伊藤和史獄中通信・「扉をひらくために」

長野県で起こった一家三人殺害事件の真実。 そして 伊藤和史が閉じ込められた 「強制収容所」の恐怖。

 7月13日、西川正勝、住田紘一の死刑が執行された。西川が再審請求中の死刑執行だったこともあり、今回の死刑執行は比較的報道されている印象だ。
 私は、今回の死刑執行について非常に驚いた。まさか、内閣改造による辞任(辞任せざるをえまい)ぎりぎりに執行をするとは思わなかったのだ。世間ではその強権ぶりで非難を浴び、辞任をあと二十日ほど後に控えている。「熟慮を重ねた」という決まり文句を垂れ流すが、本当にこのタイミングで、熟慮して執行する余裕があったのだろうか。
 今回の執行については書くべきことが多いので、いくつかに分割する。

 まずは西川正勝の死刑執行について。一件の殺人と三件の強盗殺人(本当の金目当ての殺人)で死刑が確定した。公判時から、強盗殺人三件については無罪を主張し、再審請求をしていたようである。
 彼は、再審請求中に執行された。再審請求中の死刑執行は、1999年に死刑執行された、長崎県老女殺害事件の小野照男以来である。そのほかには、1958年に、福岡で再審請求中の死刑執行があった。その死刑囚は無罪を主張して、再審請求を頻繁に行っており、同時期に死刑が確定していた免田栄さんは冤罪の可能性を指摘している。なお、西川には殺人前科があったが、小野にも殺人前科があった。それも、執行への心理的障壁を消したのかもしれない。もちろん、前科があったからと言って有罪ということにはならず、本来であれば有罪無罪とは分けて考えるべきものである。
 西川の訴えの通り無罪であれば不当な執行と言えそうだが、本当にすべての事件で有罪であったのならば、死刑執行は仕方なかったかもしれない。
 西川が有罪であるならば、再審請求中に執行されたこと、金田勝年により執行されたことを除いて、特に思うところはない。

 第一に、再審請求中の死刑執行について。
 これには、三つの問題があると考える。
 一つ目の問題。再審請求中の死刑執行が、冤罪者の救済を不可能にする行為であることは、言うまでもない。
 免田事件、島田事件、松山事件で警察・司法の被害にあった人々、冤罪者たちは、何十年間も再審請求を行い、漸く無罪が認められた。再審請求中に執行がされていれば、当然ながら冤罪は闇に葬られただろう。「再審請求中の死刑執行」を是認することは、そのような事態の是認にも繋がりかねない。仮に、西川の再審請求が根拠ないものであれば、またもや速やかに棄却されたであろう。再審請求の棄却を待って死刑執行しても、特に問題ないのではないか。

