伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

2015年03月

 白っぽい壁に囲まれた3畳ほどの空間。
 扉の内側にはドアノブが無い。
 そして、窓が一つ。
 それから、天井の中心に監視カメラが・・・・・
 それが今の私の生き場。
 時々、息苦しく息が詰まる。
 監視カメラを見ると無意識に体に緊張が走り、あの時のことを想い出してしまう。
 あの二人の砦・・・真島の国。
 毎日続く、あの2人からの暴力と脅迫と監視。
 身も心も痛かった。
 怖くて自由なんて無かった。
 私の頭の中は、常に自分自身と何よりも妻子を守らなければいけないことで精一杯。
 今の生き場は、あの時に比べてすごく良くなった。
 暴力も無い。
 脅迫も無い。
 色々と限界はあっても、あの時より自由になった。
 ただ、ひとつだけ変わらないことは、妻子と逢えるのが稀だということ。
 私が死ぬまでに、あと何回逢えるのかを考えてしまう。
 それを考えると、なんだか切ない・・・
                                                           Kazu
「心のおと」から「扉をひらくために」へ

 何かを成すには誰かの犠牲がつきものだと、私は想う。
 それが大きな事であればある程、犠牲の数も比例すると想う。
 そして、あっちを取れば、こっちは取れない。
 そういうふうな事、いっぱいあると想う。
 何かを選ぶ代わりに、何かを捨てなければならない。
 人生は、そんな事の繰り返しだと想わないか?

                                                            Kazu
「心のおと」から「扉をひらくために」へ

 「日本の裁判は長い」
 かつて、盛んに口にされていた言葉だ。
 20世紀末には、それも間違いではなかった。しかし、21世紀の裁判に当てはめるのであれば、事実に反している。
 ゼロ年代後半から、裁判の審理時間は、大幅に短縮されてしまった。死刑事件であっても、同様である。ことに、裁判員裁判が開始されてから、その傾向は顕著となっている。

 この項では、最高裁での審理期間を見ていきたい。

 先日、藤城康孝被告の最高裁弁論期日が、2015年3月27日に指定された。
 藤城康孝は、2004年に積年の恨みから自分の血族7人を殺害。2009年に神戸地裁で死刑判決を受ける。高裁では再度精神鑑定が行われ、心神耗弱という鑑定結果も出たが、2013年4月26日に控訴棄却。つまり、控訴審判決から1年11か月で最高裁弁論が指定されたのだ。
 おそらく、4月末か5月上旬に、最高裁判決が出るであろう。控訴審判決から上告審判決まで、丸2年程度である。死刑事件としては、上告審判決まで異例の短さだ。
 
 21世紀のゼロ年代前半までは、死刑事件の裁判ともなれば、控訴審判決から上告審判決まで、最低でも4年かかり、5年~8年程度かかる事件も希ではなかった。
 しかし、2005年からは、オウム事件や一部の争点の多い事件を除き、2年数か月から3年数か月で、最高裁の審理は終了するようになった。それでも2013年までは、ほとんどの死刑事件の上告審は、3年以上の時間をとって審理していたのだ。
 以下は、2010年代に上告棄却された死刑事件被告たちの、上告審期間である。

 2010年・・・合計7人。3年以上、6人(うち1人は、あと十数日で丸4年)。2年以上、1人。
 2011年・・・合計20人。5年以上、3人。4年以上、6人。3年以上、10人。2年以上、1人。
 2012年・・・合計6人。4年以上、2人。3年以上、1人。2年以上、3人(うち2人は、あと十数日で丸3年)
 2013年・・・合計5人。3年以上、5人。

 このように、2013年までは、上告棄却まで3年未満の被告数は少ない。
 2014年以降、上告棄却により死刑が確定した被告たちの、最高裁での審理期間はどれほどであったか。

