以下の弁論は、2013年9月19日、伊藤和史の第五回控訴審で行われた、控訴審第一次弁論である。
 この弁論の後、自首の成否についてさらに審理する必要があると認められ、審理は続行された。
 今内容を読み返しても、伊藤の受けた幼少時の虐待、そして、「被害者」たちによる常軌を逸した暴力犯罪が、いかにして事件に繋がっていったか、説得力を持って書かれている。また、同じく不当に死刑判決を受けた、共犯者の松原智浩への弁論のようでもある。
 控訴審では、冤罪専門弁護士として名高い、今村核弁護士も、弁護を担当した。冤罪でもない伊藤の事件に、わざわざ心血を注いでくださったのは、このような事件で死刑確定してしまう事が、許せなかったのだろうか。


平成24年(う)第572号
強盗殺人,死体遺棄被告事件

弁 論 要 旨

                     平成25年9月19日

東京高等裁判所第10刑事部 御中

                     被告人 伊 藤 和 史

                        主任弁護人 今 村 義 幸

弁護人 今 村   核

上記被告人に対する頭書事件につき,弁論の要旨は以下のとおりである。

目次
第1 控訴審で判明した事実            2頁
 1 母や山本から折檻を受けていたこと
 2 大人や警察に対する不信感を強めたこと
 3 宮城から逃げなかったのは学習性無気力等が原因であること
 4 良亮の言葉によってマインドコントロールを受けていたこと
 5 意識が朦朧としていったこと
 6 「視野狭窄」に陥ったこと
 7 自首が成立すること
第2 強盗殺人が成立しないこと          6頁
 1 強盗とはいえないこと
 2 期待可能性がないこと
第3 死刑を回避するべき事情があること      8頁
 1 動機及び犯行に至る経緯について
 2 行為態様について
 3 計画性について
 4 犯罪の社会的影響について
 5 犯行後の態度について
 6 前科について
 7 被告人が若年であることについて
 8 被告人が真摯に反省していることについて
第4 過去の裁判例との比較           11頁
第5 共犯者松原の控訴棄却判決との比較     14頁
 1 共犯者松原の判決が量定不当であること
 2 責任避難の程度が違うこと
第6 まとめ                  15頁

