東京拘置所に出かけたところ、偶然に『長野の会』の代表とばったり出会った。代表は、面会受付の前の辺りの椅子に座っていた。暫し、どこかで見た顔だと思い、相手の顔を見つめていた。代表も、一瞬私だと解らなかったらしく、あっけにとられたような表情で私の顔を見ていた。
 少ししてから互いに挨拶をし、私は「伊藤さんに面会に来ました」と拘置所に来た理由を伝える。代表は急いで、一緒に面会できるように手続きしてくれた。代表も伊藤に面会に来ていたのだ。私の少し前に拘置所に到着し、手続きを済ませたところだった。拘置所の収容者は、家族や弁護士以外では、一日に一回しか面会ができない。もしも来る時間が少しずれていれば、私たちの内どちらかは、伊藤と面会できないところだった。まさしく間一髪だ。拘置所も人手不足なのはわかるが、面会のある収容者ばかりではない筈だ。収容者の面会可能回数をもう少し増やしても、今の職員数でやっていけるのではないか。
 
 伊藤は、すっかり日焼けしていた。私たちが二人で面会したので、驚いている様子だった。偶然一階で出会った、と代表が伊藤に事情を伝えた。
 挨拶が済んだのち、伊藤は、今は縄跳びに凝っていることを話し始めた。二重跳びにチャレンジしており、跳べた回数を日毎にグラフにして書き出していた。エクセルで作ったような、精密な棒グラフであり、色分けされて書かれていた。代表も私も、まるでコンピューターで作ったようだと感心した。伊藤は一審時、体重は68キロだったが、今は当時よりも体重が減っているらしい。運動の成果かもしれない。すっかり日焼けしたのも、晴れた日には、必ず運動場に出るからだ。
 最近は伊藤のもとに、『長野の会』のメンバー以外からも、手紙が来るようになった。おおむね、死刑廃止論者ではないけれど、死刑は厳しい、理不尽であると感じている人からのようだ。「同じ状況なら、自分もやっていたと思う」という内容もあるとのこと。二審段階では、被告たちの減刑嘆願署名は、1000筆ほど集まっていた。死刑事件の被告には珍しい、同情と共感。それは、被告たちがいかに常軌を逸した犯罪被害を受けていたか、という証左でもある。
 
 私が『ジェイン・オースティン料理読本』と『The Little Prince』(注・星の王子様)を差し入れたことを伝えると、嬉しそうに礼を言った。『料理読本』については、料理に興味があったため、かねてから読んでみたいと思っていたとのことだった。
 代表が差入の話をすると、伊藤は、食べ物では牛乳、南京豆、蜂蜜を頼んだ。お菓子については、何でも構わないが、ワサビ味の煎餅だけは勘弁してほしい、と答える。負担をかけてしまっているという思いからか、申し訳なさそうな表情である。
 面会終了が伝えられ、私たちは面会室を出て行った。伊藤は、うれしそうな笑顔を浮かべ、私たちを見送っていた。