伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

2014年08月

 斎田秀樹の高裁判決が、裁判所のHPにアップされているので、紹介する。
 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/730/083730_hanrei.pdf 
 斎田は、強盗殺人および死体遺棄の罪名で起訴された。伊藤、松原、池田は、長野地裁で死刑を求刑され、いずれも2011年に死刑判決を受ける。斎田は2012年に長野地裁で公判がひらかれ、真島事件の被告人の中で唯一、無期懲役を求刑された。2012年3月27日に下された判決は、懲役28年であった。
斎田は、金銭的利益を得るために犯行に加担した。とはいえ、斎田の行った行為は、重要なものではなかった。伊藤に対し「被害者に睡眠薬を飲ませる」という助言を行い、睡眠薬を渡した。そして、200万円目当てで死体遺棄を行った。計画の詳細は、伊藤に聞かなかったらしい。役割の小ささが、無期懲役から減刑された理由であろう。
 東京高裁では村瀬均裁判長の審理を受け、罪名を強盗殺人幇助と認定された。罪名変更に伴い、一審の懲役28年を、懲役18年へと減刑された。高裁判決日は、2013年5月28日である。さらに上告したが、2013年9月30日、上告棄却された。
 斎田は金父子から犯罪被害を受けておらず、利欲目的で事件に関与した。そのため、金父子の犯罪についての言及は少ない。それでも、判決文の中には、伊藤らの犯行動機についても、以下のような指摘が存在する。

『確かに, 正犯者ら(注・伊藤たち殺害実行犯)は, D 親子から暴力的な扱いを受けたり生活や行動を束縛されたりして, 思い悩み, 耐え難い心境になるとともに, 怒りや恨みの気持ちから強盗殺人に及んだ面があることは否定できない。』
判決文22P
『正犯者らの行為についても, 上記のような正犯者らとD 親子の関係に起因するものであって, 金品奪取を目的とした典型的な強盗殺人とは異なることなどの事情が存する。』
判決文23P

 松原智浩の東京高裁判決の全文を、以下に掲載する。
 なお、引用元は判例秘書であるため、関係者全員は仮名になっている。
 Aは伊藤和史、Fは金文夫、Dは金良亮、Gは池田薫、Hは斎田秀樹、Iが楠見有紀子である。
  松原が、被害者らからどのような被害を受けていたかだけではなく、伊藤の被害、金父子の手がどれほど遠くまで及んでいたかについて、書かれている。
 ただ、松原が金父子のもとから逃げることができたか、金父子と警察のつながりについてなど、被告側の主張に根拠を示さず判断を下していると思える点もある。また、これは控訴棄却の判決文である。一審と比較すれば詳細に認定を行っていても、長野地裁の認定を正当化する文脈で書かれている。そのような限界を認識したうえで読んでいただければ幸いである。


       強盗殺人,死体遺棄被告事件
【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成23年(う)第859号
【判決日付】 平成24年3月22日

       主   文
 本件控訴を棄却する。
       理   由
 1 本件控訴の趣意は,主任弁護人宮田桂子及び弁護人大槻展子共同作成名義の控訴趣意書,控訴趣意補充書,控訴趣意再補充書,「控訴趣意書・同補充書・同再補充書等の訂正」と題する書面及び控訴趣意第3補充書(弁論を含む。なお,弁護人は第1回公判において,①控訴趣意書中,第2に刑訴法381条に違反する旨の記載があるが,これは,同第6と併せて量刑不当を主張する趣旨である旨釈明したほか,②平成23年8月23日付け事実調べ請求書4の第3の3(2)記載の事項は,被告人とAとの関係について,控訴趣意第3補充書の内容を補う事実として主張する旨釈明したので,同請求書の当該部分も引用する。)に,これに対する答弁は,検察官矢吹雄太郎作成名義の答弁書に,各記載のとおりであるから,これらを引用する。
 論旨は,刑訴法377条1号の事由,訴訟手続の法令違反,事実誤認及び量刑不当の主張である。
 そこで,原審記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
 2 刑訴法377条1号の事由の主張について
 所論は,要旨,裁判員の参加した裁判(以下「裁判員裁判」という。)は,(1)司法権の担い手として裁判官のみを予想して設計されている憲法の予想しない制度であり,公平な裁判所を構成する制度的保障を欠くのに,被告人の選択の余地もないまま裁判員裁判を押し付けており,憲法32条,37条1項に違反し,(2)裁判員選任手続における不適格事由等の有無の判断は,基本的に裁判員候補者の自己申告によらざるを得ず,同事由等のある者を排除し得ているか検証できないから,公平な裁判所でない疑いがあって憲法37条に違反し,このような裁判員の参加した原裁判所は,法律に従った適正な裁判所を構成していたといえない疑いがある,として刑訴法377条1号の事由がある旨主張する。
 しかしながら,(1)については,憲法は,その制定の経緯,規定の文言,趣旨等に照らして,刑事裁判における国民の司法参加を許容しており,憲法が定める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り,その内容を立法政策に委ねていると解されるところ,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)による裁判員制度においては,公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が制度的に保障されているなど,上記の諸原則が確保されているから,憲法32条,37条1項に違反せず(最高裁平成23年11月16日大法廷判決・裁判所時報1544号373頁参照),このように憲法に適合する制度による審理裁判を受けるか否かについて被告人に選択権が認められていないからといって,憲法32条,37条1項に違反するものでもない(最高裁平成24年1月13日第二小法廷判決・裁判所時報1547号51頁参照)。
