伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

 遺族について、批判的な見解を述べてはならない、という風潮がある。しかしながら、「被害者」であろうが「遺族」であろうが、我々と同じ人間であり、その行動が倫理的、道徳的に評価されるのは、当然のことだ。
 ましてや、その言動が、重大事件の解明と関連があるかもしれないのであれば、少しばかり疑問をさしはさんだとて、悪いことは無かろう。

 私がこれから書くのは、金父子の遺族の一人であるK・Kの奇怪な言動である。

 K・Kは、神戸在住の建設業者である。文夫の甥であり、良亮とは従兄弟の関係に当たる。年齢は公判で語られたことはないが、2011年の時点で三十を超しているだろう。妻子持ちである。
 その風貌は独特であり、一度見たら忘れることはできない。スキンヘッドであり、薄い眉の下には、鋭い眼が光っている。筋肉隆々とした固太りの体格は、彼が金父子と血縁関係にあることを納得させた。
 また、服装にも特徴があった。多くの裁判を傍聴してきたが、遺族はスーツ姿といった礼服で、遺族席に座っている。しかし、K・Kは半袖シャツ、半ズボンといったカジュアルな格好であり、一度もスーツのような改まった格好をしているのを見たことがない。
 公判に出廷した際には、被害者の大きな遺影を掲げて、被告を睨みつけている。伊藤の家族の涙には、嬉しそうに見える笑みを浮かべていた。伊藤の長野地裁での被告人質問の際には、指をボキボキ鳴らし、威嚇していたようである。
 伊藤の書いた上申書によれば、平成20年12月には、逃げた債務者二人を捕え、文夫の前に突き出している。当然、文夫がヤミ金を行い、人々を苦しめていることを知っていただろう。なお、文夫はK・Kの前で、「お前ら,これからワシらと働け,返事せんと殺してまうぞ」と債務者たちを恫喝しており、さらには「二人を思うようにつかえ」とK・Kに許可を与えた。債務者の一人は、文夫の統率するオリエンタルグループの忘年会にも、出席させられたらしい。上申書では債務者二人の具体的な名前も挙げられている。
 K・Kの奇怪な言動は、伊藤の上申書の中だけに存在するわけではない。長野地裁の公判では、宮城事件について、疑わしい言動が見られた。
 
 平成23年12月13日、K・Kは証人として、長野地裁の公判に出廷した。検察側の質問には、極めて流暢に答えていた。なお、検察官の質問の間中、獲物を追い詰めるような、にやにや笑いを終始浮かべていた。
 会長も専務も伊藤やその家族を可愛がっていた、伊藤もお世話になっていると感謝していた、などと述べた。 また、文夫の妻が2011年の裁判前に死亡したことに触れ、「犯人たちに処罰感情を述べられないのが心残りと言っていた」「伊藤は、特にかわいがっていたのに、すごく腹が立つ、なんて奴だ、と言っていた」と供述した。なお補足すれば、金文夫は、この死亡した妻とは別に、息子の良亮よりも若い愛人を持っていた。
処罰感情については
「時間が経つにつれ、伯父や良亮を失った喪失感は大きくなる」「死人に口なしだ」「伊藤は醜い、極刑にしてほしい」
と述べていた。極刑という言葉を口にしたとき、にやにや笑いが大きくなった。「極刑」という言葉の余韻をかみしめ、味わっているようにも見えた。
 しかし、弁護人の証人尋問へと移ると、K・Kの余裕は崩れていった。証人尋問を担当したのは、伊藤の弁護に一審から携わっている、今村善幸弁護士である。
 今村弁護士は、まず、K・Kの調書内容について質問した。
「貴方は調書の中で、『会長は平成21年7月まで、山口組清水組のやくざでした』と述べていませんか?」
事件前から、文夫の反社会性を知っていたのではないか。今村弁護士は、そう問いたかったのだろう。
「私は、事実として知りません」
K・Kの返答は少し早口であり、少なくとも検察の証人尋問の時のような、余裕ある態度ではなかった。
「知らないんですか?」
「調書は、警察に教えてもらって書きました」
「調書の中に、そういう記載があるのは確かですか」
「はい」
 K・Kは、不承不承といった感じで認めた。今村弁護士は、平成21年5月に伊藤が真島の家に住まわされた時にはまだ金文夫が暴力団組員だったことを確認するが、K・Kはこれに、聞き取れない、あいまいな返答しか返さなかった。
「専務は、山口組系の松下組のやくざでしたね」
との質問には
「まあそれも、後に聞いた話ですが」
と、事件前は知らなかったかのような返答を返す。深い関係があった叔父や従兄弟について、随分と知らないことが多いようだ。
「会長のマジェスタは、元々、誰のだったと聞いていますか」
「Hさん」
「Mさんのものと聞いてはいませんか」
「知りません」
 つまり、金文夫は、他人のマジェスタを運転していたということだ。もちろん、債務者から取り上げたということだろう
 また、K・Kのマジェスタは、文夫から購入したものだった。今村弁護士は、これについても質問する。
「会長が、利息が払えない債務者から取り上げたマジェスタと聞いていませんか」
K・Kは「聞いていません」とだけ答えた。質問を早く終わりにしたい様子であった。