 そして、二つ目の問題。これは、あまりピンとこないことかもしれない。再審請求中の死刑執行は、検察庁による司法権の侵害ではないか。
 再審請求中の死刑執行は、法務省が再審請求を強制的に打ち切ることに他ならない。つまり、実質的に法務省という行政が司法に介入し、死刑囚の有罪無罪を判断しているに等しい。もちろん、再審請求に判断を示すのは、裁判所という司法の役割である。
 その点は誰も言及しないが、司法権の根幹を揺るがしかねない問題ではないのか。
 検察官がどう絡んでくるのか?と考える方もいると思うので、先を急ごう。
 まず、法務省における法務大臣の役割は、金のかかる看板に堕している。そして、法務行政を実質的に支配しているのは、検察官である。
 死刑執行命令書に公印を押しているのは、事務方である。法務大臣は、「死刑事件審査結果」という書類に判を押すだけだ。このように、命令書に判を押さないことで、責任者である法務大臣が、なるべく責任を軽減されるシステムになっている。また、死刑執行の上申を行うのは、法務官僚と検察庁である。
 そして、「法務官僚」とはいうが、その実態は検察官である。
 例えば、現在の法務省事務次官である黒川弘務は、元検察官である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E5%B7%9D%E5%BC%98%E5%8B%99 
 1983年に検察官に任官し、東京、新潟、青森などの検察庁に勤務した。歴代の多くの事務次官も、検察官出身者である。また、法務省最高幹部の大半は、検察官出身者である。
 法務省の事務方最高位である事務次官は、検察庁内部では№4程度の地位でしかなく、検事総長への出世の足掛かりに過ぎない。
 例えば、現在の検事総長である西川克行は、事務次官を歴任している。
http://www.moj.go.jp/keiji1/kanbou_kenji_01_index.html
 検察庁は行政庁、しかも法務省という行政庁の一機関でしかない。しかし、その検察庁が本体である法務省を牛耳っているのである。このこと自体、不思議な状況だが、死刑執行ともなれば一層、不思議な状況となる。死刑を要求した検察庁が、自らの要求を「正当である」と太鼓判を押して、死刑執行しているのだから。囚われた泥棒に、牢屋の鍵を渡すようなものではないか。
 7月13日付の毎日新聞の記事では、西川の死刑執行について、『同省(注・法務省)幹部は「執行を避けるための形式的な請求が繰り返されているケースもある」と指摘する』と、「法務省幹部」の談話を紹介している。この法務省幹部は、検察官である可能性が高い。本人が検察官でなくとも、法務省を支配する検察の意向を汲んで、談話を出していると考えられる。記事の見出しは、『「再審請求、形式的」法務省』となっているが、『「再審請求、形式的」検察庁』と書いた方が、正確である。この談話は、検察官(ないしはその代弁者)が「検察が獲得した死刑判決は正しい!」と言っているだけであり、公正な立場からの、信頼性のある発言とは言えない。毎日新聞は、法務省内での検察の権力、死刑執行への関与は知っている筈である。読者に正確な情報を提供したいと考えているならば、そうした内情も併記すべきではないか。 
 検察官が権力を振るっているのは、法務省の内部だけではない。本来の権限として、警察を指揮監督し、起訴権をほぼ独占し、裁判の執行を指揮し、求刑を行う権利を持っている。この求刑を通し、裁判の量刑にも、大きな影響力を持つ。有罪となれば、多くの場合、量刑は検察官の求刑に近くなるからだ。死刑求刑となれば、下される判決は軽くても無期懲役である。
 およそ酌量の余地のない事件ばかり死刑求刑されるのであれば、それでも問題ないかもしれない。しかし、光市事件判決以後は、そうではなくなっている。
 伊藤和史の共犯者である池田薫も、控訴審で減刑されたものの、無期懲役にしかならなかった。また、幼いころに自分に性的虐待を行った男性を殺害、その両親も予期せず殺傷したI・H被告も、「被害者の性的虐待によるPTSD」が検察官による精神鑑定で立証されたにもかかわらず、無期懲役にしかならなかった。現代において無期懲役とは、少なくとも30年は服役せねばならない。死刑求刑の果ての無期であれば、服役期間はより長期化する可能性が高い。
 検察官の求刑は意見に過ぎず、それに沿わねばならない法的根拠はない。それにも関わらず、量刑面についても、検察官の意見が大きく影響を及ぼしている。判決内容についても、検察官は大きな影響力を振るっているのだ。
 再審請求中の死刑執行は、検察官である法務官僚が、再審請求への判断を行っているに等しい。三権分立の侵害であり、検察官に司法の支配権を許す行為である。
 安倍総理は、「行政と立法の長」だそうだ。しかし、再審請求中の死刑執行が認められることにより、検察庁は「法務行政と司法」の支配者となるのである。

