ブログをほとんど書いていないが、だいぶ遅くなってしまったものの、伊藤(辻野)和史の公判について書き残していこうと思う。
 現在は、伊藤は親を含めて周囲との交流を絶ってしまっており、送金に対して礼状を送るぐらいである。
 安倍政権が倒れなければ、無法な死刑執行は続くであろう。そうでなくとも、伊藤は再審請求を行っておらず、さらに交流を絶ってしまっていることもあり、危機的状況である。
 送金以外に、私にできることは、これしかない。とりあえず、細々と続けていきたいと思う。

 2013年5月30日15時、東京高裁805号法廷にて、伊藤和史の第二回控訴審公判が行われた。
 傍聴券は、今回は先着順であった。14時45分に配布予定だったが、少し早く、14時38分に配られた。39枚の傍聴券に対し、30数人がその時間までに来ていたらしい。
 法廷の前では、遺族のK・Kが、なぜか一般傍聴人に交じって並んでいた。遺族席の提供を、裁判所が拒むことはないと思うのだが。K・Kの方で申請を行わなかったのだろうか?
 伊藤は、前回と同じく丸坊主に眼鏡であり、白い長袖のジャージの上下を着ていた。入廷時の表情は、硬かった。
 予定通り15時に、伊藤の控訴審第二回公判は開始される。本日は、被告人質問である。伊藤は、裁判長に証言台の椅子に座るよう促され、被告席を立った。そして、傍聴席の方に深々と一礼し、証言台の椅子に座った。

今村善幸弁護士の被告人質問
弁護士「それでは、主任弁護人の今村から、話を聞いていきます。事件から三年以上経過していますけども、改めて、被害者の方について、いまどのように思っていますか」
伊藤「どのように、謝ればいいか言葉が見つかりませんが、謝っても謝りきれないことで、本当に、申し訳なく思っています」
伊藤は、前方に頭を下げた。
裁判長「被告人、もうちょっと前へ」
裁判長は、声が聞こえにくかったらしい。
弁護士「謝りきれないということなんだけども」
伊藤「はい」
弁護士「確認します。貴方の今の気持ちをね、どのように表していますか?」
伊藤「遺棄をしてしまった宮城法浩さんも含めて、殺めてしまった方々に、毎日祈っています」
弁護士「毎日祈っているって、何を祈っていますか」
伊藤「まずは、自分の起こしてしまった犯罪に対して、反省の思いと、被害者の方々に対して、ご冥福をお祈りしています」
弁護士「祈る時間は毎日決まっているんですか?」
伊藤「はい、特に、食事をする前です」
弁護士「なぜですか」
伊藤「殺めてしまった被害者の方々に対して、自分は図々しくもご飯を食べて生きておりますので、それが本当に申し訳ないという思いで、お祈りするようにしています」
弁護士「それは、お供えをするという意味もあるんですか」
伊藤「はい、もちろん、お供えをするという意味もあるんですが、その、被害者の方々に対して、できる限り、限界はありますけども、好物のものをお供えをしています」
弁護士「例えば、好物とはなんですか」
伊藤「それは、文夫さんは、ピーナッツだとか、オレンジジュースを好んでよく食べていましたので。長野の刑事施設では、オレンジジュースはあったんですが、東京拘置所ではオレンジジュースはなかったので、代わりに、野菜ジュースを。良亮さんは、ラーメンが好きだったんで、カップラーメンをお供えしています。有紀子さんに対しては、チョコレートだとかクッキーだとか、そういう洋菓子が好きなので、洋菓子をお供えしたりと。宮城さんは、缶ビール、おつまみであるスナック菓子が好物でしたので、好物のスナック菓子をお供えしています。東京拘置所に来てからはお花も買えるようになったので、できるかぎり、お花もお供えするようにしてあげていますし」
弁護士「うん」
伊藤「時々、支援者の方々が、お菓子をいただくこともありますので、自分が先に食べるとかではなくて、先にお供えをしています」
弁護士「お供え以外に貴方がしていることは、何かありますか」
伊藤「いま、写経をやっています」
弁護士「写経」
伊藤「はい」
弁護士「写経はどれくらいやっていますか」
伊藤「毎朝」
弁護士「写経っていうのは、どのくらいの時間がかかりますか?」