2014年
小川和弘・・・2011年7月26日、控訴棄却。2014年3月6日、上告棄却。約2年7か月。
矢野治・・・2009年11月10日、控訴棄却。2014年3月14日、上告棄却。約4年4か月。
小泉毅・・・2011年12月26日、控訴棄却。2014年6月13日、上告棄却。約2年6か月。
松原智浩・・・2012年3月22日、控訴棄却。2014年9月2日、上告棄却。約2年5か月。
奥本章寛・・・2012年3月22日、控訴棄却。2014年10月16日、上告棄却。約2年7か月。
桒田一也・・・2012年7月10日、控訴棄却。2014年12月2日、上告棄却。約2年5か月。

2015年
加藤智大・・・2012年9月14日、控訴棄却。2015年2月2日、上告棄却。約2年5か月。

 2014年に死刑確定した被告は、6人中5人が3年に満たない期間で、上告棄却されている。矢野被告は、弁護士を解任したために審理が長引いたものであり、本来であれば前年の10月か11月に刑が確定していたであろう。例外を除けば、審理期間の短縮化は歴然としている。
 そして、裁判員裁判で裁かれた3人の被告、奥本、桒田、そして、伊藤の共犯者である松原は、いずれも2年数か月の期間で上告棄却されている。
 上告審での審理期間は、2年数か月未満。それが裁判員時代の新しい基準と考えるのは、穿ちすぎだろうか?

 それにしても、審理期間を短縮して、どうなるというのか。
「裁判に時間をかけるなど、税金の無駄だ」
「被害者の事を考えれば、早く終わらせてしまえ」
 という声も、あるかもしれない。刑事訴訟法で認められている上告理由には「刑の量刑が著しく不当であること」も、含まれている。量刑についての争いは、正当な上告理由である。そして、死刑は究極の刑罰であり、濫用すべきではない。これらを鑑みれば、今一度、量刑判断に際しても、慎重に行うようにすべきではないか。

 少なくとも近年、死刑判決を受けているのは、利欲目的、性犯罪などの動機で殺人を行った者だけではない。真島事件の被告程でないにせよ、被害者側の犯罪が事件の原因となっている事例も、散見される。殺害という手段が正当化されないにせよ、そのような事件まで「被害者の事を考え」迅速に死刑を選択する行為は、「被害者」の犯罪を矮小化する、不公平な態度と言えるだろう。
 「加害者は、被害者に殺されたわけではない」という人もいるかもしれない。しかし、死刑は究極の刑罰である。動機が「被害者の犯罪」が発端である場合、被告が救いがたい人間であるか、国民が新たに人命を奪わねばならない罪であるか、判断する重要な指標となるだろう。
 また、殺人を行っていない場合でも、当人にとって殺されたに等しい被害を与える行為はある。たとえば、「被害者」が「加害者」を監禁同様にして、一切の権利を奪い、暴力をふるい続けた場合。性的被害を与えた場合。自殺さえ考えるほど追い込んだ場合。それらは、殺人、少なくとも殺人未遂に匹敵するとは言えないか。
 前述のような「厳罰化」が進行している現在、最高裁は慎重な判断を心掛けるべきではないか。

 ともあれ、この傾向を見て、私が気になることは、一つである。
 伊藤の上告審判決まで、どれほど時間が残されているのだろう?
 真島事件こそ、刑が本当に適切か、時間をかけて熟慮すべき事件だったのではないか。しかし、松原が手早く上告棄却されてしまったのは、前述の通りだ。
 伊藤を取り巻く現実は、冷たく、厳しい。最高裁は、事件の経緯に対し、真摯に向き合ってくれるのだろうか。

 伊藤から面会先約日が指定されたので、ここに告知する。
 3月の面会先約日は

 3月13日、3月19日

 の、二つの日程となる。
 面会を予定されている方は、この二つの日程を外して、面会をお願いします。

 以下に、伊藤和史の長野地裁判決を全文引用する。引用元は、判例秘書である。

 私が太字にした部分が、「情状認定」で伊藤の有利な事情、すなわち、伊藤の犯罪被害に言及した、唯一の部分である。なお、長野地裁の公判では、金良亮の宮城殺害、金父子の闇金と債務者への追い込み、伊藤が養子縁組を強要されたこと、伊藤の傷痕、すべてが証拠として提出されている。
 それにもかかわらず、伊藤の犯罪被害、金父子の悪逆非道について、裁判所は認定を行うことを避けたのである。
 「市民」たちがどれだけ真摯に裁判に挑んだか、この判決文を読んで判断してほしい。しかし、私は、この判決文は侮辱としか思えない。伊藤だけではなく、金父子の犯罪による被害にあったすべての人々に対しての、侮辱である。