 三つ目の問題点。再審請求中の死刑執行は、憲法で保障された裁判を受ける権利を、奪うものではないか?
 刑事訴訟法442条には、『再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない』と規定がされている。しかしながら、憲法32条には、以下のように規定されている。
 『何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない』
 なお、憲法は刑事訴訟法を含めたすべての法律の上に立つ最高法規であり、刑事訴訟法の在り方を拘束し、刑事訴訟法よりも優先する。
 再審請求中の死刑執行は、この「裁判を受ける権利」を実質的に奪うものではないのか。
 もちろん、再審請求の審理が憲法に言う「裁判」に当たらないのであれば、この限りではない。しかしながら、そのような説は聞いたことがない。再審請求に対しては「決定」が行われ、これは裁判所による裁判であると、刑事訴訟法の参考書には書かれている。再審請求自体が、「裁判」の一つである、非終局裁判に当たるのではないか。
 仮に、「再審請求」自体が「裁判」と言えないとしても、再審公判自体は、明らかに裁判と言える。その再審の可否について、判断を死刑執行により強制的に打ち切ってしまう。これだけでも、明らかに裁判を受ける権利を侵害していると言えるのではないか。
 なお、刑事訴訟法442条には、『検察官は、刑の執行を停止することができる』とある。しかし、再審請求は検察官が要求し獲得した判決に対し、その破棄を求めるものである。ここでも、検察官に、検察官の要求を審査させていると言えるのではないか。死刑執行は、法務大臣の命令によるので、条文上は検察官が冤罪者の口をふさぐことはできないようになっている。しかし、実際には死刑執行は検察官が上申し、多くの局面で関与をしている。本当に、検察官の死刑による隠蔽を阻止できるようになっているのか。検察官の「善意」に依拠する仕組みになってはいないか。

 私は、西川が判決通り有罪なのであれば、死刑執行は仕方がなかったと考える。しかしながら、連続殺人犯であっても裁判を受ける権利は保障されるべきであり、再審についても同様である。根拠なき再審ならば、速やかに棄却されるのであり、それをもって死刑執行すればいい。また、行政に過ぎない法務省=検察が、死刑執行により再審請求を終結させることは、行政による司法への侵害ではないか。
 そして、裁判を受ける権利を奪われるのは、西川だけでは済まないかもしれない。伊藤や松原のような死刑の正当性に疑問がある者、さらには、冤罪者たちにも、再審請求中の死刑執行が広がっていくかもしれない。「どんどん執行してほしい」「再審請求中の執行がもっと増えてほしい」と言っている方々は、あまりにも近視眼的ではないか。
 仮に、今回の死刑執行という結論が正当だったとしても、その手段が違憲違法であり、冤罪者などの救済に影を落とすことになれば、結果は是認できない。

 第二に、あの法相、あの内閣で死刑執行が行われたことについて。
 現在の内閣、法務大臣は、「国民の代表」と言えるような道徳的正当性を持ち得ているだろうか?強権的に共謀罪を裁決した金田法相も、疑惑にまみれ、反対者を「こんな人たち」などと罵倒する安倍総理も、国民の代表としてふさわしい人間か?政府は反対者や少数者の意見にも耳を傾けるべきであるが、そのような姿勢は皆無である。
 死刑執行は、お上が悪人をやっつけるお芝居ではない。国民の代表として雇用された国会議員が、行政を任され、熟慮のもとに行うべき事柄である。誰かの利益のために行われてはならないし、必要最小限度であるべきだ。
 しかし、どこか小馬鹿にしたような態度で、よどんだ眼で報道陣を睨みつける金田法相を見ていると、そのような問題意識は皆無に思えた。

 2016年12月16日、君野康弘被告の控訴審初公判が、大阪高裁で行われた。君野被告は、被害者1名の事案であり、殺人前科もないが、神戸地裁で死刑判決を言い渡されている。伊能和夫と竪山辰美の最高裁判決以後、死者1名の事案で死刑判決を受け、高裁へと係属するのは、君野が初めてである。村瀬判決、それを受けた最高裁判決のもとで、どのような結果が出るのか。伊藤和史の事件とつながりはないが、傍聴記を掲載することにした。

2016年12月16日
大阪高裁第四刑事部
201号法廷
10時より開始
事件番号・平成28年(う)第425号
罪名・わいせつ誘拐、殺人、死体損壊、死体遺棄
被告人・君野康弘
裁判長・樋口裕晃
書記官・徳永敦