第1 控訴審で判明した事実
 1 母や母の再婚相手の山本から折檻を受けていたこと
   被告人の母は,昭和56年,村上と離婚し,離婚した後は,被告人を託児所に預けた上で,夜に仕事をし,ときには被告人を翌朝迎えに行くこともあった。
昭和59年,被告人が5歳であった当時,被告人の母は,山本と再婚した。山本と同居を始めた被告人は,山本から,頻繁に,理不尽かつ執拗な暴力を受けており,被告人の頭をヘアーブラシで何度も殴りつけ,ヘアーブラシが壊れることもあった。当時7歳だった被告人は,山本との同居に耐えかね,山本と暮らすのも,山本の名字を名乗っているのも嫌だと母に訴えており,7歳の子どもがそのように訴えるほどに山本の暴力は凄惨だった。山本の暴力は,被告人だけに留まらず,実子にも及んでおり,実子は,山本の暴力によるストレスによって,タンスに糞便をすることもあった。母自身も,本来であれば山本の暴力を止めなければならない立場にあったが,山本の暴力を止めず,むしろ,被告人に対し,言うことを聞かないという理由だけで,布団叩きで背中がみみず腫れになるほどに被告人を叩いたり,鼻血が出るほどに顔面を殴ったりすることがあり,後に再婚した伊藤からは,叱り方が虐待だと指摘を受けるほどであった。
アーキタイプ(幼少期)とは,3歳~5歳のころをいい,人格形成の基礎となるため,人生でもっとも濃い関わりの必要な時代であるところ,被告人のアーキタイプは,母性的な優しさで包まれたものではなく,暴力的なものであった。それにより,暴力に対しては,「何をしても意味がない」ということを学習し,合理的な判断を放棄させてしまう学習性無気力が被告人の人格の一部として形成された。
 2 大人や警察に対する不信感を強めたこと
   アーキタイプ(幼少期)は,メゾタイプ(学生期)において,修復が可能な場合もあるが,被告人のメゾタイプはそうではなかった。すなわち,被告人が中学3年生だったころ,被告人が,母が再婚した伊藤に対し,暴力を振るった後は,伊藤も母も被告人の行動に対し一切注意しなくなり,家庭の中で言葉を重ねて問題を解決していくというきっかけが失われた。加えて,専門学校入学前に起こした恐喝未遂事件では,暴力的で屈辱に満ちた取調べを警察官から受けてしまい,アーキタイプが修復されるどころか,却って,被告人は,大人や警察に対する不信感を強める結果となった。
 3 宮城から逃げなかったのは学習性無気力等が原因であること
被告人は,宮城から左太腿の前後を包丁で刺されたり,ガラスの破片で腹を刺されたり等,宮城から受けた暴力は,単に宮城が暴力的な人物というだけでは説明できないほどに常軌を逸したものであった。
この時点で,被告人が宮城から逃げることが考えられるが,被告人は,暴力によるマインドコントロールを受けていたとともに,学習性無気力というもともとの被告人の人格が加わり,さらに,被告人の家族にも暴力が広がることをおそれ,宮城から逃げることも,また警察に通報したり,駆け込むということもできなかった。
4 良亮の言葉によってマインドコントロールを受けていたこと
宮城は,平成20年7月20日,服役を終えて出所した後,翌21日,良亮から拳銃で射殺された。
被告人は,目の前で宮城が射殺されたことに衝撃を受けて動けなかったところ,良亮から,「はよ,(車に)乗れっ。」「お前もこいつみたいになってもええんか。」と威圧された。これ以降,良亮から「お前もあいつみたいになってもええんか。」と言われる度に,「あやつり人形になっている気持ち」で体が言うことを聞かなくなり,いつからか「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉1つで,屈服させられるようになった。これは被告人にとって,良亮による射殺を目撃したことはあまりにも衝撃的すぎたことに加え,被告人にとって家族は何よりも大切な存在であったため,家族にも暴力が広がることをおそれたからである。
5 意識が朦朧としていったこと
一般的に,暴力は疲弊性抑鬱を招き,疲弊性抑鬱になれば,身体が自ずと休息を欲するが,被告人は,休むことは許されず,文夫と良亮による日常的な暴力によって,被告人の意識は朦朧としていった。そこに,文夫と良亮から続く理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配,1日平均3時間程度しかない睡眠時間等が加わり,被告人の意識は朦朧としていった。被告人は,当時の状況を「生き地獄」と述べており,それを表すように,被告人の体重は平成21年3月から平成22年3月にかけて13キログラム以上も激減した。
6 「視野狭窄」に陥ったこと
被告人は,意識が朦朧としながら,文夫と良亮の2人から逃れたいという気持ちがますます強まっていくと,やがて,自殺して,早く楽になりたいと思うようになった。ところが,平成21年秋,被告人は,電話で妻の声を聞いたことをきっかけに,自殺を諦め,いつからか文夫と良亮を殺害して,両名の支配から逃れたいと考えるようになった。そして,なおも続く文夫と良亮からの理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配等によって,殺害以外の選択肢が被告人の視界から消え,殺害だけが唯一の助かる道だと考え,被告人の全ての思考は文夫と良亮の殺害に収斂して行った。その後,共犯者松原としては,何気なく話した言葉だったのかもしれないが,共犯者松原の「会長と専務を一思いに殺したいわ」という言葉をきっかけに,被告人は,本件犯行を首謀していった。
 7 自首が成立すること
自首(刑法42条1項)が成立するためには,罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首することが必要であるが,「捜査機関に発覚する前」とは,犯罪事実および犯人が誰であるかが捜査機関に判明していない場合をいう(最判昭24年5月14日刑集2-2-104)。
被告人は,平成22年4月13日午後4時ころ,当時取調べを担当していた刑事らに対し,被告人らが被害者らを殺害し,愛知県内にその遺体を埋めたことを自白したが,その時点では,被害者らは失踪したと考えられていただけであり,被害者らを殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。また,宮城の死体遺棄に関しては,平成22年4月10日,長野市内の倉庫内から死体が発見されてはいたが,これについても,被告人が自白するまで,死体を遺棄した犯人が誰であるかは捜査機関に判明していなかった。
したがって,被告人には自首が成立する。