 判決は、金一家の犯罪行為について、明確に認定することを避けた。そして、深刻な犯罪被害を「とるに足らないもの」として扱い、情状としてまともに取り上げなかった。さらには、金一家を「非業の死を遂げた、尊重されるべき人間」とし、伊藤を「身勝手な殺人者」として一方的に断罪した。
 この態度は、金一家の犯罪の凶悪さを矮小化し、曖昧に済ませる、という態度に他ならないではないか。そして、金一家の犯罪から目をそらすという所業は、どういうことか。「被害者」である金父子であれば、どのような犯罪も、非難してはいけない、許されるべき行為ということか?

 伊藤を一人の人間として裁き、金父子に苦しめられた人々に少しでも思いを致せば、このような冷酷な判決は書けないのではないか。
 

       強盗殺人,死体遺棄被告事件
【事件番号長野地方裁判所判決/平成22年(わ)第96号、平成22年(わ)第120号
【判決日付】 平成23年12月27日
       主   文
 被告人を死刑に処する。
       理   由
 【罪となるべき事実】
 被告人は,平成20年8月ころから,長野市(以下略)にある「□□グループ」と称するグループ(以下「□□」という。後記のA会長宅である。)の「会長」と呼ばれていたA(以下「A会長」という。)とその長男で「専務」と呼ばれていたB(以下「B専務」という。)の支配下に入り,建築関係の営業や現場作業等を担当する従業員となった。□□は,高利貸しを本体とし,返済の滞った債務者から借金のかたにその経営する建築業や水道設備業等を手中に収め,□□傘下として働かせて借金返済に充てさせるなどしていた企業体であるが,実質はA会長のワンマン企業であった。
第1 被告人は,□□の従業員C(以下「共犯者C」という。),同D(以下「共犯者D」という。)及び取引先であるE(以下「共犯者E」という。また,共犯者C,共犯者D及び共犯者Eの3人をまとめて,「共犯者3名」という。)と共謀の上,B専務を昏睡させた上で殺害し,その管理に係る現金を強取しようと企て,平成22年3月24日午前1時20分(以下,【罪となるべき事実】の項における時刻は,当日のそれを指す。)ころ,長野市(以下略)所在のA会長方(以下「A会長方」という。)において,被告人が,睡眠導入剤ハルシオン(以下「睡眠導入剤」という。)を混入した雑炊をB専務(当時30歳)に食べさせて昏睡状態に陥らせた上,午前9時10分ころ,A会長方2階のB専務及びその妻Fの寝室(以下「B専務夫婦の寝室」という。)において,被告人及び共犯者Dが,B専務に対し,殺意をもって,所携のロープをその頚部に巻き付け,その両端をそれぞれ強く引っ張って絞め付け,そのころ,B専務を頚部圧迫により窒息死させて殺害し,【罪となるべき事実】第4記載のとおり,被告人及び共犯者EがB専務らの遺体を遺棄している間の午後10時30分ころ,共犯者Cにおいて,A会長方2階隠し物置内から,B専務管理に係る現金約281万円を強取した。
第2 被告人は,前記のとおり,B専務を昏睡状態に陥らせたところ,B専務の妻F(当時26歳,以下「妻F」という。)が夫が朝になっても目覚めないことに不審を抱いたことから,妻FにB専務殺害計画が露見することを恐れ,B専務に対する強盗殺人を成功させるには,邪魔な妻Fをも殺害するしかないと決意し,共犯者3名と共謀の上,午前8時50分ころ,B専務夫婦の寝室と2間続きの居間において,殺意をもって,被告人が,妻Fに対し,その背後から,いきなり所携のロープをその頚部に巻き付け,ロープの両端を強く引っ張って妻Fを床面に転倒させた上,さらに,被告人,共犯者D及び共犯者Cが,その頚部に巻き付けたロープの両端を,それぞれ,代わる代わる強く引っ張って絞め付け,そのころ,妻Fを頚部圧迫により窒息死させて殺害し,前記のとおり,B専務管理に係る現金約281万円を強取した。