 この日は10時から開廷予定であり、傍聴券の締め切りは、9時35分だった。公判は大法廷である201号法廷で行われるため、傍聴券は57枚と多かった。締め切り時間までに来たのは39人であり、抽選は行われなかった。大阪は、東京と比べて、傍聴希望者が少ない印象である。これが東京であれば、2~3倍程度の倍率となったであろう。
 開廷前に、ビデオカメラによる撮影が、二分間行われた。
 記者席は23席であり、もっとも被告の様子が見えやすい、最前列の二列が割り当てられている。満席となり、法廷画家の姿も見えた。公判中に記者の出入りが見られ、そのたびに法廷の静謐は破られた。なお、公判中に退廷する記者も見られた。
 遺族席は八席ほど指定され、すべて埋まっていた。
 傍聴席はかなり埋まっていたが、開廷中に、傍聴人が小声で私語を行い、度々入退廷を繰り返すことがあった。バーの向こう側はさすがに静かだったが、傍聴席の側は、遺族席を除けば、全体的にざわついていたと言える。
 主任弁護人は、髪が後退した小太りの、眼鏡をかけた中年男性だった。他には、頭頂部の禿げ上がった、穏やかそうな印象を与える老人である、高木弁護人。真面目そうな印象を与える、眼鏡の若い弁護士もいた。
 この日の被告人質問は、主任弁護人と、高木弁護士が担当した。なお、控訴審で争われているのは、主として量刑不当であり、他は猥褻行為を行う意思が、どの時点で生じたのか、のようであった。例え死刑事件であっても、争いの少ない事件の場合、控訴審で3人もの弁護士が付くのは、異例である。例えば、伊藤和史の場合は、控訴審では二人の弁護士しかつかなかった。
 検察官は、眼鏡をかけた、鋭そうな印象を与える、痩せた青年であった。この日は、開廷直前になってから、検察官の隣に遺族代理人の弁護士と、被害者の母が座った。
 樋口裁判長は、髪が後退し、頭頂部の禿げ上がった、眼鏡をかけた初老の男性だった。左陪席の裁判官は、がっしりとした短髪の、眼鏡をかけた中年男性。右陪席の裁判官は、眼鏡をかけたサラリーマン風の中年男である。
 ビデオカメラによる撮影後、遮蔽用の衝立が法廷内に運び込まれた。何事かと思ったが、被害者参加人である被害者の母親が、入廷するらしい。検察官の隣の席が衝立で遮られ、検察官側の出入り口から、被害者の母親が入廷した。調整に手間取っているのか、眼鏡をかけたお局風の裁判所職員が、法廷内をしきりに出入りしていた。被告人は最後に入廷するため、開廷時刻である10時になっても、被告人の入廷は成されなかった。被害者参加人の弁護士は、10時6分に、ようやく入廷した。浅黒い肌の、髪を七三分けにした中年男性だった。

 被告人である君野康弘が入廷したのは、10時8分になってからである。君野は緊張しているのか、やや頬を赤くし、うつむき加減で入廷した。髪を丸坊主にしており、がっしりした体格に、小太りの中年男である。彫の深い顔立ちで、鷲鼻。整った顔立ちと言っていいが、崩れた体格、身にまとう空気が、どこか淀んだ、暗い印象を与えた。
 服装は、黒い厚手のジャンパーの下に、赤い服を着ており、長ズボンをはいている。どれも、余り高級そうではない。なお、服の色が解ったのは、やや皺になった服の裾が、ジャンパーの下から出ていたからだ。
 被告席の前に到着すると、検察官側の席に一礼した。被害者遺族に頭を下げたのだろうか。その後、刑務官に手錠を外されていた。
裁判長「それでは、開廷します。被告人は、真ん中に立ってください」
裁判長に促され、証言台の前に立つ。
裁判長「名前は」
君野「キミノヤスヒロです」
 声は、かすれており、小さかった。そして、たどたどしい話し方である。知的障害を持つ人特有の声に思えた。
裁判長「生年月日は」
君野「昭和41年11月12日です」
ここで、傍聴人が出入りし、よく聞き取ることができなかった。もしかしたら、違っているかもしれない。
裁判長「職業本籍などに、原審と違っている部分はありますか」
君野「ありません」
 これで、人定質問は終わった。裁判長に促され、被告席へと戻る。そして、弁護人が控訴趣旨を陳述することとなった。8月1日付、8日付で、控訴趣意書が提出されている。また、12月8日付で補充書が提出されている。その朗読を行う。5分程度で終わるとのことである。

