2014年9月2日、松原智浩の上告が棄却された。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140902/trl14090215520003-n1.htm
 
2014.9.2 15:52
 長野市で平成22年に一家3人を殺害するなどしたとして、強盗殺人罪などに問われ、1、2審で死刑とされた水道設備工、松原智浩被告(43)の上告審判決で、最高裁第3小法廷(大橋正春裁判長)は2日、被告側の上告を棄却した。死刑が確定する。1審は裁判員裁判で審理されており、国民が関与した死刑判決について最高裁が判断するのは初めて。

 今年7月末現在で、裁判員裁判で死刑が言い渡されたのは21人で、3人が控訴を取り下げ、1人が上告を取り下げてそれぞれ確定。松原被告を含めた14人が上告していた。

 同小法廷は、共犯に問われた伊藤和史被告(35)が「犯行を主導した」と認定。松原被告は「2人の殺害に自ら手を下し、伊藤被告の相談相手となるなど、本件の遂行にあたって重要で必要不可欠な役割を果たした」と指摘し、死刑とした1、2審判決を支持した。

 判決によると、松原被告らは22年3月24日、建設業の金文夫さん=当時(62)=宅で、金さんと長男夫妻の首を絞めて殺害。約416万円を奪い、遺体を愛知県西尾市内に埋めた。

 1審長野地裁の裁判員裁判判決は23年4月、「刑事責任は誠に重い」として死刑を選択。24年3月の2審東京高裁も支持した。

 共犯者のうち、伊藤被告は1、2審で死刑とされ、上告中。池田薫被告(38)は1審の死刑判決を2審が破棄、無期懲役とし、被告側が上告している。
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 なお、この産経新聞の記事には誤りがある。松原の一審判決年月日は、平成23年3月25日が正しい。

 私は、最高裁判決を傍聴に行かなかった。
 最高裁の公判には、被告人は出廷しない。つまり、傍聴することで被告を勇気づけることも不可能だ。最高裁の判決公判は、まさしく判決を甘受するだけの場である。
 最高裁の判決文は、「三行半」とも仇名される、短く簡単なものであり、朗読は数秒で終わると予想できた。開廷から数秒後には、失望と怒りを沈殿させ、法廷を後にすることも。
 何一つできず、心に毒を注がれるだけならば、最初から行かない方がましである。 
 少し経てば、裁判所のHPで松原の最高裁判決が公開される筈だ。最高裁判決への感想は、それを待って書きたいと思う。
 とはいえ「三行半」であるから、その内容は新聞記事のつぎはぎと大差ないものかもしれない。
 
 私が伊藤和史を支援するようになったきっかけは、松原の控訴審傍聴と面会である。「長野の会」の代表も、松原との交流が、真島事件被告への支援のきっかけとなった。いわば、松原の存在が、支援運動の起点になったと言える。
 松原は被害者たちを殺害したことを非常に悔いており、「正直、恐ろしいけれども、死刑を受け入れるつもりです」と被告人質問で答えていた。被害者たちからの犯罪被害。死刑への恐怖。それらをすべて受け入れ、死をもって責任を取るべきだと考えていたようだ。上告したのは、弁護人の熱意ある説得と、家族のことを考えたからではないか。
 支援活動が始まった当時、事件の真相は十分に明らかになっていなかった。伊藤の公判はいまだ開始されておらず、松原の一審弁護人は事件の真相に、裁判であまり言及しようとしなかった。このような状況であるにも関わらず、支援運動は少しずつ広がっていった。
 松原の人柄があったからこそ、彼が遠慮がちに語る事件の真相は、人々に受け入れられたのである。
 
 松原は、大人しいが、仕事や対人関係などの責任感が絡む局面では、意志が強い。だからこそ、「被害者」たちの犯罪行為に、黙々と耐えていた。家族以外とほとんど交流を持たず、死刑を受け入れる姿勢も、そのような意志の強さの表れだろう。
 今回は、その責任感は、「死刑を受け入れる」という形で表れている。だからこそ、現状では再審請求に消極的だと思われる。
 しかし、どうか家族や弁護人の説得に、折れてほしい。意志の強さを、今この時だけは、曲げてほしい。

 松原の死刑が執行されないこと、生きて拘置所の外に出られることを、心から願っている。