<弁護人の弁論> 
 上告趣意書、補充書、再補充書において、弁護人は死刑の違憲性、裁判員制度の違憲性など、縷々指摘してまいりました。
 弁論では、これまでの主張を踏まえて、四点を指摘させていただきます。
1・死刑判断手続きの違憲性
 死刑事件の裁判は、特別なものであるべき。国際人権B規約、日本は批准している。この規約は、死刑は廃止すべきという考えが強い。
 検察官や原審裁判所は、死刑は合憲としている最高裁判例があるという。しかし、合憲とされた時と現在では、事情が異なっている。
 国連は、「死刑に直面する者のセーフガード」という勧告を出している。死刑事件に当たっては、特別に慎重な手続きを要請している、というもの。
 アメリカでは、検察官は死刑を求刑するか否か、あらかじめ告げねばならない。そのため、弁護人側も死刑事件として、あらかじめ準備が可能となる。
 しかし日本では、論告求刑まで死刑を求刑するか否か不明である。死刑適用基準について、一審で全く問題とならずに終わることもある。
 裁判員制度は、多数決で死刑か否かを決定する。しかしアメリカの場合は、フロリダを例外として、死刑の適用は全員一致が原則と定められている。超適正手続という考え方の現れである。
 しかし、我が国では、死刑に賛成する人数が一人でも多ければ、死刑が適用される。特別多数決すら、死刑適用に際して要求していない。この死刑適用の在り方は、国際人権規約に反している。
2・死刑適用基準
 我が国は、刑の上限と下限は、殺人の場合は懲役五年から死刑というように、天と地ほどの開きがある。そして、法律レベルの死刑基準はないと言っていい。
 一般的には、永山基準が、死刑適用基準を示したものと評価されている。
 これは、被告人の資質、性格なども、判断基準に含まれている。ならば、死刑適用に当たっては、一般情状も加味し、決定されるべきである。諸情状を精緻に見ていかねばならない。一般情状で死刑を回避できるという考え方も、あってしかるべきである。
3・審理の問題性
 検察官は、原審において十分な審理が尽くされたと述べている。しかし、一審では永山基準を検討することさえなかった。金銭の管理関係と、情状のみであった。弁護人側立証は、とても簡略にされた。検察官は、遺族調書を多数提出し、長時間にわたり朗読し、立証を行っている。期待可能性についても、控訴審で、裁判所は争点として位置付けることなく、審理を終わってしまっている。
 一審の弁護人は、経験が浅かった。死刑求刑があるという認識はあった。しかし、被告人の公判が始まった段階では、他の三被告の争点整理は、終わる気配もなかった。
 このような立証の在り方は問題である。さらなる立証を求める訴訟指揮が、裁判所からあってしかるべきだった。
 被告人は、会長専務から搾取されていた。伊藤は、宮城殺害の現場に立ち会い、死体遺棄を手伝わされ、頻繁に叱責や暴力を受け、会長と専務の殺害を決意した。被告人以上に切羽詰まった立場にあった。これらの立証は、つくされていない。被告人の生い立ちについても、全く立証離されなかった。このように、審理の手続きは不十分である。
 このような裁判員法の決のとり方は、憲法31条に違反している。
 裁判員は、記者会見で、「死刑は正しかったのか」と疑問を述べており、この点に着目すべきである。
4・死刑回避の理由があるのではないか
 共犯者の池田は、2014年2月27日、無期懲役に減刑された。検察側からの上告はなく、無期懲役以下の刑が確定したと言える。
 被告人は、準主犯格とされている。しかし、実際の立場は準主犯格ではなく、池田に近い。池田との釣り合いから、死刑は回避されるべきである。
 弁護人は、長谷川鑑定人に、心理鑑定を依頼した。同鑑定人は、被告人は口下手で、大人しく、他者への義務感が強く、断れない性格である、と鑑定している。被告人に事件を惹起するような性格的要素はない、死刑は理不尽に思える、という異例のコメントもいただいている。
 なぜ、事件に至ったのか。以下のように言うことができる。
 伊藤は、宮城殺害の現場に立ち会ったのち、真島の家に同居させられた。被告人よりも激しい暴力と暴言を受け、家族からも引き離され、被告人よりも厳しい立場に置かれていた。伊藤は疲労性うつ病、意識混濁による精神性視野狭窄の状態にあった、と精神鑑定で立証がなされている。
 被告人は、伊藤が金父子を殺したいと言い出した時、伊藤の気休めと考えた。伊藤は、被告人が止めなかったことを、被告人の了承と誤解したかもしれない。伊藤は、作業に際していちいち確認しなければ、進めることができなかった。このような伊藤が、殺害計画を立てていることを、真に受けることはできなかった。
 被告人自身も、睡眠不足、過重労働により、離人症になっており、人の言葉に応じることができる状態ではなかった。
 原審は、ずさんな計画であるとしつつも、計画にアドバイスをしていることをもって、被告人の悪情状としている。しかし、斎田に協力を仰ぐ、ロープの準備などは、伊藤一人によるものである。被告人は準備に関与していない。伊藤は、事後報告を被告人に対してしていただけである。
 被告人が、「会長はいつもお金を持ち歩いているよ」と言っていたのは、殺害の話を、伊藤の気晴らしと考えていたころである。もう一つの話が出たのは、他の人と一緒に現場で働いていた際の、雑談のなかである。これをもって、金銭を奪取する計画である、ということはできない。