 続いて、宮城の遺体が発見された、高田の倉庫についての尋問へと移る。この部分が、K・Kの疑惑を掻き立てる部分である。
「松原さんは、貴方が、宮城の死体が倉庫にあることを知っていた、と証言していた」
「私は、宮城は知らない。見たことがない」
「名前は知ってた」
「はい」
「倉庫の死体、ニュースで初めて知ったと」
「はい」
「宮城、中川、と、その死体の身元知ってないか」
「ニュースで流していました」
そして、倉庫内での言動に、質問内容は移る。
「倉庫に入ったのは3月28日」
「そうです」
「入った時、倉庫に死体あると解らなかったですか」
「確認したわけじゃない」
「なるほど」
 宮城の遺体が、倉庫にあることを知らなかったと、K・Kははっきりと答えたわけだ。これが嘘であれば、K・Kは偽証罪に問われる危険性がある。
 続いて、倉庫内に入った話に移る。K・Kは、事件発覚前に、伊藤とともに倉庫に入った。まず、東側の小さな出入り口の鍵を開け、倉庫内に入った。倉庫に入って、まず眼に入ったのはバイクだったが、それには目もくれず、ハチロクの方に行く。そして次に、宮城の死体が入っていたレガシーの、左の助手席の後部のドアを開けた。
「高田の倉庫に入った時、レガシーは見えませんね」
「はい」
 倉庫は雑然としており、様々なものが積んであった。死体の入ったレガシーは、その倉庫の奥、ドアから遠くに位置していた。そのレガシーまで、K・Kは随分とスムーズに移動したようだ。
「その後、後ろのハッチバックのドアを開けました」
「トランクを開けましたね」
今村弁護士は、確認する。
「はい」
 この当時、レガシーのトランクには、良亮が殺した宮城の遺体が、積まれたままになっていた。
「開けて、伊藤さんに何と言いましたか」
「この車、いやに臭いと」
「中川っていう言葉、出していませんか」
「いえ・・・」
 今村弁護士は、より直截に、質問を続けた。
「こういう風に言ってませんか『これ(死体の事)、やばいぞ!間違いなく中川(宮城の別名)だ!間違いなくヤバイで!もう出よう!』とは言っていませんか?」
「言っていません」
 K・Kがこのような言葉を吐いたのであれば、長時間にわたり放置され、原形をとどめていない死体を一目見て、宮城の遺体であると解ったということになる。それは、あらかじめ、宮城の死体が倉庫内に隠されていたことを、知っていたということにならないか。
 K・Kは、トランクの中を見たか否かについて、「臭いがきつかったので、そんなに大きく車のトランクを開けていない」とトランクの中身を見たことについて否定した。
「一年半を経過している、しかも、二度も夏を越している死体ですよ。ものすごい匂いですよね」
 今村弁護士は、当然疑問を呈した。K・Kは、自分は阪神大震災の時に死体の臭いを嗅いだことがあり、死体と同じ臭いがすると思った、とは認めた。
「伊藤さんに、こう言っていませんか?Uをさして、『あいつに、車を引き取らせよう。コレは何やと言って、突然出てきたことにしよう』と。・・・今、頷いていますか?」
「私、言った覚えがないです、そういうことは」
 どうやら、この質問時、K・Kは相当に落ち着きをなくしていたようだ。もしもK・Kがこのように言っていたのであれば、宮城の死体を警察が発見する前に、何とか処分しようと考えていたということになる。なぜ、K・Kは宮城の死体を処分せねばならないのか?
「会長は、死体があることを知っていたのでは」
「解んないです」
 金文夫は、事業全体を統括し、金の出入りにも目を光らせていた。良亮の動きも、細かく把握しようとしていた。その文夫が、良亮が死体を倉庫に隠していることを、知らなかったということがありえるだろうか?
「月に一度しか長野に来ていないあなたでさえ、死体だと解った。なら、会長は?」
「解らないです」
 また、平成22年4月6日か7日午後に、佐藤、丸山、という二人の刑事が真島の家に聞き込み捜査にやってきた。刑事二人はK・Kに名刺を渡しており、今村弁護士に指摘され、K・Kも名前を思い出した。この時は、伊藤たちがまだ逮捕されていない時である。この時のK・Kの言動についても、今村弁護士は質問をした。
「貴方は刑事に『会長は厳しい人間で、ここは、ヤクザの部屋住みよりも厳しい』と言っていませんか」
「覚えていないです」
 言っていないとは否定しなかった。ちなみに、この当時は事件から、一年数か月しか経過していない時点である。刑事がやってきた印象的な場面の事を、随分あっさりと忘れてしまったらしい。
 そして、今村弁護士は、高田の倉庫の図面を用いて、倉庫内のK・Kの動きを明らかにしようとした。しかしこの時、K・Kは異様なまでの狼狽を示していた。
「貴方の入った出入り口に、印をつけてください」
「これを、しないといけない事情があるんですか?」