控訴趣意書要旨
 原審の裁判員裁判は、この被告人に対して「慎重に検討しても死刑を回避する事情はない、死刑選択はやむを得ない、本件の被告人の罪責は誠に重大であって、罪刑均衡の見地からも、一般予防の見地からも、」と述べている。しかし、本件被告人の命を奪うという取り返しのつかない誤判を犯したものであり、原審判決は正義に反する。真に死刑がやむを得ないと、原審の審理を通じて明らかになっていないからである。
 本件は、有罪無罪を争っておらず、無実の人への死刑判決ではない。しかし、死刑に処すべきではない人を死刑に処すという意味で、大きな誤判である。原判決は重大な誤りがあり、答申で是正されるべきである。
1・理由不備であり、事実認定に齟齬がある。
2・量刑理由は、審判を経ていない事実への処罰が含まれている。
この第一第二は絶対的控訴理由に当たる。
3・法令適用の誤りがある。憲法違反の法令を適用している。死刑は憲法に違反している。死刑は残虐な刑罰であり、執行過程、執行方法共に残虐であり、憲法36条、39条に反する。違法な法令を適用したのは、法令適用の誤りである。
4・原審には、事実誤認がある。誘拐の際のわいせつ目的は、被告人にはなかった。
5・量刑不当がある。平成27年2月23日の最高裁判示に照らすと、死刑がやむを得ないとされた理由は、具体的、説得的な根拠が示される必要がある。本件は、これに反している。量刑不当である。第二に、情状鑑定、いわゆる犯罪心理鑑定が成されていない。徹底的な情状、犯罪心理の解明が不可欠であるが、それが成されていない。原判決は、死刑事件についての量刑を尽くしていない。
6・原判決後の情状について、量刑不当である。原判決を受けて、被告人はまだまだ反省が足りないと考えている。被告人は、反省悔悟を一層深めている。写経を行い、冥福を祈っている。また、被告を支える女性がいる。その点も、被告人質問で明らかにしたい。
 以上が控訴趣意書であるが、12月8日付で追加趣意書を提出している。
 日弁連決議を受け、十分に死刑を謙抑的に運営すべきである。
 量刑不当主張の補充。検察官の答弁書への反論。検察官の答弁書は、量刑評議の在り方について、もっぱら述べているが、我々は2月3日最高裁決定に基づいて、刑を検討すべきと考えている。詳しく、検察官の答弁書を批判している。
以上です。

続いて、検察官が答弁書を読み上げる。

検察官の答弁書
 本件控訴趣意は何れも理由がなく、いずれも棄却が相当である。
 事実誤認の主張について。被告人は、面識がない被害者への虚言を用いての誘拐に加え、犯行前のWebサイト履歴からは、性欲を高めている点が見られ、すぐに被害者を殺していることを見れば、誘拐はわいせつ目的であることは明らか。被告人の弁解は不合理である。原判決の認定に誤りはない。
 量刑不当の主張について。両県を考えるうえでのポイント。本件は、特に死体へのわいせつ目的で被害者を殺害しており、猟奇的反社会的である、という動機面。殺害態様が残虐執拗であり、死体損壊の態様も凄惨である、という態様面。被害者は6歳であり、卑劣。犯行結果は重大、猟奇的、社会への不安は大きい。被告の  犯罪性向は根深く、更生は期待できない。これらを併せ持つ事案はない。
 以上、骨子とします。

