伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

2015年06月

 眩しいなぁ!
 赤く染まった強い陽が、私に向けて射してくる。
 何か私に言いたそうに。
 でも実際は、何も言ってこない。
 ただ、眩しいだけ。
 でも何か言いたそうに、夕陽は私を見続けている。
 限られたほんのちょっとの時間だけ。
 ずっと見ている・・・私を。
 いつまで経っても何も言わないから、私の方から言ってあげる。
 「今日の妻と子は、どうでしたか?」
 「妻と子は、元気にしていましたか?」
 「それと、今日の私は・・・どうでしたか?」
 私から言うのは、これだけ。
 夕陽が私を呼ぶときに、それだけを。
 まだ、一度も返事はない。


Kazu


「心のおと」から「扉をひらくために」へ

 時々、扉の外から会話が聞こえてくる。
 上手に、会話をしている。
 羨ましい・・・
 私も会話がしたいけど、規則に囲まれた独りきりの長い生活。
 とても寂しくて、心まで凍えそう。
 その生活の中で会話ができる最初のチャンスは、『願いごと』という申し出で、他には『面会』というサプライズがなければ、あとは無言か独り言。
 この生活の中で、一番に欠けるのは会話。
 徐々に会話能力が衰えていく。
 こんなことになるとは・・・想わなかった。
 こんなことは初めて・・・
 話して言葉を伝えることと、このように言葉を綴って伝えること。
 全然、頭の働きが違う。
 話し掛けられると、頭の中で様々な言葉が一気に交錯して、上手く言葉がまとまらずに自分の想いがなかなか伝えられない。
 でも、話し掛けられたことに対して、早く応えないといけない。
 口から出る言葉よりも、なぜか眼からこみあげる涙の方が早そう。
 頑張って応えているけど、途中で徐々に何を話しているのか解らなくなってくる。
 考える思考と話す会話が上手くかみ合わない。
 話すのが難しいね。
 昔は・・・ちゃんと会話ができたのに・・・


Kazu


「心のおと」から「扉をひらくために」へ

 今、長野刑務所の中央単独棟の2階で寂しく生活している。
 でも、今の部屋は窓を覗けば、眼の前の建物から遠く向こうの山々まで、外の景色が一望できる。
 時折、昼から夕方頃の間にブサイクな烏の鳴き声が聞こえてくる。
 窓の外を覗くと、牢格子の向こうにその長野刑務所が廃墟にしている建物が、すぐ近くに見える。
 廃墟の屋上で真っ黒な大きい烏が、コンクリートを覆っているシートを嘴でくわえて、力いっぱいに羽を広げながら勢いよく一生懸命に引き千切ろうとしている。
 「なにしてんねん?」と、つい、私はつぶやく。
 そのシートは、めくれるものの千切れない。
 烏は何度も頑張っているが、とうとう疲れ切ったのか、羽を閉じて何か文句を言いたげに頭をかしげて鳴き出した。
 「カー」ではなく、「ギャー」と鳴く。
 ブサイクな声。
また再び、同じようにシートを引き千切ろうと、2回・3回と繰り返しているが何も変わらない。
 そんな烏に「アホタレ」と、私は無意識につぶやいている。
 アホタレは、とうとう本当に疲れ切って諦めたのか、今日もどこかへ飛んで行った。
 飛んでる時も「カー」ではなくて「ギャー」と鳴いている。
 ホンマにブサイクな声。
 飛んで行った烏に「またな、アホタレ」と、いつの間にか名前を付けていた私だった。
 ちなみに、あのシートを引き千切って何に使うのか?
 そんなことはどうでもいいけど、アホタレの鳴き声をどうにかして欲しいなぁ。
 「ギャー」ではなくて「カー」に。

 ホンマにブサイクやから。

Kazu


「心のおと」から「扉をひらくために」へ

 5月に雨が降ると、私は自ら命を絶とうと考えたことを想い出す。
 「アカン!もう、もたない。」
 もう、妻子を守ることができない。
 たとえ思考が働かなくなっても、私の体ひとつあれば、妻子を守ることができると想った。
 私の考えは楽観すぎた。
 その私の体が怖さで怯えている。
 そして、すでに疲れきっていた。
 自分のことで必死だった。
 いつしか、初めて死ぬことを考えていた。
 もう、守れない。
 でも、妻子だけは何とかしなくては・・・
 唯一浮かんだ答えは、妻子を逃すこと。
 私は、私たち家族が大切にしている想い出のものを勝手に売ったお金と、友人から借りたお金を妻に持たせた。
 「たのむ!逃げてくれ!」
 せめて妻子だけは助けたい私の精一杯の想い。
 私自身に起きていることで、妻子に心配をさせたくない想いで相談できなかった。
 私は、ひとりぼっちになろうとしていた。
 死ぬことだけを考えて・・・
 しかし、妻子は逃げてくれなかった。
 先立つものなんて無い、私なのに・・・
 5月の雨は哀しくなる。
 だから、嫌い。

Kazu


「心のおと」から「扉をひらくために」へ

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