非常に拒否的な態度を示した。今村弁護士は、この拒否に対し、高木順子裁判長に訴訟指揮を求めた。K・Kは、「関係のないこと。良くわからない」「私はこの事件に関与している人でもないので!関係ないという前提で、何をもって指せばいいか解らない!」などと、声を荒げ、答える。倉庫内での行動について答えるのが、そこまで躊躇することなのか?
「処罰受ける恐れがあるのであれば、法的には拒否できます。拒否しますか?」
 今村弁護士は、K・Kに問う。暗に、宮城事件への関与を問うた質問であった。
「いや、やりますよ」
 気にしていない、とでも言いたげに、笑う。やりたくなさそうであったが、K・Kとしては、そう答えるしかなかっただろう。
 検察官は、「弁護人の、金父子がどんな人かと言う立証趣旨とは、関係ない」と、K・Kに助け船を出した。
 今村弁護士は、K・Kが答えなさそうだと思ったのか、これで事件についての質問を、いったん打ち切った。
続いて、検察官が、倉庫に入った理由などを質問する。K・Kの不審点を、少しでも払拭しようとしている様子だった。弁護士の尋問中も、細かい点にケチをつけて、幾度も尋問を中断させていた。「遺族」を庇護したいようだが、問題となっているのは、事件の真相究明に当たり、重要な事柄だ。ことによったら、証人が何らかの犯罪に関与したか否か、と言う問題も含んでいるものである。真相究明を考えないで良いのだろうか。
 しかし、検察官の努力も実らず、さすがに裁判員もK・Kの言動に不信感を抱いたようであった。
まず、中年女性の3番裁判員が尋問を行った。
「死体の臭いだと解り、それで、今後どうしようというのはありませんか?」
死体の臭いを嗅げば、不信感を抱き、正体を確かめようとするのが普通だ。また、死体を発見すれば、すぐに警察に通報するのが一般市民である。
「後日に警察が、一緒に同行すると決まっていましたので。二つの倉庫とも、岡村刑事と二人で行こうとなっていましたので、私自身がどうこう、手を打つとか、しませんでした。いずれ警察が来たらはっきりとするだろうし。事件と解って、遺体と解り、今記憶がくっついて、すごいと正直思っている。私の感覚では、わざわざ臭いものを引っ張り出そうと思っていない。私は、まるで関係ないことと思っていました。証言しないといけない、すごい話みたいになっていますが、関係ない者としては、拒否をしたいと、そう思っていると」
 だらだらとした、多弁ではあるが要領を得ない答えである。しかし、死体の臭いなどしたら、普通は正体を確かめるぐらいはする。また、金父子が何をしていたか、関心は持たなかったのだろうか。
続いて、6番裁判員が尋問を行った。
「後日とは、いつ?」
 死体発見が遅くなれば遅くなるほど、事件の実態が分からなくなるかもしれない。それは、素人でも解ることである。
「元々は、すぐにでもと。しかし、失踪届を出した段階なので、すぐに、警察はいろんなところに来てくれないんですよ。時間も、実況見分とか。何日か経つと、どんどん心配になるでしょ。ことの重要性を見て、初めて動きだしてくれる。事件当時は、三人が失踪となっていた。時間がたってから、大変だとなっていくんです。担当刑事さんが、一人、二人、来てくれる。最初から、あっちこっちに警察が出る話ではない」
すぐに警察が来ないのであれば、余計に、早く警察に知らせるべきではないか。この時のK・Kの様子には、際立った変化があった。落ち着きなく、体を動かしていた。今村弁護士は、それを見逃さなかった。質問の時間ではなかったが、横から質問を行う。
「左足をカクカクしながら話しているのは、なぜなんですか?」
 K・Kは、「貧乏ゆすりです」とだけ答えた。貧乏ゆすりは、気分が落ち着かない時に、出てくるものではないか。
 高木裁判長は、弁護士に許可を得て話すように注意する。そして、この質問の所は、公判記録から抹消した。検察官の発案である。
 また、2番の裁判員も失踪届を出した日にちについて尋問を行い、K・Kは26日だと答えた。
 最後に、今村弁護士が、もう一度尋問に立った。
「貴方が高田の倉庫に入った時には、会長たちが失踪中となっている時ですね」
「そうです」
「貴方は、トランクを開けて、死体かも知れないと思った。とすれば、あなたはその死体を、会長、専務、有紀子さんのかもしれないとは、思わなかったのですか?」
 それが、だれしもが抱く疑問だっただろう。私も、それが疑問であった。3人の失踪中、死体の臭いがする。そうなれば、心配し、その臭いの元を確かめようとするのが普通だ。
 K・Kは、何事か答える。しかし、その声はあいまいで小さく、聞き取ることができなかった。伊藤の死刑を求めていた時のような、はっきりとした声とは、完全に異なる。
 なお、宮城の死体は、警察の捜索により4月10日に高田の倉庫から発見された。K・Kは、死体発見前には、警察に全く死体について話していないということだ。