 双方の陳述が終わり、証拠調べの検討へと移る。
 まずは、弁護人請求の証拠調べについて、検討が行われる。
 弁護人は、3回にわたり、事実取り調べ請求を行っていた。
 第一に、9月28日の事実取り調べ請求では、情状、心理鑑定を求めている。被告人には、発達障害の可能性がある。原審鑑定では、大きな誤りを犯している可能性がある。死刑を課すような事件では、複数の鑑定を参考にすべきである。
 また、証拠検討結果記載書を提出しているが、これは正本が検察官同意により取り調べられれば、撤回する。
 第三、被告人は、原審でも般若心経を写経している。真摯な反省、被害者の冥福の意味を込めて続けており、今は800枚を上回る便箋に写しており、これを一部添付する。
 また、被告人質問を請求している。この内容は、原審後の情状に限り、30分以内に収めるとのことである。
 証拠事実取り調べ書の第二について。
 平成28年の日弁連決議について、証拠を提出。世界の死刑廃止の国際的潮流、冤罪の危険性を踏まえて、死刑廃止を主張している。
 証拠物として、捜査報告書。これも正本が採用されれば撤回する。
 最後に、証拠検討結果記載書。弁護人作成の平成28年12月5日付のもの。平成26年9月4日から11日にかけて、Googleで被告人は2737件のWebサイトを閲覧している。その訪問時間について、立証している。
 弁護人は、以上5点の書証と、被告人質問を請求した。これらの中で、弁護人として最も重要だったのは、心理・情状鑑定の請求であろう。

 これに対し検察官は、書証は12月8日付で請求があった、12月5日付の証拠検討結果記載書のみ同意する。被告人質問は、原審判決後の情状についてのみ、同意する。検察官の意見を受け、さしあたって双方に争いのない、12月8日付請求の書証のみ、採用された。
 弁護人は検察官の意見を受け、般若心経については被告人に引用して質問するので、請求撤回とする。日弁連関係の書証についても、不同意ならば証拠請求を撤回するが、公開されたものであり、自由な証明として参照してほしいとのこと。しかし、情状鑑定の請求については、請求を維持した。

 裁判長は、弁護人が請求を撤回した証拠調べについて、証拠調べ採用を却下する。これは、弁護人としても問題ないであろう。日弁連関係の証拠などは、補強的なものにすぎなかった筈だ。しかし、もっとも重要な請求であったと思われる、鑑定請求についても、裁判長は却下を行った。
 弁護人は、この却下決定に対し、当然ながら異議を申し立てた。これに対して検察官は、異議には理由がない、理由は12月5日付の答弁書で述べている、と述べる。裁判長は、弁護人の意義には理由がないとして、異議を却下した。しかし、棄却を行った当の裁判長に対し、異議を申し立てても、却下されるのは当然であろう。このシステムで、証拠調べの公平性は、担保されているのであろうか?
 そして、双方に行うことについて異論のなかった被告人質問については、採用され、行われることとなった。
 弁護人は30分以内、検察官は、被害者参加人の質問と合わせて、30分間となる。弁護人は、参加人の質問も原判決後の事情に限定してほしい、と裁判長に申し入れ、受け入れられた。弁護人のこの要求は、検察側と被告側の公平と言う観点から、当然であろう。「遺族」とは言うが、法廷内の立場は検察側である。

 現在までのところ、控訴審公判で、新たに証拠調べが行われる証拠は、二点のみという事になる。一点目は、Webサイトの閲覧について記載した、証拠検討結果記載書。二点目は、被告人質問である。一点目は、Webサイトの閲覧は被告人の気まぐれでしかなく、特に犯行に与えた影響はない、ということを立証したいのだろう。二点目は、被告人が反省を深めていることなどを立証し、情状面での酌量を求める考えであろう。