 (2)についても,裁判員制度においては,裁判員の選任等の手続に関し,選任から判決に至るまで公平な裁判所を構成するための制度(裁判員法13条から37条,41条,43条等)が確保されており,制度的に公平な裁判所における裁判が行われることが保障されているから,憲法37条等には違反しない(上記最高裁平成23年11月16日大法廷判決参照)。所論は,現在の選任手続の運用上,個別質問が十分に行われておらず,不公平な裁判をするおそれのある者を排除し得ていない運用違憲の状態が生じているという。しかし,裁判員候補者に対する質問をどのような方法でどの程度行うかは,裁判長が,事案の特質,予定されている審理の内容等も勘案しつつ,不適格事由等の有無を判断するのに必要な範囲内で,裁判員候補者のプライバシー等にも配慮しながら決すべきものであるところ,本件における裁判員等選任手続においては,あらかじめ選任手続期日への呼出しの際に送付した質問票により欠格事由,就職禁止事由,辞退事由等について質問し,選任手続期日当日の質問票で不適格事由等についても質問し,それらに対する回答を踏まえて,裁判員候補者への全体質問を実施して上記各事由について再度確認的な質問を行った上で,さらに必要があると認められた者に対しては,個別質問を実施して,主に辞退希望の有無やその理由等についての質問が実施されており,原審弁護人等から,質問方法や質問事項等について格別の要求や異議の申立て等がなされた形跡もない。所論は詳細な個別質問の必要性等を強調するが,原裁判所の措置が選任方法等に関する裁量の範囲を逸脱するものといえないことは明らかであり,当該質問手続は相当なものと認められ,違憲でないことはもとより,違法,不当な点はない(なお,原審においては,評議期間中に補充裁判員から裁判員法44条1項による辞任の申立てがあり,これに基づいて同人が解任されている(同条2項)ことなどからしても,裁判員法に則り公平な裁判所を確保する運用が適切に実施されているものとうかがわれる。)。
 そのほか,所論が種々主張するところを子細に検討しても,いずれも理由がなく採用できない。論旨は理由がない。
 3 訴訟手続の法令違反の主張について
 (1) 憲法違反の主張について
 所論は,要旨,①原判決には,国際人権B規約の法理に反し,憲法13条,14条,19条,21条,31条,36条に違反する無効な刑罰である死刑を適用した訴訟手続の法令違反がある,②裁判員裁判は,前記2の論拠のほか,(ア)裁判員になる国民に憲法に定めのない義務を押し付けるものとして,憲法13条,29条,21条に(イ)死刑判断への加担を強いて意に反する苦役に服させるものとして,憲法19条,20条,21条,18条,13条に,(ウ)検察官が圧倒的に優位になるように設計され,被告人に著しく不利益な運用がされており,憲法31条,37条に,それぞれ違反するものであり,このような憲法違反の手続により行われた原裁判所の訴訟手続には法令違反がある,③被害者参加制度は,刑事裁判に,無罪推定の原則とは相容れない加害者と被害者の対立をもたらすものであり,特に裁判員裁判においては,被害者参加により裁判員の受ける悪影響が甚だしく,憲法31条に違反するから,被害者参加制度のもとで行われた原裁判所の訴訟手続には法令違反がある旨主張する。
 しかし,①については,死刑制度がその執行方法を含めて憲法13条,31条,36条等の各規定に違反しないことは,既に確立した判例(最高裁昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,同昭和30年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,同昭和36年7月19日大法廷判決・刑集15巻7号1106頁等参照)であり,所論を踏まえて検討しても,いまこれを変更すべき理由はない。
 ②については,裁判員制度の違憲性に関しては,2で説示したとおりであるほか,裁判員の職務に従事することは,司法権の行使に対する国民参加という点で参政権と同様の権限を国民に付与するものであり,個々人の事情に応じるなど辞退に関し柔軟な制度を設け,旅費,日当等の支給により参加の負担を軽減するための経済的措置が取られていることなどからして,憲法18条(後段)が禁ずる「苦役」には当たらないことが明らかであり(上記最高裁平成23年11月16日大法廷判決参照),これまで説示したところや上記判例の趣旨等に照らして,所論指摘のその余の憲法の各条項に違反するものでもない。また,評議の秘密が保護されていることや,裁判員を特定するに足りる情報を公にすることを原則として禁止し,裁判員への威迫行為を刑罰で禁止するなどの裁判員を保護するための措置が整備されていることなどをも勘案すると,裁判員の職務は,死刑判断を伴う場合であっても,上記同様に所論指摘の憲法の各条項に違反しない。なお(ウ)の主張内容の実質は,裁判員裁判特有の問題ではなく刑事訴訟手続一般に関するものであって,そもそも裁判員制度固有の違憲性に関する主張としては失当であり,いずれにせよ憲法違反というべきものでもない。
 ③については,被害者参加制度は,平成16年12月に成立した犯罪被害者等基本法において,「刑事に関する手続への参加の機会を拡充するための制度の整備」を国の責務として定められ(同法18条),これを受けて平成17年12月に閣議決定された犯罪被害者等基本計画において,犯罪被害者等が刑事裁判に直接関与することのできる制度の検討及び実施等が示されたことにより,平成19年6月に成立した犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(同年法律第95号)により創設された制度である。犯罪被害者等基本法3条1項が「すべて犯罪被害者等は,個人の尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と定めるように,犯罪被害者等は,その被害に係る刑事裁判の裁判手続においても,その尊厳にふさわしい処遇を保障されるべきところ,犯罪被害者等が「事件の当事者」として,刑事裁判の推移や結果を見守るだけではなく,これに適切に関与したいとの心情は,十分に尊重されねばならない。このような理念の下に成立した被害者参加制度ではあるが,被告人の防御権にも配慮し,裁判所が,犯罪の性質,被告人との関係その他の事情を考慮し,相当と認めるときに被害者参加を許可し,公判期日への出席,証人尋問,被告人に対する質問,事実及び法律の適用についての意見の陳述等の個々の訴訟活動を行うに際しても,裁判所が相当と認めるときに許可することとしているのであり,被告人の防御権が不当に侵害されないようにするための制度が適切に整備されている。また,被害者参加制度によっても,被告人が有罪と推定されてそのように扱われるというわけではないから,無罪推定の原則に反することはなく,その担保として,被害者参加人の違法・不当な質問や意見陳述等は,裁判長が制限する取扱いになっている。そして,裁判員裁判における事実認定及び量刑に際しては,裁判員の心証に不当な影響が及ばないよう,その理をわきまえた裁判官が裁判員とともに構成する合議体において,慎重な評議に基づいて決定することとされている。以上からすると,被害者参加制度を論拠とする違憲の主張も理由がない。
 この点に関する弁護人のその余の主張について検討してみても,いずれも理由がない。論旨は理由がない。
 (2) 審理不尽の主張について
 所論は,要旨,原判決は,本件には死刑を言い渡すべきではない事情が多数存在するのに,いわゆる永山判決(最高裁昭和58年7月8日第二小法廷判決,刑集37巻6号609頁)で示された基準を形式的にあてはめただけで,死刑回避の可能性について,わずか5期日の審理で評議も3日間と十分に時間をかけず,特に証拠調手続においては,厳格な審理計画を立てすぎて十分な証拠調べがされず,本件特有の本質的な事項まで掘り下げ死刑回避の可能性について真摯に検討しないまま,死刑判断をした審理不尽の判決で,訴訟手続の法令違反がある旨主張する。