 なお、12月14日の長野地裁公判で、伊藤の被告人質問が行われた。その際、K・Kの言動について、大体以下のように答えている。
 「正面にバイクが見えました。K・Kさんは、『良亮、まだバイク遊びしてんのか』と怒っていました。(バイクには)触りません。レガシーのほうに歩いていきました。最初に行ったのはレガシーの方です。車は四台ありますが、最初に行ったのはレガシーの方です。出入り口の所から、死体の入ったレガシーは見えません。K・Kさんが先頭を歩き、自分がついて行きました。レガシーまで行って、助手席の後部座席を開けました。K・Kさんは、『うっ』と声を出して、ドアを閉めました。中にあるRVXの荷物を確認し、ドアを閉めました。(K・Kの言動について)その通りに言っていいですか?『これ、やばいぞ。間違いなく中川(宮城)や。絶対ヤバイで。これ中川の死体やで、ここ、もう出よう』と言いました。その後、あわてるように二人で倉庫を出ていき、真島の家に一緒に戻りました」
 なお、倉庫内の写真について、スクリーンに映し出された。宮城の死体が入ったレガシーは、K・Kと伊藤が入った出入り口とは反対の、倉庫の隅に止めてあった。また、その周りを三台の車が囲んでいた。つまり、K・Kたちが入った出入り口からは、最も見えにくく行きつきにくい場所にあったのだ。その場所まで、K・Kはさほど躊躇せず、ほぼ一直線に向かっていった。
 また、高田の倉庫から戻った後、K・Kはこのように言っていたらしい
「松原さんのいない時『Uちゃんにレガシーを引き取らそう。そして、いきなり何かでてきたようにしよう』と言いました」
 そして、金文夫とK・Kの宮城事件への関与については
「僕の思っていることですが、そもそも会長も、K・Kさんも、この件について知っていたと思います」
 と、状況を分析して、本人なりに結論を導き出している。なお、この一連の質問の間、K・Kは顎を上げ、口をすぼめ、冷ややかな目で伊藤を睨んでいた。
 K・Kは、レガシーに死体があることを、あらかじめ知っていたのか?また、その死体が誰のものかについても、知っていたのか?そして、その死体を処分しようと考えていたのだろうか?証人尋問を聞いた限りでは、K・Kの行動は不可解であり、疑問は深まるばかりだった。
 もしも、死体の存在と身元を知り、死体を処分しようと考えていたのであれば、それはなぜなのか?どうして死体の存在と身元を知っていたのか。どうして、死体を処分しなければならなかったのか。なぜ、すぐに警察に通報しなかったのか。