第3 被告人は,共犯者3名と共謀の上,A会長を殺害してその所有に係る現金を強取しようと企て,午前9時25分ころ,A会長方2階のA会長の居間において,被告人及び共犯者Cが,リクライニングソファーで眠っていたA会長(当時62歳)に対し,殺意をもって,所携のロープをその頚部に巻き付けた上,その両端をそれぞれ強く引っ張って絞め付け,そのころ,A会長を頚部圧迫により窒息死させて殺害する傍ら,共犯者Cが,A会長のバッグ内に在中し,あるいは,ワゴン上にあったその所有に係る現金約135万円を強取した。
第4 被告人は,共犯者3名と共謀の上,強盗殺人の犯跡隠蔽のため,殺害したA会長,B専務及び妻Fの各遺体(以下「3名の遺体」という。)を遺棄しようと企て,被告人と共犯者3名において,午前9時40分ころから午前10時30分ころまでの間,A会長方において,3名の遺体をバッグにそれぞれ押し入れた上,普通乗用自動車2台のトランク及び後部座席にそれぞれ押し込み,午前11時15分ころ,被告人,共犯者D及び共犯者Eにおいて,長野市(以下略)所在の倉庫内で,3名の遺体を普通貨物自動車後部荷台に積み替え,被告人及び共犯者Eが,翌25日朝,愛知県西尾市(以下略)等所在の資材置場まで運んだ上,そのころから同日午後1時30分ころまでの間,同所において,盛り土の斜面にスコップで穴を掘り,その穴に3名の遺体を順次入れ,覆土して押し固め,もって3名の遺体をそれぞれ遺棄した。
第5 被告人は,第1ないし第4の犯行に先立ち,△△組系暴力団に所属するGの遺体(以下「Gの遺体」という。)を遺棄することをGの舎弟であるH及びB専務と共謀の上,平成20年7月21日午前8時15分ころ,兵庫県尼崎市(以下略)所在のコインパーキングにおいて,Gの遺体を当時被告人が仕事に使用していた普通乗用自動車(以下「被告人使用車」という。)後部荷室内に積み込んだ上,同月22日午前4時30分ころ,長野市(以下略)所在の自動車修理工場跡地まで運び込み,その場所でGの遺体をブルーシート等で包んだ上,同日午前5時20分ころ,同市(以下略)所在のI株式会社××給油所の空地内まで運び込んで被告人使用車ごと放置した後,同月23日ころには,前記ブルーシート等に入ったGの遺体をプラスチック製コンテナボックスに更に押し入れて南京錠を掛けるなどした上,これを被告人使用車後部荷室内に再度積み込みそのまま放置し,同年8月20日ころには,同所から長野市(以下略)所在の倉庫まで被告人使用車を運び入れ,平成22年4月10日に発見されるまで放置し,もって,Gの遺体を遺棄した。
 【証拠の標目】
括弧内の甲乙の番号は,証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す。
判示全事実について
・ 被告人の当公判廷における供述
判示冒頭の事実,第1ないし第4の各事実について
・ 被告人の検察官に対する供述調書3通(乙2,3,31)
・ 被告人の検察官に対する供述調書抄本(乙4)
・ 証人Cの当公判廷における供述
・ Cの検察官に対する供述調書3通(乙8,9,13。乙8,9は不同意部分を除く。)
・ Cの検察官に対する供述調書抄本3通(乙10ないし12。乙10,12は不同意部分を除く。)
・ Dの検察官に対する供述調書謄本2通(乙18,21)
・ Dの検察官に対する供述調書抄本3通(乙19,20,22)
・ Eの検察官に対する供述調書謄本(乙27)
・ Eの検察官に対する供述調書抄本(乙26)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書6通(甲3,4,8,28,32,33。甲3は不同意部分及び撤回部分を除く。)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書謄本2通(甲5,10)
判示第1ないし第3の各事実について
・ Cの検察官に対する供述調書(乙14)
・ 押収してあるロープ1本(平成23年押第6号の1)
判示第5の事実について
・ 被告人の検察官に対する供述調書抄本(乙30)