 しかし,十分に時間をかけていない旨いう点については,原裁判所は,公判前整理手続において,審理や評議に必要な時間について,当事者の意見を十分に聴取した上で,最終的な日程を定めていったことがみてとれるのであって,これに対して,両当事者とも異議を述べてはいないのであるから,今更その日程が不十分であったなどと主張すること自体が失当であるといわざるを得ない。確かに原裁判の審理及び評議の時間は所論指摘のようなものではあったが,公判前整理手続の中で争点や証拠が整理されており,裁判員を含めた原裁判所の合議体の構成員が,その期間中本件に集中して審理及び評議に臨み,最終的な結論を下していったものとみられるから,その審理や評議が不十分で,審理不尽の裁判であったなどということはできない。
 また,所論は,(ア)死刑求刑が予想される事件で,実際に死刑を言い渡す以上は精神鑑定を必要的になすべきであるのに実施されず,(イ)弁護側証人Cが尋問予定期日に不出頭であったためか,撤回されて取り調べられず,(ウ)弁護人側の情状証人の尋問時間が短すぎて,被告人の生育環境や人となり等が十分に引き出せず,(エ)被告人質問の時間も不足し,再主質問の最後になって,本件の被害者D(以下「D専務」という。)が暴力団の兄貴分を殺害し,本件の共犯者A(以下「A」という。)とともに死体遺棄に及んだ事情が出てきたのに,時間制限により中途半端に終えられてしまったなどとして,証拠調べが不十分であったという。しかし,(ア)については,個々の事案の内容,被告人の具体的状況等に関連する事柄であり,本件において,当事者からの請求もないのに被告人を精神鑑定に付さなかったことが審理不尽になるとはいえない。次に(イ)ないし(エ)についてみると,原審弁護人の意見も踏まえて決定された事項に関することであり,弁護人から何ら異議等も出されておらず,具体的な審理の状況下で原裁判所の訴訟指揮等に違法不当な点があったともみられない。原裁判所は,弁護側証人については,一部検察官の異議にもかかわらず,申請された4名全員を採用し,被告人質問についても,検察官からの異議申立てにもかかわらず,所論指摘の事情に関する質問を許可しているのであって,証人の尋問請求の撤回や被告人質問中の所論指摘の事情に関する質問内容,程度等は,いずれも原審弁護人自らの判断によるものである。これらの事情に照らすと,(イ)ないし(エ)についても審理不尽というべきところはない。
 さらに,その余の死刑を言い渡すべきではない事情に関する個々の主張等については,実質において事実誤認ないし量刑不当の主張とみられるから,後記4で判断する。
 論旨は理由がない。
 (3) 実質的当事者主義に対する配慮の欠如の主張について
 所論は,要旨,①検察官と原審弁護人との間で冒頭陳述等におけるプレゼンテーション能力に格差があるのに,裁判所が原審弁護人に対し相当の準備をするように促さず,訴訟指揮が不十分であったために,被告人に不利益な判決となった可能性がある,②裁判所の国選弁護人の複数選任に対する配慮が不十分であったため,検察官は公判において4名が関与するなどしたのに,原審弁護人は2名にすぎず,力量に差があった,③裁判所の釈明権行使の懈怠等により争点の絞り込み方に問題があり,裁判員の被告人に対する心証が害され,量刑に反映された可能性が高いなどとして,原裁判所の訴訟手続には法令違反がある旨主張する(証拠調べに審理不尽がある旨の主張については,上記(2)で併せて判断した。)。
 しかし,①については,実際に原審の検察官と弁護人との間でプレゼンテーション能力に差があったかどうかは定かでなく,ましてそのために被告人に不利益な判決がもたらされたとの疑いを入れる事情は全くうかがえないから,所論は,その前提を欠いている。そもそも,当事者主義の訴訟構造の下においては,当事者は,自らの判断と責任の下に独立して訴訟活動を行うべきものであり,裁判所がその具体的な方法や準備等についてむやみに介入するのは相当ではなく,検察官や弁護人の行う冒頭陳述,論告,弁論等の訴訟行為について釈明義務を負うのは,よほど例外的な場合に限られるといわなければならない。
 ②については,立証責任の分配や活動内容の相違等に照らしても,公判等に関与した人数の多寡のみによって,直ちに検察官と弁護人の力量に差があったなどといえないことは明らかであり,所論は,その前提を欠くものといわざるを得ない。なお,原審の国選弁護人の選任状況をみると,被疑者段階で被疑者国選弁護人1名が当初選任された後,同弁護人から裁判所に対し国選弁護人の追加選任の申入れがされ,これを受けて裁判所が1名の被疑者国選弁護人を追加選任し,当該2名の弁護人が起訴後も被告人の国選弁護人として活動しているところ,特にその後さらなる追加選任の申入れ等はされていない。原裁判所の国選弁護人の選任に,問題とすべき事情は存在しない。
 ③については,上記①同様,当事者主義の訴訟構造の下においては,争点の設定や主張の取捨選択,証拠調べの請求,撤回等は,第一次的には当事者の判断の下に行われるべきものであり,弁護人の訴訟活動が被告人の実質的な弁護人選任権を損なうといえる程度に不当,低調なものでない限り,裁判所がむやみに介入するのは相当でない。本件において,原審弁護人が自らの判断で行った訴訟活動に対して,裁判所が釈明権等を行使しなかったことが違法であったなどとはいえない。
 以上のとおり,①ないし③の主張は理由がなく,この点に関する弁護人のその余の主張について判断してみても,いずれも理由がない。論旨は理由がない。
 4 事実誤認及び量刑不当の主張について
 論旨は,原判決の事実誤認をいうほか,被告人を死刑に処した量刑は重すぎて不当である,というのであるが,事実誤認の点も量刑事情に関する主張であるから,量刑不当の論旨に沿って検討し,適宜必要な範囲で事実誤認の論旨についても判断することとする(なお,所論がAの追い込まれた状況等について種々主張する点については,あくまで被告人の刑事責任に関連し,影響を及ぼす限度で考慮されるべきものである。)。
 (1) 本件は,高利貸しを本体とし,建設,水道設備等を経営するE(以下「E」という。)会長F(以下「F会長」という。)及びその息子であるD専務の支配下に入り,その従業員となっていた被告人が,いずれも同僚のA,同G(以下「G」という。)及びAの知人であるH(以下「H」という。)と順次共謀の上,①D専務を昏睡させた上で殺害し,その管理する現金等を強奪しようと企て,平成22年3月24日午前1時20分頃,長野市内のF会長宅2階ホール脇の寝室において,睡眠導入剤を混入した雑炊をD専務(当時30歳)に食べさせて昏睡状態に陥らせた上,午前9時10分頃,A及びGが,D専務に対し,殺意を持って,ロープを頚部に巻き付け,両端を強く引っ張って絞め付け,その頃,頚部圧迫により窒息死させて殺害し,午後10時30分頃,被告人がF会長宅2階隠し物置内からD専務管理の現金約281万円を強取し【原判示第1】,②D専務を昏睡状態に陥らせたところを,その妻I(当時26歳,以下「妻I」という。)