 まず、採用された弁護6号証、12月8日付請求の証拠検討結果記載書について、弁護人から要旨が告げられる。平成26年の9月4日から11日にかけ、被告人はGoogleを閲覧してWebサイト2737件を訪れている。訪問日時、閲覧時間、明らかにしている内容である。
 要旨の告知により、第一の証拠調べは終了した。
 続けて、第二の証拠調べである、被告人質問へと入る。裁判長は、君野を証言台の前に立たせる。そして、質問の受け応えをはっきり聞こえるようにしてほしいと注意する。君野は、「はい」と答え、促されて証言台の椅子に座った。
まず、主任弁護人が、君野への被告人質問を行った。君野は、抑揚のない、小さい声で質問に答えていた。また、あまりはっきりせず、聞き取りにくい。緊張や性格もあるのかもしれないが、知的障害者らしい喋り方も、影響しているように思えた。
  また、質問の趣旨をとっさには理解できていないと思えることもあった。自分の言葉をまとめることが、うまくできない傾向も見られた。
 これらの話し方、表現の拙さは、被告人の内心について、読み取りにくい印象を与えていた。

<主任弁護人の被告人質問>
弁護人『主任弁護人から。今年3月に、神戸地裁で死刑判決御受け手から、九カ月になりますね』
君野『はい』
弁護人『一審、神戸地裁での裁判を一審と言うが、そこで話したことは、貴方の記憶どおりですか』
君野『はい』
弁護人『正直に述べた、ということですね』
君野『はい』
弁護人『一審の判決では、身勝手さ、攻撃性に十分に向き合っていない、と述べている』
君野『・・・そうだと思います』
弁護人『今はどう考えていますか。攻撃性と言うのは、いきなり被害者の首を絞めたり、包丁を持ち出したことを言う』
君野『自分に、やはり、攻撃性、あると思います』
この時は、さらに小声になっていた。
弁護人『それについては、どう考えますか』
君野『・・・』
弁護人『どうですか』
君野『しっかり反省して、そのようなことがないように、これから生きていきたいと思います』
弁護人『判決後の気持ちはどうですか』
君野『酷いことをしてしまい、申し訳ない気持ちが、ますます深まっています』
弁護人『拘置所で、毎日、どのように生活していますか』
君野『写経をしています』
弁護人『ここに、受け取った写経、便箋に800枚ぐらいある。これですね』
君野『はい』
弁護人『誤字脱字なく、一生懸命書いている』
君野『はい』
弁護人『気持ちは、どんな気持ちですか』
この時、君野は答えたが、はっきりと聞き取れなかった。
弁護人『これからも施設の中で、一生にわたり自分のしたことを反省し、被害者、遺族のこと、思い続けていくことに間違いないですか』
君野『はい』