・ Hの検察官に対する供述調書抄本2通(甲18,19)
・ 検察事務官作成の統合捜査報告書2通(甲30,31)
 【法的主張に対する判断】
第1 弁護人の主張
   弁護人は,各強盗殺人(判示第1ないし第3)について,①被告人において,A会長やB専務(以下「A会長親子」という。)の現金を強取する目的を有していなかったから,各強盗殺人罪は成立しない,②犯行当時,被告人には,A会長親子を殺害する以外に途は残されておらず,適法行為の期待可能性がなかったから,A会長親子殺害について責任を問えない旨主張するので,以下,「強盗殺人罪の成否」及び「期待可能性の存否」について検討する。
第2 強盗殺人罪の成否
 1 弁護人による不成立の理由
   強盗殺人罪は成立しない旨の弁護人の主張を敷衍すると,第1に,被告人がA会長親子及びB専務の妻(以下「A会長一家」という。)を殺害した主目的は,精神的にも肉体的にも自らを束縛したA会長親子を抹殺し,束縛から脱出するためであり,現金を奪ったのは,あくまで共犯者(遺体の処分運搬役)への報酬に充てるためにすぎず,金員を利得するために被害者を殺害する典型的な強盗殺人とは,明らかに異なる形態である,第2に,共犯者への報酬以外の金員を強取する意図や計画は全くなかったという2点を捉え,強盗殺人罪を適用することはできないというのである。
 2 当裁判所の判断
  (1) 強盗殺人罪に関する弁護人の主張は,被告人の公判供述に依拠するものであるが,仮に,被告人供述のとおり,A会長一家殺害の主目的は殺害すること自体であり,現金奪取は共犯者への報酬捻出のためにすぎず,自らの利得を図ったものではないとしても,金員を奪取する意図がある以上,強盗殺人罪の消長に影響を与えるものでないことは判例,通説の明らかにするところであり,当裁判所の見解も同一であって,弁護人の主張は失当というべきである。なお,弁護人は,昭和34年1月13日の仙台高裁判決(下級裁判所刑事裁判例集1巻1号1頁)を引用するが,当該事案は財物強取に向けた暴行脅迫がない事例であって,本件とは事案を異にし,採用の限りではない。
  (2) しかも,共犯者Cの証言や捜査段階の供述(以下,まとめて「C供述」という。)によれば,被告人と共犯者Cが,平成22年2月後半から3月初めにかけて,A会長親子の殺害方法や遺体の処分方法等を相談した際,A会長宅から奪った金を共犯者への報酬に使用するほか,自分たちでも分配するよう話し合った事実が認められる。現に,被告人は,同月24日に約10万円,同月26日から4月初めにかけて合計70万円の分配金を得ているのであって,弁護人の主張は,その前提事実においても誤りがある。なお,被告人は,共犯者Cとの間で,A会長宅から奪った現金を分配するよう話し合った記憶はない旨供述するが,信用できるC供述に反しており,採用できない。
第3 期待可能性の存否
 1 弁護人による期待可能性欠如の理由
   弁護人がA会長親子の殺害に期待可能性がない旨主張するのは,被告人が次のような特異な状況下に置かれていたからとする。すなわち,従前からG(判示第5の遺体)による暴行を受けていた被告人は,その死亡後も引き続きA会長親子から理不尽な暴行脅迫を受け続け,24時間その支配下に置かれていた。殊に,B専務からは,事ある毎に,指示命令を聞かなければ,Gのように殺害されると脅されていた。A会長宅から逃走したり,警察に助けを求めても,いずれは,自己や家族に危害が及ぶ危険性を払拭できない。
 2 当裁判所の判断