第2 被告人に強盗殺人が成立しないこと
 1 強盗とはいえないこと
   強盗は,財物奪取を目的とした犯罪であり,その目的達成の手段として,暴行又は脅迫が用いられる(刑法236条1項)。強盗殺人罪が重罰を科せられるのは,財物獲得のために人命を犠牲にする点に求められるのであり,強盗殺人の成否の判断においては,単に殺害後に財物を盗ったという点だけに着目するべきではなく,殺害が強取行為に向けられている必要がある。
被告人が文夫と良亮を殺害した目的は,あくまで,両名からの拘束から逃れるという自由の奪取であり,財物の奪取ではなかった。
被告人の心理状況は,簡単に言えば,「殺して盗ろう。」ではなく,「殺した後に使おう。」であり,両者は根本的に異なる。つまり,控訴趣意書でも述べたとおり「財物奪取のために殺害した」のではなく,「殺害を完遂させるために財物を奪取した」のであり,殺害が強取行為に向けられていない。
また,被告人が楠見を殺害したのは,楠見が睡眠薬の服用による良亮の異変に気がついたことで,睡眠薬を服用させたことが良亮に露呈し,それにより被告人らが,文夫と良亮によって返り討ちに遭う危険が増大してしまったからであり,殺害が強取行為に向けられていない。
 2 期待可能性がないこと
(1)行為者を基準に期待可能性を判断すること
   期待可能性とは,行為時の具体的事情の下で,行為者が違法行為ではなく,適法行為を行い得ると期待できる可能性をいい,期待可能性の欠如は責任阻却事由となるとされる。
   そして,責任は,当該違法行為をしたことにつき,行為者に対し非難が可能であるか否かを問題にするものであることにかんがみると,当然,非難可能性と裏腹の関係にある期待可能性についても行為者自身を基準にその存否・程度を検討すべきである。
   とすれば,期待可能性の存否は,行為者個人の通常の能力や行為の際における行為者自身の具体的事情を基準として,そのような行為者に対し適法行為を期待し得るかどうかを決定すべきである(「刑法総論講義案」(司法協会))。
(2)期待可能性がないこと
   本件では,被告人において,適法行為,すなわち,文夫と良亮から逃げることや良亮が宮城を射殺したこと等を警察に通報することを期待できるかが問題となるが,以下のとおりそれらを被告人に期待することはできない。
被告人は,幼少期から理不尽な暴力に晒されてきており,暴力に対しては,「何をしても意味がない」ということを学習し,合理的な判断を放棄させてしまう学習性無気力が被告人の人格の一部となった。それにより,文夫と良亮から受け続ける理不尽な暴力に対しては,学習性無気力が顕著になり,と同時に,自分の自由意思に基づいて行動することを諦め,文夫と良亮に合わせた思考と行動だけを選択していく「飼い慣らされ」状態になっていた。そこに,1日平均3時間程度しかない睡眠時間が加わり,意識の朦朧に陥り,自分が繰り返し受けている暴力の実態を客観的に正しく認識ができず,また,思考不能状態のために多様かつ柔軟な視点にたって合理的な解決策が打ち出せず,さらに,誰にも打ち明けて相談することができない心理状態になっていた。
また,被告人にとって家族は何よりも大切な存在であり,被告人は,家族が住む大阪に戻りたいと幾度と申し出たが,その度に,良亮から「わかってるやろな。お前は逃げられへんのや。お前は一人とちゃう」と言われたり,「お前もあいつみたいになってもええんか」と言われ,被告人だけでなく,家族に対しても危害が加えられることを示唆された。被告人は,自分のように子どもを持つ家庭は,子どもの通学のためには現住所が記載した住民票の提出を求められるので,除票を使えば,必ず,現住所が判明することを知っていたし,また,真島の家には日本刀があったり,良亮が禁制品である拳銃を入手して,兄貴分にあたる宮城をいとも簡単に射殺しているところも目撃していたことから,良亮の上記言葉には真実味があり,被告人は精神的に追い詰められていった。
したがって,このような被告人の状況下において,被告人において,文夫と良亮から逃げることや良亮が宮城を射殺したこと等を警察に通報することを期待できない。