伊藤「部屋に時計はないんで、解らないんですけど、大体、一時間くらいはやっているかと思います」
弁護士「写経とは、そもそもどういう意味があるんでしょうか」
伊藤「仏様に対して、冥福を祈るというふうに、思っていますが」
弁護士「貴方にとって写経の意味は」
伊藤「自分にとって写経は、単純に、被害者の方々に対して、そういうような詫びること、ご冥福をお祈りしながら、次は、僕の意思でお世話さしていただくという思いで、自分の犯してしまったことに対して、反省の念を込める思いで、写経してます」
弁護士「写経と言うのは、どのようにやりますか」
伊藤「自分のやり方は、手や口を広げて姿勢を正してから、写経するように、一つ一つの文字を、心を込めて、唱写しております」
弁護士「その書き終わった写経っていうのは、どうしますか」
伊藤「一番最初に、写経したものは、居室内に小さい棚あるんですが、仏壇の代わりに使わしてもらうことを刑事施設に許可を受けて、いったんそこにお供えしてから、ある程度纏めてから、栃木県の大田原市にある、黒羽山大雄寺というお寺に奉納してます」
インターネット上で調べたところ、この寺の存在は確認できた。
弁護士「いま、お祈りとかお供え物、そして写経のことをお話ししましたが、それ以外に、何かありますか」
伊藤「それ以外に、限られてますけど、刑事施設の許可を受けて、教誨を受けています」
弁護士「教誨」
伊藤「はい」
弁護士「はい、その教誨はどれくらいの頻度でやっていますか」
伊藤「月に一度しか受けさせてもらえないので、毎月一回」
弁護士「やってると」
伊藤「はい、やっています」
弁護士「教誨とは、どのようなことをやるんでしょう」
伊藤「まあ、自分はそもそも、どこの宗派にも属していないんですが、仏教のお経を読んで、教誨師の方と一緒に、よみ慣れないお経ですけど、被害者の方を弔うために、よんでいます」
弁護士「その教誨を通じて、貴方は何を学びましたか」
伊藤「その当時、自分が人を殺めてしまったことで、冥福と言う言葉、意味を知らなかったので、少し教誨師の方に時間をいただいて、ご冥福と言う言葉の意味について、教えていただきました」
弁護士「冥福と言うのは、どのような意味ですか」
伊藤「教誨師曰くは、亡くなられた方に対してご冥福をお祈りするということは、亡くなられた方の幸せを想定していると。だから、亡くなられた方にこれからの幸福を祈り続けなさい、祈り続ければ必ずかないますよ、と言うことを教えてもらいました。そういうことを知りました」
弁護士「冥福とかお祈りとか、お供えとか、写経、教誨、それ以外に貴方がしていることは何かありますか」
伊藤「自分が人を殺めてしまう前の、当時の状況を振り返ってですね、ホンマに、殺害以外の方法がなかったのか、まだ別の方法があったんじゃないかと、いうことばかり考えていますし、そういうことを考えていく中で、事件の経緯について、思い出したことがあります」
弁護士「それはなんですか」
伊藤「まあ、端的にいますと、文夫さんが所持していた輪ゴムのお金についてですが、えー、自分が、松原さんに、えー、奪うように、話しています」
弁護士「話した」
伊藤「はい、それを思い出しました」
弁護士「それを思い出した」
伊藤「はい」
弁護士「思い出したきっかけは」
伊藤「一審の自分の、裁判員裁判の時に、松原さんの、出廷、証人として出廷されたんですけども、その時の調書を読んだ時に、少し色を付けたい、という言葉が目に留まった」
弁護士「何と」
伊藤「少し、色を付けたい」
弁護士「色を付けたい」
伊藤「という、それに自分、目が留まってしまって、長野の人で色を付けたいという言葉を使うかな、と思ったので。これは関西の、僕の言葉やと思って、思いだすと、(聞き取れず)という、思い出しました」
弁護士「どうして今となって、そのことを話すのですか?」
伊藤「そもそも、少しでも事実が明らかになるかと思って、被害者の方に対して、ご遺族の方に対しても、何らかの謝罪の意味になるかなと、思いました」
弁護士「事件のことで、それ以外に思い出したことはありますか」
伊藤「事件のことについて、それ以外のことについては、今のところ思い出せてないです」
弁護士「その前にね、貴方が解決する方法を考えたということですが」