  (1) G,A会長一家が死亡し,真実を確かめる手立てはないが,仮に,被告人の供述するA会長親子からの虐待,搾取及び脅迫状況等が真実としても,A会長親子から,自己や家族に危険が及んだ事態を緊迫感をもって具体的に供述していない。かえって,被告人は,A会長一家殺害の約1か月前から,共犯者Cと計画を練り,もう1名の殺害実行役や遺体の運搬処分役を引き込み,睡眠薬やロープを用意するなどして準備を整え,犯行前日にも,A会長親子殺害を試みたものの困難とみるや断念し,最後はB専務のために夜食を作る機会を捉えて睡眠導入剤を摂取させるなど,合理的に余裕をもって行動していることが見て取れる。被告人がA会長親子殺害を実行した際も,B専務は昏睡し,A会長も就寝していたのであるから,被告人等に危険が及ぶような切迫した状況にあったとは到底いえない。したがって,被告人としては,A会長宅から逃亡するなり,警察に助けを求めるなど殺害以外の方法を検討する余裕は,物理的にも精神的にもあったというべきである。実際,□□から逃げた従業員もいるのであるから,被告人に対しても,そうした合法的な方法を採るべきことを期待することも苛酷とはいえない。
  (2) これに対して,弁護側の依頼に基づき被告人の心理鑑定を私的に行った専修大学名誉教授森武夫証人(犯罪心理学専攻)は,A会長一家殺害事件につき,G殺害を目撃したことで心的外傷を受けた上,□□でA会長親子から抑圧されて,精神的に追い詰められ,自由になりたい,家に帰りたいという一心で,他のことを考える余裕がなくなり,現実検討能力を失い,殺害以外の選択肢がなくなった結果,敢行した犯罪である旨証言しているところ,弁護人は,この森意見こそが期待可能性の不存在を裏付ける証拠である旨強調する。しかしながら,森意見は,単なる心理分析の域を出ず,種々の曖昧な概念に依拠するものであり,何よりも,被告人自身,前述したように状況の推移に応じた現実検討能力を示す行動に出ていることは,森意見の決定的な矛盾点である。また,森意見によっても,被告人につき,適法行為を要求することができない切迫した心理状況や犯行動機の形成過程を説得的に説明できていない。このように,当裁判所としては,森意見を採用することはできず,他に期待可能性の不存在を疑わせるような事情はない。
 【法令の適用】
 被告人の判示第1ないし第3の各所為は,いずれも刑法60条,240条後段に,判示第4(各死体ごとに)及び判示第5の各所為は,いずれも刑法60条,190条にそれぞれ該当するところ,判示第4の所為は,1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるが,犯情の軽重の差が認めがたいので刑法10条によりいずれが重いかを決することはできず,刑法54条1項前段により1罪として死体遺棄罪の刑で処断し,各所定刑中,判示第1及び第3の各強盗殺人罪につき,いずれも無期懲役刑を,判示第2の強盗殺人罪につき死刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法46条1項本文により判示第2の強盗殺人罪の死刑で処断し他の刑を科さず,被告人を死刑に処し,訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
 【量刑の理由】
1 本件は,被告人が共犯者3名と共謀の上,長野県内において,いわゆる高利貸し業等を営む資産家一家3名を殺害し,現金410万円余りを強取した上,3名の遺体を愛知県内に遺棄したという強盗殺人3件及び3名の遺体遺棄の事件とそれに先行する別の被害者に対する遺体遺棄の事件から成る事案である。
2 まず指摘すべきは,同一の機会に3名の尊い命が奪われた犯行結果の重大性である。妻Fは,当初の計画には殺害の対象に入っていなかったが,偶々夫であるB専務の昏睡状態を心配し,危惧の念を訴えたがために,犯行完遂の邪魔者として,巻き添えとなって殺害されたもので,理不尽な凶行の犠牲者である。また,B専務は睡眠導入剤による昏睡状態のまま,A会長は就寝中という無防備な状態で,しかも,安らぎの場である自宅において,被告人ら身近な者の手にかかって,それぞれ落命したもので,その無念さは甚大である。