第3 死刑を回避すべき事情があること
   仮に,被告人に強盗殺人が成立するとしても,以下のとおり本件においては,死刑を回避すべき事情ある。
1 動機及び犯行に至る経緯について
  被告人は,平成20年10月上旬ころ,良亮から電話があり,原田の代わりに長野に来て働くよう命じられた。被告人は,妻や娘から離れたくない思いと,良亮と文夫にできるだけ関わりたくない思いがあり,その命令を断りたかったが,どのように断っていいか分からず,すぐには返事ができなかった。すると,良亮から「お前もあいつみたいになってもええんか」と口答えできない程度に威圧され,被告人は,自分や自分の家族の命の危険を感じ,仕方なく,長野県に向かい,北信ケンソウの部屋に住み始めた。
平成21年4月末の夜,文夫から「明日からワシのそばで働け。真島で住め」と命令されたことをきっかけに,被告人は,本件事件が発生した真島の家に被害者らと同居することになった。被害者らと同居してからは,良亮や文夫からの暴力の頻度が増え,また,給与も与えられず,家族を養うために睡眠時間を削って働いていたため,睡眠時間が3時間程度に減った。しかも,その少ない睡眠時間も,足音で起きるなど,精神的安寧を得るどころか,気を緩める時間は一秒たりとも与えられない生活を余儀なくされた。それにより,被告人の体重はみるみると減少していった。被告人の体重は,体重を増加させる努力をしていたにもかかわらず,平成21年3月から平成22年3月にかけて13キログラム以上も激減した。
被告人にとって家族は何よりも大切な存在であり,被告人は,家族が住む大阪に戻りたいと幾度と申し出たが,その度に,良亮から「わかってるやろな。お前は逃げられへんのや。お前は一人とちゃう」と言われたり,「お前もあいつみたいになってもええんか」と言われ,自分だけでなく,家族にさえも危害が加えられることに危険を感じ,仕方なく,大阪に戻ることを諦め,良亮らの命令に従った。
被告人は,幼少期等の経験からもともと暴力に対しては無抵抗であり,また,自分のように子どもを持つ家庭は,子どもの通学のためには現住所が記載した住民票の提出を求められるので,除票を使えば,必ず,現住所が判明することを知っていたし,さらに,真島の家には日本刀があったり,良亮が禁制品である拳銃を入手して,兄貴分にあたる宮城をいとも簡単に射殺しているところも目撃していたことから,良亮の上記言葉には真実味があり,被告人は精神的に追い詰められていった。
精神的な苦痛から解放されたいと思うようになった被告人は,自殺して早く楽になりたいと思うようになったが,平成21年秋,被告人は,電話で妻の声を聞いたことをきっかけに,自殺を諦め,いつからか文夫と良亮を殺害して,両名の支配から逃れたいと考えるようになった。そして,なおも続く文夫と良亮からの理不尽な暴力,良亮による「お前もあいつみたいになってもええんか。」という言葉による支配等によって,殺害以外の選択肢が被告人の視界から消え,殺害だけが唯一の助かる道だと考え,被告人の全ての思考は文夫と良亮の2人に殺害に収斂して行った。
被告人の供述によれば,文夫と良亮は「完璧過ぎた」存在だったので,被告人だけで文夫と良亮に対抗することはできなかったが,共犯者松原の「会長と専務を一思いに殺したいわ」という言葉で,文夫と良亮に対する不満を共感できる仲間がいると思いこみ,犯意を形成していった。
2 行為態様について
被告人らは,被害者らをロープで絞めて殺害しているが,ロープで首を絞めて殺害することは,殺害方法としては凡庸であり,特に苦しみを増大させるような残虐なあるいは凄惨な方法とはいえない(東京高裁平成9年1月31日判決参照)。
また,被告人は,文夫と良亮に対しては,両名が寝ている(良亮については,厳密には眠らせている。)中で,殺害したものであるが,無抵抗な状態を狙ったのも,被告人が両名に対して,両名が完璧な存在だと思って恐怖心を抱いていたからであり,殺害方法が特に残忍であるとか執拗であって,悪質ということはできない(横浜地裁平成22年12月24日判決参照)。
3 計画性について
被告人は,文夫と良亮の首をロープで絞めて殺害し,死体を処分することを計画しているが,その計画は同居している楠見や上倉の存在も考慮に入れられていないという,極めて杜撰なものである(この点は,被告人が「視野狭窄」に陥ったことからよく説明ができる。)。被告人が楠見を殺害したのは,楠見が睡眠薬の服用による良亮の異変に気がついたことで,睡眠薬を服用させたことが良亮に露呈し,それにより被告人らが,文夫と良亮によって返り討ちに遭う危険が増大してしまったからで,楠見に対する殺害は何ら想定していないものであった。被告人が楠見を殺害したことは衝動的に行われたもので,計画性は全くなかった。
4 犯罪の社会的影響について
本件はあくまで被告人と被害者の個人的な事情による犯罪で,それ以上に社会を震撼させたような事情はないから,結果的にこれが大きく報道されて一定の社会的影響があったことをもって,量定を左右する事情になるとみることはできない(大津地裁平成22年12月2日判決)。
5 犯行後の態度について
被告人は,平成22年4月13日午後4時ころ,当時取調べを担当していた警察官らに対し,被告人らが被害者らを殺害し,愛知県内にその遺体を埋めたことを自白したが,その時点では,被害者らは失踪したと考えられていただけであり,被害者らを殺害されていることは捜査機関に判明していなかった。また,宮城の死体遺棄に関しては,平成22年4月10日,長野市内の倉庫内から死体が発見されてはいたが,これについても,被告人が自白するまで,死体を遺棄した犯人が誰であるかは捜査機関に判明していなかった。
したがって,宮城事件,真島事件共に,被告人の供述が全容解明に貢献しているだけでなく,両事件とも自首が成立する。
6 前科について
   被告人に前科はなく,阿部を通じて宮城と知り合うまでは,もともと犯罪とは無縁の生活を送ってきた。
7 被告人が若年であることについて
   本件事件当時,被告人は,31歳であり,更生が可能である。
 8 被告人が真摯に反省していること
   被告人が刑事収容施設内でできることは限られているが,それでも,被告人は,思いを込めながら毎日写経に取り組み,教誨師に冥福の意味を教わりつつ毎月教誨を受け,さらには,花や被害者らの好物を供えながら,被害者らに対して,毎日のように冥福を祈っている。
   被告人は,無期懲役になってほっと胸をなで下ろすような人間ではない。刑務所にいる意味を探し続けることこそが罰であり,罪の償い方である。