伊東「はい」
弁護士「殺害する以外に、解決方法は見つかりましたか?」
伊藤「当時自分が、自分なりに考えていた解決方法は、五つあったんですけども、その中で、逃げるという方法と、自殺すること、殺害するという方法を除いた、二つの方法があります。これは、もっと深く考えて、強行していれば、こういう事件にならなかったかな、と思いました」
伊藤が逃げれば、金父子は伊藤の妻子を追い詰め、奴隷的境遇に置いただろう。伊藤が自殺しても、同様である。
弁護士「その二つは」
伊藤「まず一つは、警察に通報じゃないけど、相談するということと、自分が家族に相談してみればよかったな、ということでした」
弁護士「警察には、何を相談しますか」
伊藤「端的に言いいますと、自分の事。自分が、文夫さん、良亮さんにされていることを、相談するということです」
殺人や出資法違反を除いても、金父子の伊藤への行為は犯罪である。暴行、傷害、脅迫には確実に問われたであろう。伊藤に直接的に行った行為だけでも、実刑は免れなかったに違いない。
弁護士「一審では、通報できなかったと言っていたと思う。なぜ、一審で、通報できないと述べていたのですか」
伊藤「まあ、文夫さんと良亮さんが、刑事さんの方と関係があったので、まあ、通報できないと」
弁護士「どうして、今は通報できると思えるようになったんですか」
伊藤「一つは、自分が落ち着いたっていうのもあるんですけども、まあ、(聞き取れず)そして、その、文夫さんと、良亮さんと、ずっと一緒だったというわけでもなかったし、小学校に行くときだけは、大阪に帰ることもできたんで。その時ばかりは、文夫さんと良亮さんから離れる時間もあったので。それで、長野県の警察の方が信用できなかったとしても、大阪の警察であれば対応してくれたんじゃないかなっていうふうなことで。そこに逃げ込んだり、駆け込めばよかったと思います」
弁護士「二つ目は何とおっしゃいましたか」
伊藤「二つ目は、友人や家族に相談すればよかったなあと」
弁護士「これは、何を相談する」
伊藤「まあ同じく、文夫さんと良明さんから解放される手立てはないかっていうことです」
弁護士「当時は、なぜ相談しなかったのですか」
伊藤「文夫さんと良亮さんの世界に、巻き込みたくなかったからです」
弁護士「どうして、貴方の考え方や気持ちに、変化があったか」
伊藤「人の命について、考えるようになったからです」
弁護士「きっかけは何かあったのですか」
伊藤「自分が人を殺めてしまったこと、一審で、死刑判決が出たということです」
そして、今村弁護士は、伊藤の幼少時の体験について質問に入る。
弁護士「幼少時について聞いていきます」
伊藤「はい」
弁護士「前回の裁判で、お母さんの話は聞いていたね」
伊藤「聞いていました」
弁護士「お母さんの話によると、Mさん,実の父親ではないと。Tと。これは知っていましたか」
伊藤「お母さんの証言を聞く前に、検察官が教えてくれました」
弁護士「それまでは知らない」
伊藤「はい、知りませんでした」
弁護士「戸籍上の実父のMさんと会ったことは」
伊藤「いえ、会ったことはないですし、ぼんやりした記憶で」
弁護士「Tは」
伊藤「随分先に、会った記憶はあるんですけど、顔も忘れてしまいまして、ただ覚えているのは、背の高いがっしりした人やなっていうことぐらいで」
弁護士「Tと別れた後、貴方、託児所に預けられていたと。記憶は」
伊藤「ありますけど、そもそも、自分は託児所ではなくて、施設だと思っていました」
弁護士「なぜ」
伊藤「実際に、友人で、施設で育った人がおるんですけども、親が迎えに来ない、集団生活をしてるというのもあるし、自分の思うように欲しいもの手に入らない、まあ、いろいろあるんですけども、そういう状況が似ていたからです」
弁護士「迎えに来た頻度は」
伊藤「迎えに来たのは、」
弁護士「施設でなく、託児所というのが解ったのは」
伊藤「この事件で逮捕されてから、検察官の調べで知らされました」
弁護士「あなたとしては、家に帰れなかったという記憶ですか」
伊藤「そうです」
弁護士「託児所について、他には記憶はありますか」
伊藤「託児所の先生に叩かれるとか、お菓子をもらったり、でした」
