続いて、松原智浩の東京高裁判決で認定された、犯行動機について引用する。松原の判決文は、「判例秘書」掲載のものである。
 松原智浩の高裁審理を担当したのは、第十二刑事部。裁判長は、井上弘通。裁判官は、山田敏彦と佐々木直人である。

<松原智浩・2012年3月22日東京高裁判決>
 本件犯行に至る経緯や動機についてみてみると,被告人(注・松原智浩)は,交際していた女性との結婚をF(注・金)会長らに許してもらえないであろうし,長年支配されてきた同人らに対する積年の恨みを晴らしたいとの思いもあって,本件に及んだとしている。確かに,被告人が,F親子の支配下に入り,高利貸しを本体としたEの水道設備部門等の従業員として,長年F会長宅に住み込んで働いてきたものの,かねてよりF親子から,給料の不当な天引きをされたり,ときには暴力的な扱いを受けたりしながら,文句も言えずに我慢を強いられていた事情があり,また,女性との結婚のためF会長のもとを離れたいが,たやすく許されるはずがなく,多額の現金を要求されたり,暴行を受けたりし,両親らに累が及ぶかもしれないなどと思い悩んでいたことなどが本件犯行につながったと認めることができる。
 そして,当審で実施した証人A(注・伊藤和史)の尋問やそれも踏まえた被告人の当審公判供述等も併せて更に検討すると,F会長は,非常に短気で些細なことでも怒り出し,周囲から恐れられていたこと(明確な裏付けはないが,少なくとも被告人は,本件当時もF会長が暴力団に所属し,幹部の肩書きを持っていると思っていた。),D(注・金良亮)専務も元暴力団員で性格は粗暴であり,被告人自身鉄パイプで殴られるなどの暴力を受けたことがあったこと,F会長らが営む高利貸しは,いわゆる闇金融といわれるもので,その取立方法は厳しく,借金を返さない債務者に対しては,暴力を加えてでも取立てをし,平成19年には,D(注・金良亮)専務の取立てに同行した際,被告人もD専務に加勢して債務者に対する暴行に及んで,D専務とともに恐喝及び傷害の罪で有罪判決(執行猶予付き懲役刑)を受けていたこと,借金を返さないまま逃げ出した債務者の居場所調査は,長野県内だけでなく,大阪や神奈川にまで及ぶこともあり,被告人は,日本中のどこへ逃げてもF会長らのもとからは逃げられない,仮に自分だけが逃げ切れても長野市内にいる家族に危害が及ぶのではないかと考え,逃げるに逃げられない心境にあったことなどの事情が認められる。同様にAもF親子の支配下にあって,Eの従業員としてF会長宅に住み込みで働かされていたが,被告人以上に束縛が厳しく,休日も自由な外出ができないほどであったこと,さらに,Aは,明確な裏付けまではないものの,以前にD専務が暴力団の兄貴分の男(注・宮城法浩)を射殺した現場に居合わせて,その直後の状況を目撃し,D専務に命じられて死体を隠す手伝いをさせられたことがあり,その口封じのためもあって動静を監視されており,D専務のもとから逃げ出したりすれば,いつか自分も殺されるのではないかと考えていたことなどの事情が認められる。
 上記のようなF親子の行状を間近で見たり,自ら理不尽な扱いを受けたりしてきたことにより,被告人及びAらが思い悩まされ,耐え難い心境に陥るとともに,積年の恨みを晴らしたいという思いを持ち,それが本件犯行につながった面があることは否定できないと認められ,このような被害者側の事情や経緯は,被告人にとって酌むべき事情として相応に考慮されてしかるべきである。

 判決内容は不公正であり、理由を示さない判断ではないかと思える部分も存在した。しかし、長野地裁判決に比べれば、まだまともに認定を行っている。
 判決文は、被告の感情をそぎ落として伝える。情状認定については、起こった出来事の羅列が主となるため、被告人の心情については、「被害者の冥福を祈っている」などの定型的な要約に変換されてしまう。事件時に何を感じたか、どれだけ苦しい立場に置かれていたか、反省や後悔の念などは、判決文を読んでいても伝わりにくい。まして、表情や態度などは見えてはこない。加えて、被告が事件時に置かれていた状況について、が逐一書かれているとは限らない。そのため、事件に至るまでの心境について、ニュアンスが伝わりにくくなる面もある。
 その点は、松原の高裁判決も同様である。それでも、松原、そして伊藤の苦痛や恐怖、置かれていた状況の過酷さは、伝わってくるのではないか。