第4 過去の裁判例との比較
統計上,被殺者3人以上の強盗殺人については,21件の死刑求刑に対して,21人全てに死刑判決が出ている(「裁判員裁判における量刑評議の在り方」(司法研修所編)109頁,巻末事件一覧表【4】,【5】,【31】,【72】,【86】,【101】,【117】,【152】,【175】,【176】,【177】,【183】,【195】,【214】,【243】,【247】,【248】,【258】,【275】,【327】,【334】)。
仮に,被告人に対して3名の強盗殺人が成立した場合,この統計に倣えば,被告人にも死刑が妥当するようにも思える。
しかし,上記21件のうち,3名に対する強盗殺人は12件ある(同,巻末事件一覧表【5】,【72】,【86】,【117】,【152】,【176】,【177】,【183】,【195】,【243】,【247】,【248】)が,【5】は,「長年にわたって被害者一家と交際し被害者夫婦などから種々世話になってきたのにかかわらず金品強取の目的で積極的に殺意をもって次々に被害者三名を殺害した」という事案,【72】は,「被告人が怨恨と金品奪取の目的などから知人とその連れを殺害し,翌日生命共済金取得の目的などから自らの妻を殺害し,結局三名の生命を相次いで奪った」という事案,【86】は,「計画的で綿密周到な準備の上,残虐な方法で伯父とその妻,同居中の同女の母を殺害し,残高合計570万円余の預金通帳と印鑑等を強取した」という事案,【117】は,被告人が,金銭強取目的で,なんのかかわりもない他人の住居に白昼押し入り,主婦2名と幼児1名の生命を奪った,という事案,【152】は,確定裁判を挟んで1名を殺害した1件の殺人等の事件と3名を殺害した,という事案,【176】と【177】は,「売上金等をエレベーターで運搬中のパチンコ店店員を襲って現金を強取しようと企て,綿密な相談,鋭利な大型ナイフなどの凶器の準備,再三の下見,襲撃の予行演習等を経た後,3名で犯行現場に至り,エレベーター内で,集中的に,店員2名の頭部をナイフの柄尻や木の棒で殴打し,その背部等をナイフ2丁を用いて数回突き刺すなどした上,現金約234万円を強取し,さらに物音に気付いてエレベーターホールに駆けつけた同店責任者の背部等をナイフで何度も突き刺すなどして,3名とも殺害した」という事案,【183】は,「他の者と共謀の上,多額の現金等を得る目的で,2か月足らずの期間のうちに,3件の強盗殺人と1件の強盗殺人未遂等を敢行した」という事案,【195】は,「わずか2か月足らずの間に立て続けに敢行された3件の強盗殺人と1件の強盗殺人未遂のほか,強盗,傷害,銃砲刀剣類所持等取締法違反等の,多数の犯罪事実から成る凶悪事犯」という事案,【243】は,「7名と共謀の上,6名の被害者に対する強盗行為に及び,うち1名に傷害を負わせ,引き続き,被告人単独で,被害者のうち3名を殺害し,2名については刺突行為等に及んだが殺害の目的を遂げなかったという強盗殺人3件,強盗殺人未遂2件,強盗致傷1件の事案」,【247】と【248】は,「(1)被告人3名が共犯者3名と共謀の上,共犯者の前夫の生命保険金から報酬を得る目的で,同人をフィリピン共和国マニラ市内のホテルで窒息死させて殺害し,(2)被告人3名において,保険金取得の目的で,知人男性を海外旅行傷害保険に加入させた上,マニラ市内のマンションで同様に窒息させて殺害し,その死亡保険金を詐取しようとしたが果たさず,(3)被告人Aと被告人Bにおいて,以前に被告人Aから恐喝の被害にあった男性を,金品取得の目的で名古屋市内の一時滞在先に連れ込み,睡眠薬で眠り込ませてクレジットカード等を窃取し,その罪証隠滅の目的で長野県内の別荘地まで連行して殺害し,その死体を遺棄し,(4)そのほか,被告人Aにおいて,(2)の被害者と共謀の上,(3)の被害者らから現金,航空券等を喝取し,被告人Cにおいて,長兄に成り済まして現金を詐取するなどし,被告人Aと被告人Bにおいて,(3)の被害者のカードを使って現金を窃取するなどしたという事案」である。
このように,3名に対する強盗殺人で死刑判決を受けた上記12件は,全て金銭を奪うために殺害するといった,典型的な強盗殺人の事案であり,その多くは,被害者が見ず知らずの人か世話になっていた人の事案である。
被告人は,文夫と良亮からの度重なる執拗な暴力により,意識が朦朧としていき,その後,殺害するしか逃げられないと「視野狭窄」に陥ったものであり,あくまでも主目的は両名からの束縛からの離脱である。たとえ被告人に強盗殺人が成立するとしても,それは従たる目的で肯定されるものであり,専ら金銭奪取が主目的であった上記12件とは悪質性が明らかに異なる。
したがって,被告人に対して3名の強盗殺人が成立した場合,統計に倣ったとしても,被告人に死刑は妥当しない。