  3名の遺体と対面した遺族らは,被害者らの変わり果てた姿を目にし,異口同音に,生前の被害者との思い出を語り,夫,息子,娘等を突然奪われた悲しみや犯人に対する強い怒りを訴え,被告人に対し極刑を望んでいる。犯行後においても,被告人らは,被害者らの失踪を装うために,その所持品を持ち出して捨て,口裏合わせを行い,被害者らを心配する遺族らに対し素知らぬ振りでうそぶいていたのであるから,卑劣である。
3 次に,犯行態様の執拗性,残忍性も見過ごすことはできない。すなわち,妻Fに対しては,被告人が,背後から,いきなり襲いかかり,その首にロープを掛けて絞め上げ,その後,共犯者Dと共に,それぞれロープの両端を持ち,力を合わせて引っ張り,最後に共犯者Cが,単独でロープで首を強く絞め上げ,そのとどめを刺している。その間に,被告人は共犯者Dと2人がかりで,昏睡中のB専務に対し,首に巻いたロープの両端を持ち,B専務の背中付近に足をかけて踏ん張るなどして絞め上げ,B専務が,両手を後ろの方に挙げてもがき,ベッドからずり落ちるのもかまわず,殺害した。さらに,A会長に対しては,被告人及び共犯者Cが,就寝中のA会長の首に,ロープを巻き,2人が両端をそれぞれ持ち,全体重を後方にかけ,一気に力一杯引っ張って絞め上げ,A会長が,両手を首のところでばたつかせ,指をロープと首の間に入れようとしたり,体をひねったりして暴れているにもかかわらず,殺害した。このように,殺害行為は,2人ないし3人がかりで,いずれも無防備な被害者らを次々と襲い,被害者の心臓の鼓動が止まっていることを確認しその死亡を確信するまで,十数分もの間,ロープで執拗に絞め付け続けたもので,冷酷かつ鬼気迫るものである。
  3名の遺体遺棄についても,バッグに詰めた上,愛知県内の資材置き場までトラックで運搬し,高さ約1.25メートル,幅約1.4メートル,奥行き約0.9メートルの穴を掘って遺棄し,土を被せて押し固めるなど,死者の尊厳に何ら思いを致さない蛮行に及んでいる。
  また,先行する遺体遺棄事件においては,遺体をブルーシートにくるんでコンテナボックス内に押し込み,車両の後部荷室に積み込んだまま,2年近くの間放置していたのであるから,その悪質性も看過できない。
4 続いて,被告人の果たした役割や地位などについてみておく。被告人は,犯行の約1か月前から,共犯者Cとの間で,A会長及びB専務を殺害して,A会長宅にある現金を奪い,遺体運搬処分役の共犯者への報酬資金等を調達しようと話し合い,実行犯として共犯者Dに白羽の矢を立て,遺体運搬処分役として共犯者Eに対し多額の報酬を提示して引き入れ,予め睡眠導入剤を入手し,ロープやビニール手袋を用意して準備を整え,雑炊に砕いた睡眠導入剤を混入してB専務に食べさせて昏睡させている。そして,妻Fに異変を気付かれるや,その殺害に躊躇を示す共犯者らを説得し,自らこれを引き受け,妻Fに手を掛けて,一連の殺害行為を開始したのも被告人である。それを皮切りに,次々とB専務及びA会長の殺害を開始し,いずれの被害者の殺害行為にも手を下し,被害者の心臓の鼓動を確認するなどしてその死亡を確かめている。さらに,共犯者Eと共に,3名の遺体を愛知県まで運搬し,土中に埋めて遺棄している。強取金からも分配金を受領している。
  このように,被告人は,強固な殺意と現金強取の意図をもって,犯行の計画立案を行い,共犯者を引き入れ,常にその謀議の中心に位置し,殺害準備を整えているのみならず,被害者3名の殺害を率先して行い,その遺体を遺棄して,金員奪取以外の実行行為を担当し,遺体運搬処分役への報酬を支払った上に自らも利得も得ているのであるから,まさに,犯行を主謀し,犯行完遂に導いた主導者にほかならない。
  この点,弁護人は,妻Fの殺害が突発的に行われたもので計画性に欠けることはもとより,A会長親子殺害計画においても,妻Fの存在を全く考慮していないなど,犯行は場当たり的で計画性に乏しいものであったという。確かに,妻Fの殺害は予定外のものであり,A会長親子の殺害計画も緻密とまではいえない。しかしながら,既に記載したとおりの謀議状況や準備状況からすれば,一定程度の計画性を肯定できる上,妻Fの殺害はB専務殺害計画の完遂のためであるから,突発的であったことを過度に有利に斟酌することは相当でない。