 伊藤から殺害を提案されたとき、被告人は「足がすくんだ」と言って、実行できなかった。日付が変わったころ、伊藤に言われて、催眠導入剤を砕いている。しかし、伊藤は薬効は詳しく知らない。当時は、専務の妻がいつ帰ってくるかわからない状態だった。無計画であると言っていい。
 伊藤は、専務の奥さんに、専務が催眠導入剤を飲んでいるのを気付かれたとして、殺すしかないと言い出した。被告人は、そんな伊藤を、工事現場へと連れて行っている。これは、殺害を思いとどまらせようと考えたためである。
このように、被告人は伊藤の行為を拒絶するか、その場で応じていない。被告人は人に逆らわない大人しい性格であるが、それでも伊藤の殺人の実行行為を拒絶している。
 伊藤が当時、視野狭窄に陥っていなければ、被告人が実行行為を拒絶していることに気付いたであろう。しかし、当時は視野狭窄であったため、気付かなかった。
 死刑選択は、専務の妻殺害についてである。しかし、この専務の妻殺害には、伊藤がもっぱら動いている。
 伊藤は、専務の妻が騒ぎ出したので、殺そうとした。被告人は、伊藤を工事現場に連れ出した。伊藤は、松原と、到着した池田に、「専務の妻を殺さないと、事件が露見する」と言い、二人がその言葉に答えないのに、一人で家に入っていった。
 専務の妻殺害について、被告人が実行行為に着手したのは、すでに顔面がうっ血し、瀕死の状態になってからのことである。
 伊藤に言われるがままに、実行行為を行っている。最後まで、被害者らを殺したくないという気持ち、伊藤と池田への憐憫から、葛藤に苦しんでいた。
 会長らから金品をとる行為は、伊藤の指示である。失踪を装い、金を分配しよう、と伊藤が言い出した。
 被告人は、金は池田に預け、分け前については斎田と伊藤に上乗せしている。金銭に全く興味を示していない。強盗殺人は財産犯であり、金銭への執着は、量刑に当たって考慮されるべきである。
 共犯関係、伊藤と被告人の間には、圧倒的な差がある。被告人は計画を立てず、金銭を利得しようとしていない。伊藤の指示のままに、殺害を実行している。死刑を回避すべきは、池田と同様である。
 被告人は、会長専務にも恩義を感じ、尽くしていた。利欲目的や恨みによる犯行ではない。被告人は、自分の責任を認める姿勢を貫き、自分の責任を実際より重く供述している可能性すらある。
 被害回復について。池田の控訴審判決では、被害者から奪った110万円が還付される可能性が示されている。被告人の両親と被告人は、香典を被害者の甥に送り続けている。被告人も刑務所に入ることとなれば、請願作業をして収入を得て、被害者に香典を送り続けるだろう。これは一生続けるべきものだと、被告人の両親も言っている。
 精神障害と知的障害は、死刑を回避する事情となりうる。弁護人は、一般面会でしか会えず、心理鑑定に必要な機材すら、持ち込めていない。テストを行ったところによれば、被告人の知的水準は、平均かそれ以下である。知的水準が平均以下の可能性はある。
 被告人は、睡眠不足、被害者らによる暴言や暴力に曝され、判断能力が減退していた可能性がある。これも考慮すべきである。
 また、本件においては、減刑嘆願の署名が、広く集められた。被告人の反省、伊藤、池田への憐憫の情は、人々に伝わっている。
 本来であれば、凶悪犯罪に、社会で暮らしている人々が共感することはない。しかし、本件においては、会長らのもとで被害者的立場にあったことに共感し、署名をした人々が多かった。本件は、一般社会の人々から、同情を買っているのである。
 専務の妻への事件では、被告人の立場は、池田に近い。無期懲役にすべきである。
 一般情状を見ていけば、死刑を回避すべき事情は多い。
死刑を回避していただけるよう、伏してお願いします。
以上

 弁護士の弁論が終わったのは、14時ぐらいの事だった。張り詰めた、よく通る声で、弁論を行った。「被害者」たちの犯罪への言及は少なかったが、それは最高裁の性質が理由だろう。最高裁は事件の事実関係については審理を行わない。そのため、事件の事実関係を直接に主張しても、その主張は審理の対象とはならない。また弁論には、短い時間しか与えられていないようである。これらの事情から、あまり言及できなかったのだろう。
 弁護士は、一審で被告人の事情が検討されなかった部分を読んでいた時には、涙声になっていた。弁護人が松原に思い入れを持っていること、何とか死刑を回避したい、という思いが伝わってきた。一審からこの二人に弁護してもらっていれば、松原の運命も、もう少し変わっていたかもしれない。
 ただ、弁護人の主張は、控訴審のものとほとんど変わり映えしなかった。変わったのは、松原の役割を、池田と同等であると主張している点か。控訴審で池田が減刑されたことをうけての、戦術だろう。
 弁護士二人の熱意と努力にもかかわらず、法廷にはどこか気だるげな空気が漂っていた。一人の人間の生死をかけた場とは思えない、弛緩した空気。地裁や高裁の審理とは、大きな違いである。これは、主張がこれまでと同様だからだろうか?
「検察官、弁論を」
 裁判長が促す。検察官は立ち上がり、弁論を読み上げ始めた。