に不審を抱かれ,D専務に対する強盗殺人を成功させるためには,妻Iをも殺害するしかないと決意し,同日午前8時50分頃,F会長宅2階ホール脇の居間において,殺意をもって,Aが,妻Iに対し,背後からいきなりロープを頚部に巻き付け,ロープの両端を強く引っ張って床面に転倒させた上,さらにA,G及び被告人が,ロープの両端を,代わる代わる強く引っ張って絞め付け,その頃,頚部圧迫により窒息死させて殺害し,上記のとおり,D専務管理の現金約281万円を強取し【同第2】,③F会長を殺害してその所有する現金等を強取しようと企て,同日午前9時25分頃,F会長宅2階奥の居間において,A及び被告人が,リクライニングソファーに眠っているF会長(当時62歳)に対し,殺意をもって,ロープを頚部に巻き付けた上,両端を強く引っ張って絞め付け,その頃,頚部圧迫により窒息死させて殺害する傍ら,F会長のバッグ内等からその所有する現金約135万円を強取し【同第3】,④犯跡隠蔽のため,殺害した3名の遺体を遺棄しようと企て,同日午前9時40分頃から午前10時30分頃までの間,F会長宅において,3名の遺体をバッグに押し入れた上,普通乗用自動車のトランクや後部座席に押し込み,同市内の倉庫まで運んだ上,午前11時15分頃,同所において,3名の遺体を普通貨物自動車後部荷台に積み替え,翌25日朝,愛知県西尾市内の資材置き場まで運んだ上,その頃から同日午後1時30分頃までの間,同所において,盛り土の斜面にスコップで掘った穴に3名の遺体を順次入れ,覆土して押し固め,もって3名の遺体を遺棄した【同第4】,という強盗殺人,死体遺棄の事案である。
 (2) 本件の量刑上,重視すべき事情及びその評価について原判決が「量刑の理由」の項において説示するところは,結果の重大性を重視する点を含めて,おおむねこれを是認することができる。そこで,以下,原判決の順序に沿って検討していくこととする。
 ① 結果の重大性について
 まず,本件においては,同一の機会に3名の尊い命が奪われており,その結果は誠に重大である。とりわけ,妻Iは,被告人らにとって本来殺害の対象ではなく,恨みもなかったはずであるのに,D専務を殺害するのに邪魔になったからなどという理不尽な理由から,その巻き添えになって殺害されたものである(しかも最初にIを殺害したことにより,被告人らにおいて,引き続きF会長及びD専務と一家3名を殺害することが既定路線として確定した。)。わずか26歳という若さで突然命を失った同女の無念さは察するに余りあるものがあり,絶命するまでに受けた肉体的苦痛も大きなものがあったとうかがわれる。D専務は睡眠導入剤により昏睡状態にあり,F会長も睡眠中で,いずれも最も安全であるべき自宅で無防備の状態のところを突然襲われて落命したもので,同じくその無念さは甚だ大きいものがあったと察せられる。さらに,いずれも殺害後は土中に遺棄されるなどして,発見時には変わり果てた姿となっていた。遺族らの受けた衝撃は大きく悲しみは深く,犯人に対する強い怒りを訴え,被告人に対しても極刑を望んでいる。本件はマスコミでも広く報道され,社会一般に与えた影響も大きい。
 所論は,F会長及びD専務(以下,この両名を併せて「F親子」ともいう。)は悪逆を尽くしていたのであり,逆に被告人らが殺害された可能性も否定できず,被告人らが殺害することによって救われた者があったといっても過言ではないから,他の事件と同様に単純に3つの命が失われた事件とは考え得ない事情があるなどと主張する。しかし,被告人らが殺害される可能性があるような状況ではなかったし,F親子の生前の行状がどうであれ,殺害されねばならないような害悪を加えていたわけでもない。本件の経緯や動機に被害者らの日頃の言動に触発された面があったとしても,およそ亡くなってもいい命などあるはずはなく,3名の命が奪われた本件の結果は他の事件の場合と異なることなく,誠に重大というべきである。
 ② 犯行の計画性及び態様の残虐性について
 次に,本件の犯行態様等についてみると,被告人とAは,犯行の約1か月前から,F親子を殺害しようと話し合い,殺害した死体の隠し場所等を考えるうちに,Aの知人のHに依頼することを決め,その謝礼金を入手するためにF会長の現金等を奪うことにし,また,Hに依頼して睡眠導入剤を入手したり,ロープを購入するなどして首を絞めるための準備を整え,直前にはGをも引き入れて犯行に及んだものであり,F親子に対する本件強盗殺人及び死体遺棄は計画的犯行と評価される。また,3名の殺害方法は,それぞれ単独でいた無防備な被害者に次々と襲いかかり,2人又は3人がかりで,突然首にロープを巻き付けてその両端を持ち,力一杯絞め上げ,死亡を確信するまで十数分もの間執拗に絞め続けたというもので,冷酷かつ非情な態様の犯行である。その後,おおむね計画したとおり,F会長のバッグや同人宅の物置等を物色して現金を奪取しつつ,被害者らの死体を次々とバッグに詰めて自動車に乗せ,最終的には県外の資材置き場まで運搬し,折り重なるようにして土中に埋め込むなど死者の尊厳を冒す行為に及ぶ一方,発覚を免れるべく素知らぬふりを装うなどしており,卑劣かつ悪質というほかない。
 (ア) 所論は,本件犯行は,およそ計画的なものとはいえず,Aが後先を考えずに場当たり的に行動し,被告人はそれに振り回されていたにすぎず,周到で緻密なものとはいえないから,「F会長及びD専務に対する強盗殺人は計画的である」とする原判決の認定には事実の誤認がある旨主張する。
 確かに被告人とAは,事前にF親子の殺害方法や殺害後の死体の処理等について綿密な打合せまではしておらず,本件の前日から殺害の機会をうかがい,麦茶に睡眠導入剤を混入して飲ませようとしたり,ロープを使って殺害行為に及ぼうとしたりしたものの,いずれもうまくいかず,F会長宅でD専務から夜食を求められ,成行きで睡眠導入剤入りの雑炊を食べさせたことから,結局朝になっても眠り込んだままの同人の状態を心配する妻Iをも殺害することにし,急遽Gを犯行に引き入れて,殺害行為に及んだことなどがうかがわれ,その具体的な殺害計画等は相当にずさんで,主にAが場当たり的に思いついたことに被告人も追随して,実行していったものとみられる。この点は,あらかじめ用意周到かつ綿密に,特に妻Iまでも殺害する計画を立てて,その計算通り冷静に犯行に及んだ事案ではないという意味では,それなりに斟酌することも可能である。しかし,それにしても,被告人とAは,約1か月前からF親子の殺害について相談をし始め,殺害後の死体運搬役等としてHを引き入れたり,睡眠導入剤やロープ等を準備し,犯行当日にはHをあらかじめ愛知県からわざわざ呼び出してもいるのであるから,犯行に至るまでの一連の経緯を全体としてみたとき,F親子に対する強盗殺人が計画的である旨認定判示した原判決に誤りは認められず,所論は採用できない。
 (イ) また,所論は,本件の殺害方法はロープで被害者らの首を絞めて殺したというものであり,刃物などを使用したものではなく,原判決が残忍性を強調するのは疑問であり,他事件と比べて極めて残虐とは到底判断することはできない旨主張する。しかし,出血量等が少ないといった意味での凄惨さは低いとしても,原判決も他の殺害方法と比較して極めて残虐であったとしているわけではなく,上記のとおり本件の犯行態様が,3名もの被害者を次々と,絶命したことを確信するまで複数で執拗に絞め付ける方法で殺害していることなどからして,冷酷で非情なものであることは否定しがたいから,所論のいう批判は当を得ていないといわざるを得ない。