5 本件の量刑判断における最大の問題点は,犯行動機とその形成に至るまでの経緯の評価である。弁護人は,仮に期待可能性が否定されないにしても,A会長一家殺害は,先行する遺体遺棄事件の被害者であるGに始まり,A会長親子による奴隷的な拘束,支配を受けていた被告人が,妻子の元に帰りたい一心で,共に虐げられていた共犯者らと連帯してA会長親子に反撃したものであって,A会長親子にも大きな落ち度があり,被告人の犯行動機には同情すべき事情がある,利欲目的による典型的な強盗殺人とはいえない点に本件の本質があり,極刑を回避すべきであると強く主張し,ここにおいて,市民感覚を反映してほしいと訴えている。
  確かに,関係証拠によっても,弁護人が指摘する事情には,一面の真理があることは否めないが,家族の元に帰りたい,A会長親子から解放されたいという自己の希望を,解決のため何らかの手だてを試みることなく,3名を殺害することによってこれを果たそうというのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである。弁護人は,妻Fまでも殺害したことは,さほどに被告人が追い詰められていた証左であると論難するが,被告人は,B専務の殺害を貫徹するために,妻Fを殺害したのであって,自らの利益のために,何の落ち度もない生命を犠牲にしたと評価せざるを得ない。また,本件が,利欲目的に駆られた犯行ではないとしても,被告人らは,遺体の運搬などを引き受けた共犯者Eへの報酬を工面するほか,犯行後の自分達の生活費に充てるため,現金を強取して山分けすることをも企図し,被告人も共犯者間で遜色のない分配に与っているのであるから,利欲目的が全くなかったとはいえない。
  以上のように,A会長親子からの支配が犯行動機形成につながっていることや利欲目的が副次的であったことは,量刑上考慮するにしても,極刑回避の決定的な事情とすることまでは相当でない。さらに,弁護人は,A会長一家殺害は,□□という閉鎖的,反社会的な特殊な環境下で引き起こされたものであるから,一般社会に与えた影響は比較的軽微であるともいうが,特殊な環境下で行われた犯罪であるからといって,殺人を正当化することはできない。
6 最後に,被告人に有利に斟酌すべき事情がないか慎重に検討することとする。先行する遺体遺棄事件は,B専務の指示によるものであり,被告人は従たる地位にあったことは否定できない。被告人が,警察による事情聴取を受けて,会長一家殺害等を自供したことが全容解明につながっている。公判廷において,妻Fやその遺族に対して,謝罪の気持ちを表明し,A会長親子についても,経緯はともかく,殺害という手段を選択したことについては自らの非を認めている。妻が,情状証人として出廷し,陳謝すると共に,被告人が家族思いの夫であり父親であることを訴え,今後の被告人を支えていきたい旨証言している。被告人には,前科がなく,これまで犯罪とは無縁の生活を送ってきた。これらの事情は,被告人のために,相応に斟酌することができる。
7 以上,縷々検討してきたように,本件各犯行の罪質,動機,態様の悪質性,結果の重大性,遺族の処罰感情,各犯行における被告人の役割の重要性,犯行後の諸事情等に鑑みると,被告人の刑事責任は誠に重く,前記の有利な事情を最大限考慮し,共犯者間の刑の均衡を念頭に置きつつ,かつ,極刑が真にやむを得ない場合にのみ科し得る究極の刑罰であることに照らしても,被告人に対しては,死刑をもって臨まざるを得ないと考える。
(求刑 死刑)
  平成24年1月24日
    長野地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官  高木順子
           裁判官  菅原 暁
           裁判官  北澤眞穗子

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