続いて、高齢の高木弁護人による、被告人質問が行われた。

<高木弁護人による被告人質問>
弁護人『高木から、事件後のことについて聞きます』
君野『はい』
弁護人『貴方と、岩国刑務所の服役者と、養子縁組の話が持ち上がっている』
君野『はい』
弁護人『文通をしている』
君野『はい』
弁護人『主に、拘置所』
君野『はい』
弁護人『その理由は』
君野『心の支えになってくれる人が、欲しかったからです』
弁護人『5人と文通している』
君野『はい』
弁護人『相手は、どこで知り合った』
君野『掲示板』
弁護人『掲示板や、紹介を受ける』
君野『はい』
弁護人『その中で、養子縁組』
君野『はい』
弁護人『名前は』
君野『Nさんです』
弁護人『下の名前は』
君野『迷惑がかかるので、勘弁してください』
弁護人『女性ですか』
君野『はい』
弁護人『いつから文通している』
君野『はっきり覚えていませんが、今年の一月ごろと』
弁護人『Nさんの年齢は』
君野『48歳です』
弁護人『貴方の方が年上なので、養親となり、その人が養子になると』
君野『はい』
弁護人『縁組の話が出てきたのは』
君野『今年の三月からです。』
弁護人『判決前後から』
君野『はい』
弁護人『言い出したのは、どちらからですか』
君野『Nさんからです』
弁護人『承諾した理由は?』
君野『心の支えが欲しかったからです』
弁護人『承諾したのは、判決後』
君野『終わってからです』
弁護人『一審の被告人質問の時、まだ話はない』
君野『そうです』
弁護人『縁組届出は』
君野『しました』
弁護人『いつですか』
君野『五月の終わりごろと聞いています』
弁護人『貴方は提出していない』
君野『はい』
弁護人『届け出をしたのは』
君野『Nさんです』
弁護人『市役所に出したのは』
君野『Nさんの本籍地です』
弁護人『受理されましたか』
君野『受理されませんでした』
弁護人『不受理ですか』
君野『はい』
弁護人『いつ解った』
君野『八月の終わりです』
弁護人『理由は解りますか』
君野『解りませんが、本当に養子縁組になればよかったです』
弁護人『疑われてしまった理由は解りますか』
君野『・・・』
弁護人『不明ですか』
君野『解りません』
弁護人『貴方は、養子縁組をしたかった』
君野『はい』
弁護人『Nさんから言ってきたんですね』
君野『はい』
弁護人『気持ちは?』
君野『受刑生活に入ったので、尋ねることができませんでした』
弁護人『服役者とは拘留禁止という事でしょうか』
君野『はい』
弁護人『それで、どうしましたか』
君野『弁護人に尋ねてもらいました』
弁護人『私に聞いた』
君野『はい』
弁護人『どうなっていましたか』
君野『Nさんから、高木先生に、ありがとう。私の家族になって支えていく気持ちには変わりない。高木先生助けて下さい、と』
弁護人『貴方は、養子縁組についてどう考えていますか』
君野『もう一回したい』
弁護人『私が、手紙のやり取りをしていますね』
君野『はい』
弁護人『支えが必要な理由は何ですか?』
君野『・・・平静な気持ちになれないからです』
弁護人『具体的に』
君野『気持ちが乱れる』
弁護人『そうすると、反省してると言っていたが』
君野『はい』
弁護人『ただ、誰か支える人がいないと、平静を保ちにくい』
君野『はい』
弁護人『事件を振り返り、しっかり反省するために、支えが必要と』
君野『はい、そうです』
弁護人『Nさんも、そういう気持ちですね』
君野『はい』
弁護人『終わります』
 10時38分に、弁護人による被告人質問は、いったん終了となった。そして、検察官による被告人質問へと移る。




 2016年12月5日、長野地裁に継続していた松原智浩の再審請求が、棄却された。
 棄却決定の理由は、未だ決定書を目にしておらず、情報も来ていないため、解らない。
 宮田弁護士たちは、12月7日に東京高裁へ抗告を行ったようである。

 請求棄却自体には、驚いていない。
 松原は、あのような事件であるにもかかわらず、深い後悔の念を抱いていた。再審請求はもちろん、控訴にさえも消極的であったのだ。根拠のない再審請求を行ったわけではないだろう。しかし、それでも受け入れられる可能性は乏しかった。
 それは、日本の裁判所は部分冤罪はおろか、完全に冤罪であろうとも、再審請求を受け入れようとはしないからだ。名張ぶどう酒事件の奥西死刑囚は、再審請求が容れられず、無念のうちに獄死した。袴田事件でさえ、再審請求決定が出るまでに33年4ヶ月もかかったのである。
 だから、残念ながら、再審請求が棄却される可能性は高いと考えていた。驚いたのは、棄却の迅速さである。

 松原が再審請求を行ったのは、2016年5月31日。わずか半年で、地裁段階で再審請求が棄却された計算になる。完全無罪を主張していない再審請求とはいえ、これはいかにも早すぎる。
 例えば、故・小林光弘死刑囚は、「殺意はなかった」として2008年11月20日に再審請求を行ったが、青森地裁で再審請求が棄却されたのは2011年6月20日である。およそ2年7ヶ月も、審理してもらえたのだ。
 この差は、いったいなぜなのか。もちろん、弁護人の熱意の差ではない。宮田弁護士たちは、きわめて熱心に松原の弁護を行っている。

 ともかく、東京高裁では慎重に審理してもらえることを望む。そして、可能性は低いかもしれないが、松原の主張が容れられることを願っている。

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