 ③ 被告人の地位,役割について
 被告人は,計画当初の段階からAの相談相手となり,Hへの報酬支払のためにF会長宅の現金奪取を提案するなどし,殺害現場では妻Iの首に巻いたロープを絞め続けてとどめを刺したり,AとともにF会長の首に巻き付けたロープの一端を引っ張って絞め上げるなどしたほか,F会長宅内の物色等を一人で行って現金合計410万円強を奪取するなど,本件犯行の遂行にあたり重要な地位にあって,必要不可欠な役割を果たしたものというべきである。確かに,本件の首謀者はAであり,被告人は,Aに従属した地位にあったこと,犯行前日にF会長を殺害しようとした際には被告人が躊躇したために果たせず,妻I殺害についても最後まで躊躇する姿勢を示したことなども認められるが,上記のような被告人の地位及び現に果たした役割からすれば,被告人がAより下の地位にあり,犯行遂行を躊躇する態度を示したことなどをもって,その刑事責任を減弱する決定的な理由とすることはできないとする,原判決の評価に誤りがあるとは認められない。
 (ア) 所論は,被告人を本件犯行に誘ったのはAであり,Hを誘い入れて,死体の処分場所を探させたり,睡眠導入剤を準備させたり,それをD専務に飲ませたりしたのも,Gを犯行当日呼び出すことにしたり,妻Iの殺害を思い立ったのもAであって,被告人はその指示に従ったもので大きな役割を担っていないのに,原判決が,被告人が重要な地位にあった,とするのは不当である旨主張する。
 確かに所論指摘の事柄はAが主導的に行っており,被告人は,Aに引きずられるようにして犯行に及んでいったといえる面があり,本件ではAの地位が被告人に比してより重要であることは明らかである。しかし,もともとF親子の殺害を最初に口にしたのは被告人の方で,それをきっかけとしてAが本件犯行を企図した経緯があり,Aとしても一人では本件犯行を遂行することは不可能であり,被告人が自ら述べるように,被告人においてAに同調し,共に遂行する意思を示したからこそ,Aにおいてもそれに力づけられて計画を練り,被告人に相談しながらその準備を進めていって,完遂するに至ったといえるのであり,その準備段階から被告人の存在が必要不可欠であったことは否定できない。また,被告人とAとの関係は,被告人の方が年上でEでの職歴も長く,職場内でも日常的な付合いの面でも,対等か,あるいは上位の地位にあったのであり,本件犯行に際しても,Aに命令されるような立場にはなく,Aの指示を断ろうと思えば断れたはずである。被告人は,あくまでも最終的には,自分の意思で自らの目的を持って本件犯行に及んだものであり,準備段階においては,Aの精神的な支えとなるとともに,ときには有益な意見を授けたりし,実行段階においては,A一人ではできない実行行為を分担するという重要な役割を担ったものというべきであるから,所論は採用できない。
 (イ) また,所論は,被告人が妻Iの首を絞める前に,同人は既に手遅れの状態にあったものと思われ,Aに指示されて無我夢中で妻Iの首を絞めた被告人の行為を,「無慈悲にも最後にとどめを刺すような所業に出ている」とする原判決の説示は誤っている旨主張する。
 しかし,関係証拠によれば,最後に妻Iの首を絞めた際,同人が時折「グー」といういびきのような音を出していたのに,被告人は心臓が止まるまで首を絞め続けたことが認められる。前後の状況も勘案すると,被告人において,いくら無我夢中であったとしても,自らの行為が妻Iのとどめを刺すものであると承知しつつ,絞め続けたことは明らかであるから,無慈悲な行為であったといわれてもやむを得ず,原判決の説示に誤りはない。所論は採用できない。
 ④ 犯行の経緯及び動機について
 本件犯行に至る経緯や動機についてみてみると,被告人は,交際していた女性との結婚をF会長らに許してもらえないであろうし,長年支配されてきた同人らに対する積年の恨みを晴らしたいとの思いもあって,本件に及んだとしている。確かに,被告人が,F親子の支配下に入り,高利貸しを本体としたEの水道設備部門等の従業員として,長年F会長宅に住み込んで働いてきたものの,かねてよりF親子から,給料の不当な天引きをされたり,ときには暴力的な扱いを受けたりしながら,文句も言えずに我慢を強いられていた事情があり,また,女性との結婚のためF会長のもとを離れたいが,たやすく許されるはずがなく,多額の現金を要求されたり,暴行を受けたりし,両親らに累が及ぶかもしれないなどと思い悩んでいたことなどが本件犯行につながったと認めることができる。
 そして,当審で実施した証人Aの尋問やそれも踏まえた被告人の当審公判供述等も併せて更に検討すると,F会長は,非常に短気で些細なことでも怒り出し,周囲から恐れられていたこと(明確な裏付けはないが,少なくとも被告人は,本件当時もF会長が暴力団に所属し,幹部の肩書きを持っていると思っていた。),D専務も元暴力団員で性格は粗暴であり,被告人自身鉄パイプで殴られるなどの暴力を受けたことがあったこと,F会長らが営む高利貸しは,いわゆる闇金融といわれるもので,その取立方法は厳しく,借金を返さない債務者に対しては,暴力を加えてでも取立てをし,平成19年には,D専務の取立てに同行した際,被告人もD専務に加勢して債務者に対する暴行に及んで,D専務とともに恐喝及び傷害の罪で有罪判決(執行猶予付き懲役刑)を受けていたこと,借金を返さないまま逃げ出した債務者の居場所調査は,長野県内だけでなく,大阪や神奈川にまで及ぶこともあり,被告人は,日本中のどこへ逃げてもF会長らのもとからは逃げられない,仮に自分だけが逃げ切れても長野市内にいる家族に危害が及ぶのではないかと考え,逃げるに逃げられない心境にあったことなどの事情が認められる。同様にAもF親子の支配下にあって,Eの従業員としてF会長宅に住み込みで働かされていたが,被告人以上に束縛が厳しく,休日も自由な外出ができないほどであったこと,さらに,Aは,明確な裏付けまではないものの,以前にD専務が暴力団の兄貴分の男を射殺した現場に居合わせて,その直後の状況を目撃し,D専務に命じられて死体を隠す手伝いをさせられたことがあり,その口封じのためもあって動静を監視されており,D専務のもとから逃げ出したりすれば,いつか自分も殺されるのではないかと考えていたことなどの事情が認められる。
 上記のようなF親子の行状を間近で見たり,自ら理不尽な扱いを受けたりしてきたことにより,被告人及びAらが思い悩まされ,耐え難い心境に陥るとともに,積年の恨みを晴らしたいという思いを持ち,それが本件犯行につながった面があることは否定できないと認められ,このような被害者側の事情や経緯は,被告人にとって酌むべき事情として相応に考慮されてしかるべきである。