第5 共犯者松原の控訴棄却判決との比較
1 共犯者松原の判決が量定不当であること
「裁判員裁判における第一審の判決書及び控訴審の在り方」(司法研修所編)によれば,控訴審における破棄は,「量刑審査に関する基本的な姿勢としては,国民の視点,感覚,健全な社会常識などを反映させようという裁判員制度の趣旨からすれば,よほど不合理であることが明らかな場合を除き,第一審の判断を尊重するという方向性をもったものと考えてよい」とされており,元来,裁判員裁判の判決はできるだけ尊重し,破棄は一審の判断が明らかに不合理な場合などに限られていた。なお,同書において,「死刑か無期懲役かが問題となる場合の審査」の方法についても述べられている(117頁)が,審査のおける視点を示すだけであり,どのように審査するべきであるか明確には述べられていない。
ところが,近年になり,「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊され,死刑は,懲役刑の刑期のように数量的な連続性がない,いわば質的な問題であるという特殊性があるので,死刑については,先例が尊重され,「裁判員自身も,過去の事実をある程度理解した上で,改めて自分の意見を明確なものとし,それに基づいて意見を述べることが求められ」るようになった(106頁)。
共犯者松原に対して,控訴棄却判決がなされたが(東京高裁平成24年3月22日判決),この判決は,死刑の特殊性を考慮するべきであることを示唆した「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊される前の,裁判員裁判の判決をできるだけ尊重するべきであるという理念の下になされたものである。
仮に,上記判決前に「裁判員裁判における量刑評議の在り方」が発刊されていたならば,果たして,共犯者松原に対して,同じように控訴棄却という判決が出ていたかは疑問である。
したがって,そもそも共犯者松原の判決が量定不当であり,被告人の量定資料の目安とするべきではない。
2 責任避難の程度が違うこと
 仮に,共犯者松原の判決が量定不当ではなかったとしても,被告人に対しては,なお死刑を回避することはできる。
量刑の本質は,被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任の分量を明らかにすることにあり,たとえ,行為の客観的な違法性の大きさが同等ないし上回っていたとしても,「責任避難の程度次第で,最終的な刑事責任の分量は大幅に異なり得る」(「裁判員裁判における量刑評議の在り方」7頁)のである。
被告人は,原判決が指摘するとおり,犯行の計画立案を行い,共犯者を引き入れ,常にその謀議の中心に位置し,殺害準備を整えているのみならず,被害者3名の殺害を率先して行い,その遺体を遺棄して,金員奪取以外の実行行為を担当し,遺体運搬処分役への報酬を支払った上に自らも金銭の分配を得ているのであるから,まさに,犯行を首謀し,犯行完遂に導いた主導者であるといえる。
しかし,被告人の殺意が強固だったのは,被告人が他の共犯者の誰よりも,文夫と良亮から暴力的支配を受けていたことの結果であり,単に主導者であることをもって強く非難できない。
したがって,被告人は,共犯者松原とは責任避難の程度が異なる。