弁護士「先生から、どう叩かれたか覚えてます?」
伊藤「平手で、頭叩かれたり、顔たたかれたりとか」
弁護士「当時、貴方は何歳ですか」
伊藤「当時は、3歳でした」
弁護士「入っていたのは」
伊藤「幼稚園に入園するまでです」
弁護士「お母さんは、再婚する」
伊東「はい」
弁護士「Yと母親の再婚時は、いくつですか」
伊藤「幼稚園に入るくらい、5歳です」
弁護士「5歳前。お母さんによると、Yには、貴方と同じくらいの年の子がいた。覚えてる」
伊藤「はい、覚えてます」
弁護士「連れ後の男の子の名前は」
伊藤「T」
弁護士「T君と、貴方の仲はどうでしたか」
伊藤「お互い兄弟ができたっていうのもあって、まあ、仲は悪くなかったと思います」
弁護士「Tへの、Yの暴力は見たことある?」
伊藤「あります。あの、殴られたり、蹴られたりよくありましたし、殴られたり蹴られたりしておしっこ漏らしたりとか、ウンコもらすこともあったし、恐らくストレスが原因だと思うんですけど、よく血便を出していました」
弁護士「お母さんによると、貴方もYから暴力受けていたと、覚えてる」
伊藤「はい、覚えています」
弁護士「どのような暴力でした」
伊藤「僕も、T君のような、殴られたり蹴られたりしてます。その暴力の中で、Yさんがあって、踏んづけられるように蹴られるので、あの、ということもあったし、オカンが、頭血流すぐらい殴られて、夕ご飯は、猫を飼っていたんですけども、二人で、猫のキャットフードを食べて、飢えをしのぐこともありましたし」
弁護士「母親も暴力振るっていたと」
伊藤「覚えています」
弁護士「どうやってですか」
伊藤「お母さんは主に、物を使って殴るんですけど、それ以外に素っ裸にされて、痣ができるほど殴られることもありました。よく殴られました」
弁護士「どんなもの使う」
伊藤「近いものなんですけども、いろんなもので」
弁護士「投げるか、叩くんですか」
伊藤「投げられるときもありましたし、殴られることもありましたし、殴られるときは、カバンの金具で殴られました」
弁護士「傷は残ってますか」
伊藤「今もちょっと残っています」
弁護士「どこですか」
伊藤「左のこめかみあたりです」
伊藤は、その場所を指さした。
弁護士「お母さんによると、貴方はYの姓は名乗りたくないといった、一緒に住みたくないと言った」
伊藤「覚えてますけども、お母さんも、Yさんも、暴力を振るっていましたし。お母さんは親だし、それで、その、Yさん」
弁護士「お母さん、迎えに来てくれたっていうのは」
弁護士「伊藤Sさんと、お母さんは結婚した」
伊藤「はい」
弁護士「貴方の年は」
伊藤「8歳です」
弁護士「暴力は」
伊藤「ありません。しつけくらいに、少し小突く程度です」
弁護士「母と伊藤さん結婚して、貴方自身に、心の変化は」
伊藤「端的に言いますと、自分、心を開けていなかったと思います」
弁護士「Sさんと結婚し、お母さんの叱り方、変化は」
伊藤「Y時代の殴りかけよりも、もっと激しくやられました」
弁護士「なんですか」
伊藤「物を使って殴られ、クラスメイトに痣を見られて、刺青や、ヤクザや、といじめられるようになりました」
弁護士「お母さんは、パチンコに依存していた」
伊藤「当時、母が家を空けていたことしか知らないので」
弁護士「小学校三年から中学一年までの生活は」
伊藤「お母さんから、門限は四時までと決められていて、弟の面倒見るように押し付けられて、家の家事をするようにもなったし。友達とも遊べなくなったし。その代わりに、スイミングを習わしてくれた」
弁護士「お母さんの言っていた借用書は」
伊藤「はい、自分は借りていない、宮城さんからの500万円の借用書です」
弁護士「お母さんの言っていたことで、違うことは」
伊藤「強いて言えば、自分が22歳の時に家を出たきっかけですけど、弟の方、大切にされ、寂しい思いをして、22の時、家を出て、もう帰ってくるなと言われ、ああ、愛されてないんだ、と思いました」
弁護士「お母さんへの思いは」
伊藤「母さんは、ほんとに難しい性格で、難しかった人ですけど、自分、人を殺めてしまったので、お母さんに、申し訳なく思います」