 また、同じく12月14日の長野地裁での被告人質問で、事件後のK・Kの言動について、伊藤は以下のように答えている。
「K・Kさんの指示で、真島の貴金属、見つかって困る借用書を集めました。自分が見たのは7000万円の現金ですけど、他にもあると思います。貴金属は、ライターと、主に時計(300万円相当など、高級品)です。書類は、見せられるのと、見せられない借用書、ノートパソコン、権利書です。(見せられない借用書は)自己破産後に書かせた借用書です。ボストンバッグに四つに分け、K・Kさんの事務所に送ったと聞いています」
 これは、伊藤だけが言っているわけではない。同じ12月14日の公判で、金文夫の内妻であるK・Aも、事件後に真島の家からの書類や金銭移動が行われたと証言している。また、K・Aの部屋からは、7000万円が硫黄させられたとK・Aは認めている。K・Aは書類の内容について「解らない」として語りたがらなかったが、伊藤の供述と遺族であるK・Aの証言は、ほぼ一致しているのだ。K・K主導による書類と金銭の移動は、実際に行われたと考えて良い。
 金父子の犯罪について、何も知らなかったのか?

 信濃毎日新聞の取材には「伯父は被告たちを可愛がっていた」と答え、金父子の正体について、何も知らないという態度をとっていたK・K。しかし、実際には、金父子の犯罪行為について知悉しており、一部は関与さえしていたのではないか?
 なお、K・Kは、2013年9月19日以降の伊藤の控訴審公判には、判決公判まで姿を見せていない。最高裁の弁論にも、姿を見せていない。また、2013年11月7日の池田の控訴審弁論の際も、傍聴席に姿を見せなかった。長野地裁の公判閉廷後には、他の遺族たちと廊下で笑いながら話している姿が、よく見られた。

 もちろん、K・Kの真意や、関与の実態などは、裁判で俎上に載せられていない。検察は興味を抱かなかったようだ。なので、私も断定的なことは言えない。しかし、法廷でこのようなやり取りが行われたこと、伊藤が上申書に上記のような記載をしていたことは事実である。
 そして、K・Kの言動は、証人尋問だけとっても、何も知らないにしては非常に奇怪に感じられた。それだけは、書いておきたい。

 伊藤和史の上告審判決期日が、4月26日15時に指定された。

 今村弁護士から、「長野の会」に連絡があった。私は数日間メールをチェックしておらず、ついさっきそれを知った次第だ。
 もはや、何も言いたくない。一月に満たない期間で判決が出るのだから、当然上告棄却だろう。
 裁判所はこの数年間、何を見て、何を聞いてきたのか。
 私は二度と、検察や裁判所の正義など、信じることはない。

 司法官僚たちは、自らの犯罪に失敗し、反撃を受けたという理由だけで、その罪をすべて消し去った。そして、伊藤や、金父子から被害を受けた人々の傷や苦しみに目と耳をふさぎ、伊藤たちを死に追いやったのだ。