 しかし,そうはいっても,以上のことは,妻Iの殺害については,何ら酌量する事情とはならない。そして,原判決も説示するとおり,被告人らは,F会長らのもとで働き,同人方に住み込んでいたことにより,住まいは確保され,食事についても妻Iに弁当や夕食を作ってもらい,旅行や飲食店等に連れて行ってもらったりするなど,それなりの恩恵を受けていたことは否定できない事実である。また,被告人は,交際女性との結婚やEからの離脱について,F会長らに申し出て了承を得ようと努力したことはなく,Aと異なり,休日には較的自由に外出でき,家族と会う機会なども数あったにもかかわらず,家族にも相談したことは全くなかった。そもそも被告人が給料から天引きされていた原因である借金は,かつての水道設備店の同僚らが金を持って逃げてしまったためというのであるから,被告人も逃げられないと決め付けるのは早計である。それにもかかわらず,他の解決方法を何ら試みることなく,F親子を殺害することによって自己の目的を果たそうとしたのは,あまりに安易に自己の利益を被害者の生命より優先させたものである,との原判決の評価は首肯できる。
 (ア) 所論は,F親子は,暴力的性向があり,A及び被告人に対し極めて理不尽な虐待的扱いをしてきており,これが本件犯行の動機を形作ったといえ,特にAは,F親子から奴隷のようにこき使われて肉体的に限界を超え,いざとなったら殺すなどと脅されることで精神的にも追い詰められ,遂に耐えかねてF親子の殺害を思いつき,それに被告人が巻き込まれて本件に至ったものであるが,原判決は,F親子にこのような大きな落ち度があるという本件の本質を見誤っているという。
 しかし,原判決も,被告人がF親子から理不尽な扱いを受けて思い悩んできたことについては,本件では動機の評価が問題である旨明示した上で十分に言及している。確かに,Aについては特段触れられておらず,Aは,F親子から被告人以上に追い詰められたと感じ,強い恨みを持っていたことなどもうかがわれるが,被告人とは事情を異にする面がある。被告人は,Aに同情したというだけの理由で本件に及んだわけではなく,あくまでも被告人自身の,交際女性と結婚するためにはF会長らから逃げなくてはいけないとの強い思いなどから本件に及んだものである。被告人の個人的動機に関する原判決の説示に不合理なところはなく,原判決が本件の本質を見誤っているということはできない。所論は採用できない。
 (イ) また,所論は,原判決は,本件について,被告人が「安易に自己の利益を被害者の生命より優先させた」としているが,被告人は,交際女性と逃げても容易に発見されてしまうだろうし,F会長らは警察と結託しているので警察も頼れないなどと考えており,AもF親子を殺さなければ自由になれない,自分が殺されるかも知れないという切迫感の中で犯行に及んだものであり,いずれもやむにやまれぬ状況であったから,原判決の上記説示は,あまりに一面的な見方であり,誤っている旨主張する。
 しかし,上記のとおり,被告人は,外部の社会とのつながりを十分持ち得たのに家族にも相談しておらず,また,交際女性にも相談しないまま,他の考えられる方法を試そうともせずに,本件に及んだことが認められ,その得ようとした目的と複数の者の殺害という重大な結果とを対比したとき,誠に短絡的とのそしりを免れないといわざるを得ない。被告人において,F会長らが警察と結託していると真に考えていたなどとはにわかに信用できず,後記⑤でも検討するとおり,被告人が本件当時,F親子を殺害するほかないというほど,やむにやまれぬ状況であったとも認められない。A個人の状況については,被告人に影響を及ぼさない以上,特に判断する必要はないが,いずれにせよAとしても,殺されるなどという強い恐怖感を抱いていたというのなら,自分自身が罪に問われることも覚悟の上で,警察等に相談することは十分に可能であったはずである。原判決の上記説示に誤りはなく,所論は採用できない。
 (ウ) 所論は,原判決は,被告人が,F会長宅で,「数年間,衣食住に事欠かず,時には,高価な腕時計を与えられたり,酒食の支払をしてもらい,それなりに恩恵を受けて過ごしてきた」旨認定しているが,月給は一,二万円であり,衣食住に事欠かない生活等とは言えず,高級時計を与えられたといっても,実際は10万円程度の価値しかない改造時計であったから,原判決には事実の誤認がある旨主張する。
 確かに,被告人の月収は,借金の天引きのほか,部屋代,食事代等を差し引かれて,手取りでは数万円であったことがうかがわれ,新築のかなり広い部屋があてがわれ,毎日3食を提供されていたとしても,それだけで「衣食住に事欠かない生活」といえるかどうか疑問もないではないが,一応生活は保障されていたという意味では,必ずしも誤りとまではいえない。高価な腕時計が与えられたという点についても,当審における事実取調べの結果によれば,当該腕時計の価値については所論の指摘が妥当し,必ずしもさほど「高価」なものとはいい難いが,F会長からそれだけの価値の時計をもらい受けたこと自体は動かない事実であり,それがどの程度のものであったかということが持つ意味に照らすと,原判決の当該部分を取り上げて,判決に影響を及ぼすほどの事実誤認があったとはいえず,結局のところ被告人がF会長宅に住み込んでいたことでそれなりの恩恵を受けてきていたことは否定されないから,所論は採用できない。
 (エ) 所論は,原判決は,「被告人らは,死体の運搬などを引き受けた共犯者Hへの報酬を工面するほか,犯行後の自分達の生活費に充てるため,現金を強取して山分けすることを企図し,被告人も共犯者間で遜色のない分配に与っているのであるから,利欲目的に乏しかったとはいえない」としているが,本件は,F親子を殺害して排除することがそもそもの目的であり,利欲目的は副次的なもので,金銭奪取は協力者であるHへの報酬支払のためにすぎず,被告人は自らの金銭取得への関心は極めて薄く,現に受領した金銭の大半に当たる70万円をGに預けただけでなく,Aの求めに応じてHの報酬等としてそのうち30万円を惜しげもなく渡しているのであり,被告人の利欲目的は乏しいから,原判決の上記認定は誤っている旨主張する。
 しかし,被告人らの金銭奪取の主たる目的が,Hへの報酬支払のためであったとしても,ほかにHに支払う金銭を工面する当てはなかったことがうかがわれるから,本件犯行において被告人らが金銭を奪取する必要性は高く,その犯意も強固であったと認められる。そして,被害者側からみれば,どのような目的であっても財産を奪われることに変わりはないところ,その第一の使途が自らの遺体処理のためとみられることからすると,被害者としてはそのような使途は悪辣と受け止めるはずである。加えて,Hに支払う報酬だけからすると,実際に奪った金額は多すぎるし,Hへの報酬金以外は,現に被告人らで分配しているのであるから,その後の処分として一部をHへ渡したりしたとしても,被告人にもそれなりに利欲目的があったといわざるを得ない。原判決の上記認定に誤りはなく,所論は採用できない。
 (オ) なお,所論は,被告人は,Aに誘われて本件を行うに至ったものであるが,Aの誘いは当初漠然としており,被告人としては憂さ晴らしのための冗談にしかすぎないと感じられ,半信半疑で真剣に検討していたわけではないのに,Aは,被告人が同調するような言動を示すと,犯行に向けた決意を強め,犯行準備行為を加速させていき,被告人は,Aの犯行に否応なく巻き込まれていったもので,同人に利用された可能性を否定できない旨も主張する。
