伊藤和史の事件当時の精神状態について、公判傍聴記をもとに書き出してみる。以下は、2011年12月14日に行われた、長野地裁での証人尋問をもとに記述したものである。

 長野地裁においては弁護人の請求により心理鑑定が行われ、鑑定書と鑑定人の証人尋問が採用された。鑑定人は、TVに出演し、『かれらはなぜ犯罪を犯したか』などの著書がある、森武夫氏である。
 森証人は、東京大学の心理学部を卒業している。長年にわたって家裁調査官を務め、最高裁事務官に就任したこともあった。大学では25年間務めた。最後には、名誉教授となっている。犯罪心理学、家族心理学を専門として、教鞭をとっていた。情状鑑定の経験は、30件以上ある。裁判所、ないしは弁護人から依頼されたものとのことである。

 鑑定結果の概要は、以下のようなものであった。
 良亮が宮城を射殺した光景は、伊藤のトラウマとなっている。伊藤の現状は、不安による適応障害の項目に合致している。この適応障害は、主にストレスにより発生し、ストレスを与えたものが存在しなくなったからと言って、容易に回復はしないとのことだ。また、この適応障害は、PTSDの原因にもなりうる。森氏は、伊藤がPTSDに罹患している可能性もあると証言している。

 伊藤は、真島の家では、終始暴力を振るわれ、威圧されていた。暴力を受ける程度は、一番ひどかった。賃金はもらえずに、3時間の睡眠しか許されないような過剰労働をさせられていた。つらい、苦しいといった感情表現も許されなかった。楽しそうに笑っていることを強制された。行動の自由の制限もひどく、伊藤が大阪の自宅に帰ろうとしたときにも、良亮が自宅までついてきて、その動向を監視していた。

 良亮は頻繁に宮城殺害に言及し、「お前もああなってもええんか」と、伊藤を脅迫していた。そのため、伊藤には恐怖に加え、対人不信が生じた。それは、弁護士に対してさえも同様だった。
今村弁護士は、地裁段階から上告中の現在まで通して、伊藤を担当している。伊藤が受けた犯罪被害の凄惨さに同情したこともあるだろうが、今村弁護士の誠実さの表れでもあるだろう。伊藤はその今村弁護士に対しても、最初に面会した際には、非常に警戒していた。自分を守ってくれる人間だと説明されても、なかなか信用しなかった。不信感の強さをうかがわせる。
 真島の家では、終始見張られている感じがしており、トイレしか安心できる場所がなかった。精神不安定から入眠幻覚が生じ、他の人には見えないものが見え、聞こえない声が聞こえた。居ないはずの人の声が聞こえ、動物の幻視があった。
自らを否定され、「それだから出世できない」、「生きている価値がない」などと侮辱され続けることで、自信喪失にもつながった。モノの長さについても、他人に計ってもらわなければ、自分の測定が正しいか自信が持てないほどだった。

 伊藤は金父子に強い恐怖感を抱き、抵抗しても無駄ではないか、という心理状態にあった。そのため、一人ではとても踏み切れなかった。しかし、共犯者の話を聞き、同じ気持ちの人がいると知り、事件へと気持ちがシフトしていった。動機については、理不尽な犯罪被害を加える金父子への憎しみがあったが、それ以上に、不安や恐怖の対象を消したい、という思いが強かったと分析している。愛する家族のもとに帰りたい、自由になりたい、そのような思いが強かった。

 伊藤は追い詰められた心理状態であったため、犯行計画について、細かい点まで検討ができる状態ではなかった。失敗したらどうしよう、と考える余裕さえなく、ハルシオンで眠らせた後に会長や専務が起きてきたらどうする、という予想すら行えなかった。

 精神医学には、DSMマニュアルという、診断基準をまとめた手引きがある。このDSMの中にはGIFという精神機能の評価尺度がある。尺度は10段階に分かれており、数値が大きくなるごとに、精神機能が低下するとされる。1が健康状態、10が責任無能力の状態である。8か9で限定責任能力となり、伊藤の場合は7に該当した。限定責任能力に非常に近い状態であった。

 本件犯行は必ずしも冷血非情と言えるものではなく、一般人であっても同じ境遇に立たされれば、かなりの割合で殺人を行うのではないか。
 それが、森氏の真島事件についての結論であった。