前に自ら進んで犯罪事実を申告した場合であっても自首に当たる」(最決昭和60年2月8日刑集39巻1号1頁)。被告人は,事件当日の行動につき,鹿児島に行っていたとの虚偽のアリバイなど,数々の嘘をついてきたが,捜査機関が本件犯行を発覚する前に,3名に対する殺人と死体遺棄を自白したのであり,自発的に申告したといえる。
このように,被告人は,捜査機関に発覚する前に自発的に3名に対する殺人と死体遺棄について申告した。
したがって,被告人には自首が成立する。
(3)仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人には,なお強盗殺人に対しても自首が成立する。以下詳述する。
   犯人が法律知識等にはさほど通じていないのが一般的であることや,犯人が自ら進んで述べるものであることなどに加え,自首を任意的な減軽事由とした趣旨が一面において捜査及び処罰を容易ならしめるということから,「捜査機関に対する犯罪事実の申告内容が概括的で,犯罪成立要件のすべてに及んでいなくても,全体として犯罪事実を申告し,かつ訴追等の処分を求める趣旨であるときは自首が成立する」(東京高裁判決平成2年4月11日)とされている。被告人は,「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,その一部である殺人を判明させている。また,持っていた携帯電話を出して,死体が遺棄されている住所を示し,取調官らに対し,死体を発見することを促しており,訴追等の処分を求める趣旨であるといえる。
また,「犯罪事実の認知といっても,その後の裁判における公訴事実と法的評価の点まで同一の事実が判明している必要はなく,法的評価以前の社会的事実として同一の事実が判明していれば足りる」(東京高裁判決昭和51年7月28日東高刑時報27巻7号100頁,東京高裁判決平成18年9月21日東高刑時報57巻1~12号49頁)とされている。被告人が実行したのは殺人についてであり,金銭の強取については共謀だけで実行していなかったのであるから,松原による金銭の強取はあくまでも法的評価であるといえ,被告人が実行した殺人という限度においては,社会的事実としての同一の事実を判明させているといえる。
このように,被告人は「会長と専務と有紀子さんは,僕らが殺しました」と述べ,殺人と強盗からなる強盗殺人のうち,実行した殺人を判明させており,仮に殺人ではなく,被告人に強盗殺人が成立した場合であっても,被告人にはなお強盗殺人に対しても自首が成立する。
2 宮城の死体遺棄についても自首が成立すること
(1)被告人が3名に対する殺人と死体遺棄について自白した後,被告人は,取調官から死体の場所と共犯者齋田の人物について尋ねられたので,持っていた携帯電話から取引業者との送受信メールを示して,3名の死体を埋めた愛知県西尾市の住所地を教えるとともに,共犯者齋田の居場所や携帯電話番号等を教えた。
被告人は,取調官から,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と尋ねられた。
被告人は,「高田の倉庫の一番奥にある,白のレガシィの中に宮城さんの死体があって,専務が宮城さんを拳銃で殺しました。それで,最後,専務と原田さんという人と僕の3人で,死体を箱に入れて高田の倉庫に隠しました」と自白した。
ところが,取調官は,「さっき,3人も殺した話をしたけど,本当は倉庫の死体も伊藤さんが殺したんじゃないのか?専務が死んでるからといって,なすりつけているんじゃないのか?」と疑ってきた。これに対して,被告人は,「本当に専務が拳銃で殺したんです。原田さんを捕まえれば,それがわかります。原田さんを捕まえてください」と,反論するように強く訴えた。
(2)嫌疑を持った捜査機関による取調べに対しては自首が成立しないところ,取調官は,被告人に対し,「じゃあ,先程,正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。知らなかったら,別にかまわない。こっちで調べるから。あの倉庫について知っていることを話してほしい」と述べており,高田の倉庫にある宮城の死体について,被告人が事情を知っていると疑っている状況にある。
しかし,取調官の「正直に話すと言ってくれたので信じようと思うが,教えてもらいたいことがある。あの倉庫について知っていることを話してほしい」との発言は,あくまでも,「3名の殺人を自白したからといって,3名の殺人と宮城の死体とは一見した関連性はないが,3名の殺人という意外なことを自白した被告人なら,宮城の死体についても真相を知っているかもしれない。」との期待に過ぎない。取調官の上記発言は,「取調べ」や「追及」とはいえず,むしろ,被告人が3名の殺人と死体遺棄を自白したため,それに引き続き自発的な犯罪事実の申告を促した発言ととれ,それに応じて被告人も自発的に申告をしたといえる。
したがって,宮城の死体遺棄についても自首が成立する。
以 上

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