 控訴審第二回、第三回公判と順番が前後するが、この傍聴記が先に完成したので、投稿しておく。

 2013年7月16日、午後3時より、伊藤和史の第四回控訴審公判が行われた。
傍聴券は、14時45分に、先着順の締め切り予定であった。しかし、14時38分に、予定の40人に達したのか、傍聴券が希望者へと配られた。伊藤の母と妻も法廷に来ており、傍聴券の交付に並んでいた。「長野の会」の支援者たちも、来ていた。
 この日は、伊藤の精神鑑定を行った鑑定人の、証人尋問を行う予定であった。開廷前、今村善幸弁護士は証人と共に待合室に入り、相談を慌ただしく行っていた。証人は、眼鏡をかけた、白髪交じりの短髪の、50代ぐらいの男性である。スーツ姿であり、生真面目で紳士的な印象だった。
 もう一人の、東京高裁から付いた今村弁護士は、先に法廷内に入って準備をしていた。その後、一度待合室へと入り、今村善幸弁護士や鑑定人と少し話をし、又再び法廷内に戻る。
 私たち傍聴人は、15時となり、ようやく入廷が許された。
 この日、検察官は、水沼から山下純司という、初老の男に代わっていた。全体的に痩せているが、顎は年相応に弛んでいる。髪はやわらかく、眼鏡をかけており、サラリーマン的な印象を与えた。
 伊藤は、どこか不安そうな表情で、入廷した。以前のように長袖の白いジャージの上下を身に着けている。服がないのかもしれない。眼鏡をかけて、髪は丸坊主にしている。一審時と比べ、少し肌の色は良くなり、普通の体格に戻ってきているようにも思えた。
 法廷に入る際、傍聴席の方に深々と一礼した。しかし、この日はK・Kをはじめとした「被害者遺族」は不在であった。これからも、幾度か遺族不在の法廷が開かれることとなる。

 裁判長たちが入廷し、公判が開始される。村瀬均裁判長は、これまで採否を留保していた小林マサト証人を、採用決定した。検察官はこれに同意し、内容の信用性を争う、と述べた。弁護人は、30分ほど証人尋問を行うこととする。
 証人は促されて証言台の前に立ち、宣誓を行い、小林マサトと名前を告げた。伊藤は、証人の方に一礼をしていた。
そして、証人は、前記の記事に書いた通りに証言を行った。