 確かに,本件犯行の準備行為は,ほとんどAが一人で行っており,被告人が最後まで躊躇しつつ,それに引きずられていった面がうかがわれるが,遅くとも被告人以外の者を巻き込んだ時点でAの夢想というべき段階を超えていることは明らかであり,それでも被告人はAを真剣に止めようとすることなく,むしろ,上記のとおり,被告人が自分の意思で,自らの目的を持って本件に及んだこともまた事実である。被告人自身,当審公判において,本件をAのせいにするつもりはないし,Aにだまされて利用されたとは思っていない旨述べているのである。所論は採用できない。
 ⑤ 責任能力の減退や期待可能性の減少等に関する所論について
 (ア) 所論は,被告人やAは,F親子から,長年の間,怒鳴られたり,暴力的被害にあったりするなどの虐待的扱いを受け,心理的に追い詰められ,F親子からは逃げられないという絶望的な心境に陥り,一種のマインドコントロールを受けて思考停止状態となって理不尽な命令に従うだけの機械的な生活を強いられ,本件当時は,日常的なストレスから余裕を失い,考える能力が非常に落ちて,合理的判断が十分に期待し得ない状況になっており,本件は,情動行動の発露と考えられ,そこまではいえないとしても期待可能性が減少し,責任能力が減退していた旨主張する。
 しかし,被告人らは,本件犯行について約1か月前から二人で相談し,かれこれ計画を立てたりする中で,Hを引き入れ,犯行用具の用意や犯行日を決めるなどの準備を整えていって,犯行に及んだのであるから,一時の急激な感情等に導かれた犯行などではなく,情動行動の発露とみるのは明らかに誤っている。また,被告人らを支配し,服従させていたというF親子に反抗して,主体的に同人らを殺害しようというのであるから,そのマインドコントロール下にあったというのも不合理である。本件の計画は複数人で時間をかけて重大な犯罪を敢行すべく確定していったものとしては,確かにかなりずさんで綿密なものとはいえないが,それなりに計画を立てて遺体処理の手はずまで整え,事前に遠方からそのための共犯者を呼ぶなどして犯行に及んでおり,現実に犯行を完遂させて,その後もしばらくの間は犯跡を隠蔽し得ていたことなどからしても,被告人らが思考停止状態となっていたなどというのは明らかに実情と異なった見方である。被告人が,本件当時,適法行為を期待できないような状況にあったとは考えられず,責任能力が減退していたとも認められない。所論は採用できない。
 (イ) また,所論は,原判決は,妻Iの殺害について,突発的な犯行であり,同女を殺害しなければ,被告人らの目論見が露見し,F親子からいかなる報復を受けるかもしれず,期待可能性が減少していた旨の原審弁護人の主張に対し,「犯行完遂の障害を除かんとした主体的な意図に基づき敢行されているのであって,期待可能性が減少していたなどということはできない」と判示しているが,被告人は,最後まで妻Iの殺害をためらい,既にAやGが首を絞めたことで取り返しのつかない段階に達していると感じたからこそ妻Iに手をかけたのであり,犯行完遂の障害を除かんとした主体的な意図に基づいて敢行したものではないし,睡眠薬を飲ませたことが妻Iから露見すればD専務から手ひどい暴力を振るわれると考えていたから,報復行為として殺されるかも知れないという恐怖感から犯罪を実行したA同様に期待可能性が減少しており,これを否定する原判決の認定には事実の誤認がある旨主張する。
 しかし,被告人が妻Iの殺害をためらったことはあったものの,Aと相談の上,結局は,F親子の殺害の障害になるならやむを得ないとして,妻Iも一緒に殺害することに同意し,その後はAがGを呼び出すことを了承したり,HをF会長宅近くまで誘導したりするなど,犯行実現に向けた合理的な行動を的確に行っていることが認められる。また,D専務に睡眠導入剤を飲ませてしまったことを妻Iに気付かれてしまうおそれがあったからといって,巻き添えに同人の生命をも奪ってまで,当初の計画どおりF親子の殺害を実行するという選択をする以外に方法はなかったなどとは到底いえない。事は何物にも代えがたい貴重な一命を奪うかどうかの重大事であり,その時点で犯行を中止して,速やかに警察に自首するなど,人として本来取るべき道があったはずで,被告人らにおいてそのような方途を全く見いだし得なかったとは思われない。そうすると,結局のところ,被告人らは,原判決がいうように,犯行完遂の障害を除こうとして主体的な意図に基づいて妻Iの殺害を決めてこれを実行したものといわなければならず,適法行為の期待可能性が減少していたなどとみることは相当ではない。原判決の説示に誤りはなく,所論は採用できない。
 ⑥ そのほか,所論が原判決を論難するなどして種々主張するところを子細に検討しても,いずれも理由がなく採用できない。
 (3) 他方,被告人にとって有利に斟酌すべき事情として,被告人は,本件逮捕直後から,本件について記憶しているところを素直に供述し,被害者の遺族ら宛てに謝罪文を認め,原審及び当審においても,被害者や遺族らに対する謝罪の言葉を述べていること,現在では朝夕に仏に手を合わせて被害者らの冥福を祈っており,反省と後悔の念を深くしており,その悔悟の態度には顕著なものがあること,被告人の両親が原審及び当審公判に出廷し,被害者や遺族らに謝罪するとともに,今後も被告人を支えていきたい旨証言していること,その両親は,原判決後,妻Iの父に対し,なけなしの所持金50万円を詫び金として送付し,F会長の甥(D専務の従兄弟)に対し,仏前の供え物として菓子を送付するとともに,被告人が生前のF会長から受領していた上記腕時計を送付して謝罪したこと,さらに被告人自身としても可能な慰謝の措置を図ろうとしていることなどが認められる。
 (4) 以上検討してきたとおりであって,所論の指摘にも一部は肯けるところがあり,上記のような被告人に有利に斟酌すべき事情も存在する。しかし,これらの情状を最大限考慮しても(ただし,被告人の主観的事情を過度に重視することは適当ではない。最高裁平成11年11月29日第二小法廷判決・裁判集刑事276号595頁等参照),本件においては,とりわけ,本来何の恨みもなく,殺害しなければならない理由もなかったはずの妻Iの殺害を,最終的には自らの判断で思いとどまることなく実行し,それに続いてD専務及びF会長と次々に,一度に3名もの命を奪ったという強盗殺人3件の結果の重大性が顕著であって,その他の本件各犯行の罪質,動機,態様(殊にその計画性,執拗性等),遺族の被害感情,社会的影響,各犯行における被告人の地位及び役割,犯行後の情状等の各般の情状を併せみるとき,被告人の刑事責任は誠に重いといわざるを得ず,量刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,被告人に対しては,死刑をもって臨まざるを得ないとした原判決の量刑はやむを得ないものであって,これが重すぎて不当であるとはいえない。
 当裁判所においても,事案の重大性に鑑み,死刑の選択を回避する余地がないか慎重に検討してみたところであるが,これを見いだすことはできなかったものである。
 論旨は理由がない。
 5 結論
 よって,本件控訴は理由がないから,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用は同法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。