第6 まとめ
   以上,被告人の行為は強盗とはいえないこと又は期待可能性がないことにより,被告人に強盗殺人は成立しないが,仮に被告人に強盗殺人が成立するとしても,死刑は回避されるべきである。
死刑は,人の生命そのものを永遠に奪い去る究極の刑であり,裁く人によって結論が変わるのは異常である。
死刑にするには,誰が判断しても死刑と判断されるような事情が必要であり,死刑を選択することに異論の余地がない程度に極めて情状が悪い場合に限られる。
   本件では,①被告人は,異常な暴行,虐待を長期間にわたって繰り返し加えられるなどして,正常な判断能力が低下し,また,幼少期の経験と相まって,被告人が精神的に追いつめられた結果,被告人が「視野狭窄」に陥っており,期待可能性が減少していたこと,②何の因果もない一方的な憎悪や利欲的な動機による犯行と比較すると,一抹の酌量の余地があること,③決して綿密かつ高度な完全犯罪を目論んだものはなく,そうすると,本件は,事件日から約1か月半前の平成22年2月10日ころから計画を練った上での犯行ではあるものの,偶然の事情に後押しされた場当たり的な犯行であるといえること,④殺害の手段,方法についても,ことさらに被害者らの苦痛を増大させるような残忍な方法を用いているわけではなく,悪質性が高い犯行態様とはいえないこと,⑤被告人には前科がなく,また,被告人と被害者らとの個人的な関係を前提として本件が発生したのであり,被告人がそうした個人的な関係がなければ将来同様の犯行に及ぶとは考え難く,再犯の可能性も矯正不可能ともいえないこと,⑥自首した上で,捜査段階から,証拠が極めて乏しい宮城事件を含めて各犯行を積極的に自白し,事案の解明に大きく寄与したこと,⑦真摯な反省悔悟の情を示していることから,死刑を選択することに異論の余地がないとまでは決して言い切れない。
以上により,被告人に対して死刑判決を下すことは明らかに正義に反する。
したがって,弁護人らは,原判決の破棄を強く求める。
以 上