 証人尋問終了後、主任弁護人の今村善幸弁護士が、被告人質問を行うこととなる。10分程度、と述べていた。伊藤は、裁判長に促され、証言台の椅子に座る。証言台の前で、傍聴席の方を向き、一礼をした。
今村弁護士(長野)の被告人質問
弁護人「引き続き、主任弁護人の今村から、話を聞きます」
伊藤「はい」
弁護人「小林先生の話は聞いていましたか」
伊藤「はい、聞いてました」
弁護人「思ったことは」
伊藤「自分は、小林先生作成の鑑定書を何度も読んで、先ほどの小林先生が説明下さったことを聞いて、当時自分の陥っていた状況について、解り易く説明をしてくださったと、良くわかりました。それで、あの、自分が今回作成した上申書の中で、自分が当時陥っていたことに、言っていたんですけども、小林先生の考えている、説明しているというような内容と、よく似たことを、自分は上申書に書いています」
弁護人「書いている」
伊藤「はい」
弁護人「例えば」
伊藤「言葉で言えば、僕は、操り人形という言葉で表現しています」
弁護人「どういう意味で使ったか覚えていますか」
伊藤「時期で言えば、平成20年上旬となります」
弁護人「控訴趣意書,弁二号証、60p、5行目を示します。『私は不満の気持ちを抑えることができず、文夫さんと良亮さんの操り人形になっている気持でした』とある。この部分ですか」
伊藤「はい、そうです」
弁護人「この意味は」
伊藤「この時期に、記載した操り人形という意味合いは、僕が文夫さんと良亮さんの存在や世界を、世界について、頭の中では拒否とか拒絶しているんですけど、僕の体が文夫さんや良亮さんの激しい暴力や拘束により、服従してしまっている状態で、自分の体が勝手に動いてしまっているという状態です」
弁護人「平成21年4月に、操り人形と書いている」
伊藤「はい」
弁護人「この時、初めて自分が操り人形だと感じた」
伊藤「この時期に確信したんですけど、今思えば、操り人形になってしまったというきっかけは、平成20年の10月の頃になります」
弁護人「平成20年の10月に、何があった」
伊藤「平成20年の10月当時、自分は大阪の自宅にいてて、家族と一緒に生活していたわけなんですが、あの、突然まあ、良亮さんから連絡があって、原田さんが逮捕されてしまったと知らされて、原田さんの代わりに僕が長野に来て働けという風なことを強要されたんで、そのことについて、自分は家族から離れたくないっていう思いで、答えに困っていたんですけども、その時に良亮さんが、『お前もあいつみたいになってもええんか』という言葉を言われてしまったので、まあ、その時期から、良亮さんが宮城さんを拳銃で射殺したことですね、その時の状況が頭に思い浮かんでしまって、自分は、その、強い、恐怖心に包まれてしまって、そこから操られていたんじゃないかって思ってます」
弁護人「実際に、貴方が、あいつみたいになってもええんかという風に言われたのは、その時が初めてなんですか」
伊藤「いや、この時は二回目なんですけど、一回目は、平成20年7月21日、良亮さんが宮城さんを殺害した時なんですけども、その時、目の前に宮城さんがいたってことで、『お前もこいつみたいになってもええんか』と言われたことが、一回だけ」
弁護人「そして、先ほどの話だと、操り人形という言葉を、二回使った」
伊藤「はい」
弁護人「もう一つは、どこですか」
伊藤「もうひとつは、平成22年の1月」
弁護人「平成22年の1月」
伊藤「はい」
弁護人「控訴審弁二号証、72P,上から一行目を読みます『私は、真島の家に戻る途中で、再び文夫さん良亮さんの操り人形になると思うと、身も心ももたない思いでした』とある」
伊藤「はい」
弁護人「ここで、貴方が書いた操り人形というのは、どういうつもりで書きましたか」
伊藤「この時期ですと、操り人形という意味は、僕が、文夫さん良明さんの世界から、抜け出したくても抜け出せないような状況で、心身ともに、自分で言うことを聞かせられないっていう状態に陥っていて、肉体的に、精神的に、限界に達しようとしているのか、限界を超えているのか解りませんが、そういう風な状況でした」
弁護人「自殺をあきらめ、殺害決意したのは、平成21年の秋でしたね」
伊藤「はい」
弁護人「自殺諦めたきっかけは、電話で、奥さんの声を聴いたことでしたね」
伊藤「はい」
弁護人「殺害することについて決めた、秋から平成22年までは、心境は」
伊藤「その時の心境なんですけど、自分は、自分は、あの、文夫さんと良亮さんの存在が、完璧すぎたっていうような感じだったので、確実に文夫さん良亮さんの世界から抜け出すためには、文夫さん良明さんは完全に殺害してしまわないと安心ができない、という状況になりました」
弁護人「そういった中で、松原さんから、二人を『一思いに殺してやりたいな』と言われた」
伊藤「はい、そうです」
弁護人「いつごろですか」
伊藤「そう言われたのは、平成22年の2月の10日ごろです」
弁護人「ところでね、自分を鬱病だと感じたことはありませんか」
伊藤「それは全く、全然わかりませんでした」
弁護人「まわりの人から鬱病だと言われたことは」
伊藤「自分が今記憶にあるのは、長野地裁の一審の時に、妻の証言から、えー、この人っていうのは僕の事なんですけど、『この人、病んでるんじゃないかな』という言葉を聞いた時に、ああそうだったんだな、と思いました」
弁護人「奥さんのその証言は、どの時期をさしているんですか」
伊藤「時期で言えば、えー、弁護士さんが質問した内容は、あの、真島の家に住んでから様子が変わってからどうでしたか、という内容だと思います」
弁護人「真島の家に住んでから、奥さんは、貴方が病んでるんじゃないかと思ったということですか」
伊藤「はい」

 検察官からの被告人質問は行われなかった。伊藤は、傍聴席の方に一礼し、被告席に戻った。この日も、硬い、不安そうな表情が多かった。
 これで、証拠調べは終わり、次回に弁論を行うこととなる。9月16日15時に、期日が指定される。この日の公判が終わったのは、15時55分のことだった。
 伊藤は手錠をかけられた後、裁判長に促され退廷する。
 その途中、支援者の一人は「頑張って、これだけ応援しているんだからね!」と、退廷時に伊藤に声をかけた。伊藤は、黙って頭を下げた。私も、「お体に気を付けてください」と伊藤に声をかける。これに、伊藤は二度頷く。
 伊藤は、答えることができない。応援に答えれば、裁判所から注意を受けてしまうからだ。
 そのまま刑務官に促され、扉の奥へと消えていった。

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