  平成24年3月22日
    東京高等裁判所第12刑事部
        裁判長裁判官  井上弘通
           裁判官  山田敏彦
           裁判官  佐々木直人

 村瀬裁判長の減刑判決と伊藤の控訴棄却について、若干書く。減刑判決と、伊藤への控訴棄却の間にある理由や事情について、私は十分にとらえきれていないかもしれない。のちに、別の記事の中で加筆や修正を行うことも考えられる。
 なお、伊藤は強盗殺人の成立について争っている。なので、真島事件を「形式的強盗殺人」としている点については、「仮に、形式的強盗殺人が成立するにしても」という但し書きつきの話として読んでもらいたい。

 2014年7月現在までに、村瀬裁判長が関与した裁判員死刑事件の控訴審は四件である。
 このうち、伊藤和史に対しては、2014年2月20日、控訴を棄却し一審の死刑判決を支持した。
 ほかの三件については、すべて一審の死刑判決を破棄し、無期懲役へと減刑した。一件目は伊能和夫被告、二件目は竪山辰美被告、三件目は伊藤の共犯者と認定された、池田薫である。
 伊藤と、彼らを分けたものは何か?ここでは、伊能、竪山両被告と比較する。
 判決を分けたものは、もちろん、情状酌量の余地ではない。殺害人数。殺害自体の計画性。細かい要素を挙げれば、そうなる。しかし、より包括的な理由として、以下のようなものが考えられる。
 村瀬裁判長は「死刑選択の公平性」「死刑への慎重な態度」の確立に関心があった。しかし、真島事件という、「前例のない事件」に対応することができなかったのではないか。

 伊能和夫被告は、2009年11月、港区で男性を金目当てに殺害した。また昭和63年に、妻を夫婦喧嘩から殺害し、実子二人を無理心中目的で殺傷した、二人への殺人、一人への殺人未遂の前科がある。この前科の殺人では、懲役20年の判決を受けている。
 竪山辰美被告の事件は、一般的には千葉大学女子大生放火殺人事件として知られている。殺害人数は一人だが、多くの事件を起こしているので、以下に主要な事件を箇条書きにする。
1・2009年10月2日、千葉県松戸市において、76歳の被害者に強盗致傷。
2・同年10月7日、佐倉市の民家において、61歳の女性を拳で殴打するなどして強盗致傷。この被害者は、神経損傷の後遺症を負った。また、同人の31歳の娘を車に監禁して連れ出し、拳で殴打し、強盗強姦致傷。この被害者は二週間のけがを負った。
3・同年10月20日、千葉大女子大生の部屋に、金銭を奪う目的で侵入。経緯は不明であるが、何らかの理由から殺害を決意し、胸部を包丁で刺して失血死させる。その後、キャッシュカードを奪い、犯跡を隠ぺいするために部屋に放火する。
4・同年10月31日、22歳の女性を駐車場で強盗目的で襲い、顔面を殴打するなどして、全治二週間のけがを負わせる。このときは金を奪うのに失敗している。
5・同年11月2日、千葉県の民家に侵入し、30歳の女性に対し強盗強姦未遂。

 村瀬裁判長を減刑に踏み切らせたのは、裁判員裁判における量刑についての問題意識と思われる。「市民感情」の名の下、死刑基準が感情的なものに左右されることに、危機感を抱いたのではないか。そして、死刑の適用を、公平かつ論理的なものにせねばならない、と考えたのではないか。
 伊能被告と竪山被告の高裁審理に共通するのは、書面の提出以外、法廷で新たな証拠調べを行うことなく、減刑判決を出したという点だ。伊能被告は、控訴審では一回も出廷せず、証人尋問も行われなかった。竪山被告は、控訴審では遺族の意見陳述書、被害者の死体解剖記録が証拠採用されただけである。証人尋問も、被告人質問も行われていない。判決を聞いた限りでは、この解剖記録は、被告の主張を裏付けるものとはならなかった。つまり、両事件とも、被告に有利な証拠は一切提出されていないのである。
 このような審理方法で、有利な証拠が新たに提出されていないにもかかわらず減刑したことは、村瀬裁判長が情状を検討したのではなく、「過去の量刑傾向との均衡」「過去の量刑傾向を逸脱するに当たり、説得力のある理由が示されているか」に着目し、量刑を検討したことを意味する。
 判決文では、過去の事件と被告たちの事件を比較し、「あえて無期懲役ではなく死刑を」科す理由があるか、中心に検討している。

 伊能被告の前科は、家庭内の無理心中を含む殺人であり、強盗殺人やそれに類する殺人ではない。今回の強盗殺人と前科は類似した犯罪ではなく、犯罪傾向が矯正不可能なまでとは断言できないとした。竪山被告の前科は、人を死に至らしめた前科や殺人未遂はない。強盗殺人以外には、殺人未遂の事件も起こしていない。そして、殺害の計画性。計画性は、人命への危険性という観点から、死刑相当か否かを評価するに当たり、重要な要素となる。両事件とも、殺害自体に計画性は認められなかった。
 これらの理由から、上記の二事件を、「これまでの傾向から逸脱し、あえて死刑を科す必要があるか疑問である」として、無期懲役に減刑した。

 村瀬裁判長は、量刑の在り方について問題意識を持ち、事件の要素を詳細に検討する、プロ意識の持ち主だったと言える。「死刑は無期懲役と質的に異なる刑罰であり、どのような場合に死刑が許されるかという評価には、先例の集積が参考になる」と、伊能被告の控訴審判決で述べている。それは正論である。死刑は懲役刑とは全く異なる刑罰であり、慎重に選択されるべきものである。そして、量刑は他の事件と比較して公平でなければならない。「比較」を行わず、この事件は許しがたい、という思いだけで重罰を選択するのであれば、それは感情的かつ恣意的であろう。
 しかし、村瀬裁判長には「先例と詳細に比較」する公平さと丁寧さはあっても、「これまでにない、新たな事例」について、新たな判断を示す器量が欠けていたように思う。
 被害者三名の強盗殺人で、死刑を逃れた例は、これまでない。村瀬裁判長も、それらの判決例を参考にしただろう。しかし、それらはいずれも、利欲目的で、罪のない人々を殺害した事案だ。
 伊藤たちの事件は、被害者たちの凶悪な犯罪が、事件の原因となっている。伊藤たちの行為が、「強盗殺人」という罪名の構成要件に該当してしまうとしても、過去の「被害者三名の強盗殺人」とは、動機も事情も何もかもが異なっているのである。
 村瀬裁判長が、それらの事件の判決を、安直に真島事件に当てはめたとは言わない。しかし、「被害者三名の強盗殺人」という枠組みに縛られたのではないか、とは思える。
 事件の本質は、被害者と加害者の関係、犯行動機である。これらが異なれば、罪の重さ、社会への影響、事件の社会的意味、いずれも異なってくる。真島事件と、「利欲目的で、罪のない三人の人を殺した事件」。被害者人数と罪名だけで見れば、同じ「被害者三名の強盗殺人」であろう。しかし、その実質は全く異なっている。この二つを同等のものとして扱うことは、不適当である。

 村瀬裁判長たちは、「先例の集積」を参考にした。しかし、先例となる事件と、真島事件の本質を安易に同一視したとしか思えない。評価の尺度を誤ったのではないか。

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