弁護士「少し、事件前のことについて聞きます。弁2号証を示します。これ、貴方の書いたものですね」
伊藤「そうです」
弁護士「完成後、見直した」
伊藤「はい、しました」
弁護士「直したいことはありますか」
伊藤「漢字が違うだけで、大丈夫と思います」
弁護士「言いたいことは、すべて言えた」
伊藤「述べられていると思います、はい」
弁護士「事件前、一番苦しかった時期は」
伊藤「まあ、どれも苦しかったですけど、時期で言えば、平成22年1月のころです」
弁護士「何がありましたか」
伊藤「平成22年の1月に、文夫さんは栄ビルを購入して、解体している時なんですが、文夫さん、良明さんと一緒にご飯を食べている時なんですが、自分の(注・伊藤の)妻子をスナックで働かせる、真島の家で住まわせて働かせると決められてしまい、苦しかったです」
弁護士「貴方の妻子を、働かされることについて」
伊藤「文夫さんにそう言われたことについて、頭で考えるよりも前に、強く、『そんなことできません』と言って、二人から暴力を受けました。その時はまったく痛みを、感じませんでした」
弁護士「その暴行時間は、短かったですか」
伊藤「長いか短いか、解りません」
弁護士「食事は、それからどうなりましたか」
伊藤「とらせてもらえないこともありました」
恐怖と暴力、過労に、飢餓が加わった。松原が伊藤に餅を持って行ってあげたのも、このころだろうか。
弁護士「平成22年、1月の体重は」
伊藤「70キロぐらいと思います」
弁護士「長野に住み始めた時は」
伊藤「平成20年の10月から、長野県に住むようになりました」
弁護士「当時の貴方の体重は」
伊藤「93キロです」
弁護士「急に減ったのは」
伊藤「健康チェックするアプリで、体重をチェックしてました」
弁護士「写真示します。これは」
伊藤「体重を記録するアプリです」
弁護士「同じものですか」
伊藤「はい」
弁護士「88.6キログラムとある。上になるごとに、記録は新しくなる」
伊藤「はい」
弁護士「6ページ目、2009年3月10日~2010年3月12日、一年の体重は、これでわかる」
伊藤「はい」
弁護士「どうして、体重を記録していたんですか」
伊藤「長野県で生活するようになったの、平成20年10月からですけど、服がだんだんぶかぶかになり、貧血も頻繁になり、変だなと思い、記録していくことになりました」
弁護士「貴方の身長は」
伊藤「168センチ」
弁護士「平成21年3月21日から、記録をつけ始めた。平成20年10月に真島の家に来てから、半年後からつけ始めたのですか」
伊藤「はい」
弁護士「4ページ目、2010年3月18日、83キロから86キロに、30日に増えている。これは」
伊藤「元々のサイズに戻そうと思い、必要以上に食事をとったり、それで・・・」
弁護士「平成22年1月というの、貴方、一番苦しいと言っていた」
伊藤「はい」
弁護士「その頃から、文夫さん、良亮さんを殺したいと思うようになったのですか」
伊藤「いえ、もう少し前、平成21年秋ごろです」
弁護士「何があったのですか」
伊藤「自分、自殺をあきらめたころです」
弁護士「その前の思いは」
伊藤「その前は、文夫さん、良明さんがいなくなればいいなと思った頃でした」
弁護士「自殺、諦めた経緯は」
伊藤「一つは、自分が自殺してしまったら、妻子が文夫さんに、捕らわれてしまうんじゃないかなって思ってましたし・・・自殺をしても、何も解決はしないと思ったからです」
弁護士「自殺をしようと思ったのはいつですか」
伊藤「誰かに相談しようとか、考えてたんで、いつというのは、ちょっと、断定できないです」
 今村弁護士は、この日はこれでいったん終わる旨を告げる。15時40分のことである。伊藤は、深々と傍聴席の方に一礼して、被告席に戻った。
 次回公判は、6月18日。弁護人の被告人質問後、検察官、裁判長から被告人質問が行われる。弁護人は、基本的に鑑定人への証人尋問後に、被告人質問を続行したい意向を述べる。
 こうして、控訴審第二回公判は終了し、伊藤は退廷する。私は、退廷する伊藤に「頑張ってください」と声をかけた。伊藤は、「ありがとうございます」と、少しこちらを向いて答えた。そして、出入り口の奥に姿を消した。